偶然

「あれ?お姉ちゃん?」


 学校の帰り、街で友達と買い物をしていると、偶然にもお姉ちゃんを見かけた。


「優香、どうかした?」


「あ、ううん。なんでもない」


「ふうん?じゃ、この後どうする。マックでも寄る?」


「あー、今日はいいや。色々買っちゃってお金ヤバいし」


「確かに私も今月キビシーかも。やっぱ帰ろっか。さっさと帰ってミノさんの新着動画見たいし」


「またミーチューバー?好きだねホント」


「優香も見たら?おもろいよ」


「私そーゆーの興味ないや」


「もったいないねー。じゃ、また明日」


「うん、じゃあねー」


 友達と別れて、私は辺りを見回した。お姉ちゃんの姿をもう一度捉えようと街中を彷徨くと、お姉ちゃんはすぐに見つかった。どこに行くんだろう、と思った私は、その後を追った。当たり前のようにやってはいるが、簡単に言えばそれはストーカーのような行為だった。


「・・・って、私一体何やってるんだろう・・・」


 明らかに姉妹を相手にすることではないと、自分の行いを恥じる。姉がどこに行くのか気になるのなら、直接聞けばいいだけの話。普通の姉妹なら当然、そうするだろう。


 それすらできない私は、私たちは。普通の姉妹ではないのか、まともな姉妹ではないのか。それとも単に、私がおかしいだけなのか。


 仲の悪い姉妹なんて、いくらでもいる。


 むしろ仲のいい姉妹の方が少数かもしれない。


 一方的に姉が好きな私は、きっと、世間的に見ればおかしいんだろう。


 だから、こんなことをしてるのかな。


 少し歩いて、お姉ちゃんはとあるお店らしき場所に入っていった。それを確認してからお店に近づくと『夕景ゆうけいスタジオ』と看板に書かれていた。


「スタジオ・・・楽器屋さん?」


 ギターのイラストが描かれているのを見て、なんとなく何の建物なのか理解した。


「お姉ちゃん、音楽なんてやってたんだ・・・」


 全然知らなかった。でもお姉ちゃんがそんなことをわざわざ私に話す訳はないし、知らなくても当然だった。思えば高校生になってからは、お姉ちゃんの好きなことも嫌いなことも、得意なことも苦手なことも、何も知らなかった。


 お姉ちゃんを、知らなかった。


 いや、そう考えるなら、それは高校生の頃からじゃない。ずっと昔から、私はお姉ちゃんのことを知らなかった。


 だって私はいつだって。


 私を知ってもらいたかったから。


 お姉ちゃんに、私を知ってもらいたかったから。


 お姉ちゃんのことを分かろうと思ったことは、あっただろうか。


 一度でも。


 何度でも。


 私は自分さえよければそれでいいと、思っていたのかもしれない。


 すごい自分を見せびらかして、いい気分になって。


 そんなことを想いふけって、私はようやく思い出す。


 私はお姉ちゃんのために何かをしたことなど、本当に、ただの一度もなかったことを。


 誕生日を祝ってあげたことはあったし、プレゼントをあげたこともあった。色んなことを、した覚えはある。


 その時は確かに、お姉ちゃんに喜んでもらいたくてしていたと思う。でも、今思えばあれば、ただの自己満足でしかなかった。


 自分のしたことでお姉ちゃんが喜んで。


 自分のしたことでお姉ちゃんが楽しんで。


 自分のしたことでお姉ちゃんが、幸せになって。


 自分のしたことで。


 お姉ちゃんをどうにかしたいと。


 多分、そんな欲望があったんだ。


 お姉ちゃんが喜ぶのは私のおかげで。


 お姉ちゃんが喜ぶことが私の喜びで。


 私が。


 


 お姉ちゃんは喜ぶんだと。


 幸せだと。


「・・・・・当然だよね」


 嫌われても。


 何があったわけでもないのに、急に、そんなことを思い耽る。まるで病気のように、自分を責める。


 今更。


 何をしても、何をしなくとも。


 この関係が変わることなど、ありはしないと言うのに。


 ・・・・・。

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