関係

 負けない。


 負けられない。


 他の何で負けようとも、遅れを取ろうとも。


 これだけは、負けられない。


 譲れない。


 そう思えるものがあるから、私はまだ生きていられる。


 息をしていられる。


「麗香、今日も絶好調だね」


「まだまだよ。こんなのじゃ、納得できないわ」


「相変わらず自分にきびしーね。もっと気楽にいこうよ」


「そうはいかないわ。これだけは、誰にも負けたくないから」


「心配することないって。もう麗香は同世代の中じゃ一番上手いと思うよ」


「同世代だけ?じゃあ、もっと上手くならないとね」


「そう言うとは思ったよ」


 残りのメンバーが揃うまで、私と朱音あかねは自主練をしていた。朱音とは二年の時のクラス替えで一緒のクラスになり、以来友達として付き合っている。と、多分向こうはそう思っているだろうが、私からしてみれば朱音は、神様みたいなものだった。大袈裟に聞こえるかもしれないが、実際にそれくらいの存在に感じている。こうして朱音が私を誘ってくれていなければ、きっと私は今もくだらない想いを引き摺ったまま高校生活を送っていただろう。


 生きる意味を与えてくれたと。


 そう言っても過言ではないかもしれない。


 最も、それをわざわざ口に出して、朱音に感謝の意を伝えたことはない。そんなことは友達に言うものじゃないし、わざわざ言うのも友達ぽくない。友達というのはもっと、自然な関係だろう。そもそもいきなり「あなたは私に生きる意味を与えてくれた神様みたいな人です」なんて言ったら引かれるだろう。私ならドン引きする。それが分からないほど私は、人間関係というものを理解していない人間ではない。


 だからただ内心で、私は朱音に感謝する。


「麗香はさ、」


「なに?」


「本当にチケット、誰にも渡さなくていいの?」


「・・・ええ、別に渡したい相手もいないからね」


「ふーん、そうなんだ。カレシとかいなかったっけ」


「生憎ね」


「家族とかは?まあ母親とか父親を呼びたいとは私も思わないけどさ、きょうだいとかは?確か麗香妹いたよね?」


「いいのよ、本当に。朱音はきょうだいなら、来てほしいって思う?」


「兄貴は微妙だけど、お姉ちゃんには来てもらいたいって思うよ。思うっつーか渡したし」


「仲がいいのね」


「へへ、まあね!そういう麗香は?」


「・・・なんとも言えないわね」


「なんだか思わせぶりな言い方だね」


「いいとは言えないわ。もう何年もまともに会話した記憶はないし」


「えぇ・・・それどう考えても仲悪くない?いや仲悪いっていうか・・・」


「他人ね」


「そうだよ、そんなの他人じゃん」


「そう振る舞わないとやってられなかったのよ」


「え?」


 そうしないと。


 そう思わないと。


 あの子を、他人だと思っていないと。


 やってられなかった。


 だから私は優香と、まともになんて話せなかった。


 妹だと認識するのが、怖かったから。


 あの子と同じ血が流れていると思うと、恐ろしかったから。


 同じ血が流れているというのに。


 その、あまりの違いに。


「朱音のきょうだいは、誰が一番できる人なの?」


「できる?んー頭いいのは兄貴かなぁ。でも運動神経はお姉ちゃんの方がいいし・・・ゲームなら私が一番できるけどね!あはは」


「そうよね」


 普通、そうだよね。きょうだいみんな、得意なことが違うよね。


 勝てるものがあって。負けてるものがあるから。


 嬉しいし、悔しいし。


 あれこれ文句言いながらも、きょうだいやっていけるんだよね。


 果たして私は。


 できなかった。


「んー、できるってどういう意味で聞いたの?」


「別に。何でもないよ」


「そう?因みに兄貴はあんま顔はよくないから狙ってるならやめた方がいいよ?」


「だからそういうのじゃないって・・・」

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