理由

 幸せだった。


 それだけで私は、何でもできる子になろうと思った。


 お姉ちゃんが、褒めてくれるなら。


「すごいわね、優香」


 自慢の妹だと言わんばかりに、お姉ちゃんは私を褒めてくれた。それが嬉しくて、嬉しくて。お姉ちゃんが褒めてくれるなら、それだけでよかった。


 他の何も、いらなかった。


 お姉ちゃん。


 お姉ちゃん。


 もっと私を見て。


 もっと私を認めて。


 もっと私を、褒めてほしい。


 そうだ、もっとお姉ちゃんに褒めてもらうために、色んなことをしよう。


 色んなことを成功しよう。


 そうすればきっと。


 お姉ちゃんはもっと、私を褒めてくれるはずだから。


「お姉ちゃん見て見て!また100点取ったよ!」


 だからだろうか、私は当たり前のようにいつも、テストで100点を取った。何の迷いもなく自信満々に回答できた答えはやっぱり正解で、どこか物足りなささえ感じてしまう。だけどそんなことはどうでもいい。お姉ちゃんが褒めてくれるなら、それだけでいい。きっとお姉ちゃんなら私が何点を取ったって、その努力を褒めてくれるだろう。だけどそんな努力を褒めてもらう必要なんてなかった。だって私は、いつだって最高の結果を残していたから。


「やっぱり優香は凄いわね。きっと将来はみんなが驚く大天才になるわ」


「えへへ、そんな大袈裟だよー」


 お姉ちゃんは決まって、私を大袈裟に褒めた。


テストで100点取っただけだもん、大したことないよっ」


 謙遜した。


 もっとお姉ちゃんに、褒めてほしかったから。


 「ううん、そんなことないよ。とっても凄いことだよ」って。


 そんな風に言ってほしかったから。


 それが、一体どれだけ。


 お姉ちゃんを苦しめていたかも知らないまま。


「・・・・・ううん、そんなことないよ」


 お姉ちゃんは私の思ったとおりに。


 私を、褒めてくれた。


 100、褒めてくれた。


 私がお姉ちゃんと同じ部活に入らなかったのは、薄々気付いていたからかもしれない。


 いや、気付いていなかったのかもしれないけれど。


 少なくとも。


 そうすべきではないと、そう思った。


 だから私はお姉ちゃんと同じバスケ部ではなく、卓球部に入った。部活に入ったのは中学が初めてで、だから、卓球ももちろん、初心者だった。


 それなのに。


 気が付いたら私は、そこに立っていた。


 衆人環視の真ん中で、息をしていた。


 努力したと言えるほど、辛い思いをした覚えはない。ただ、夢中だっただけ。夢中で、夢中で。


 お姉ちゃんに褒めてもらいたくて、夢中だった。


 上手くなりたいと思ったのはただそれだけで、何かを意識して練習していた訳ではなかった。明確な目標があった訳でもない。いや、お姉ちゃんに褒められることがそうだと言うならば、多分目標はあった。でも。


 辛い思いも、悔しい思いもせず。


 思い悩むこともなく。


 私は、そこに立っていた。


「ゲームセット!」


 その声と同時に、わっと歓声が上がる。その声の中心にいたのは。


 泣き崩れる誰かと。


 喜ばない私だった。


「・・・・・・」


 ああ、私、勝ったんだ。よかった。勝ててよかった。、勝ててよかった。


 だって。


 お姉ちゃんが見てるんだから。


 お姉ちゃん、私勝ったよ。


 見ててくれたよね。


 お姉ちゃん。


 お姉ちゃん?


「・・・・・あれ」


 お姉ちゃん、見に来てくれてるんだよね?


 お姉ちゃん。


 どこにいるの?

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