自覚

 優香がその片鱗を見せたのは、幼稚園の頃だった。


 後に誰もが理解したが、この時気付いていたのは私だけだった。


「すごいわね、優香」


 何の躊躇いもなく、私は優香を褒めた。すると優香は、とても嬉しそうな顔をした。その顔を見るだけで私は、幸せな気持ちでいっぱいになった。だから私は、優香のことが好きだった。


「あら、また100点!?すごいわ優香」


 お母さんが、優香を褒めた。それは小学生の時だった。当たり前の様に100点を取る優香を、両親はとても誇らしげに思っていたようだった。


麗香れいかも優香を見習ってもっと頑張りなさい」


 そう言ったのはお父さんだった。私は小さい声で「はい」と。自分の不甲斐なさを受け止めた。


 その日から、という訳ではない。そんなことを言われるまでもなく、私は努力していた。自分で言うことじゃないけれど、それでも自分で誇れるくらいには、私は努力していた。


 分かっていたから。


 誰よりも分かっていたから。


 人は産まれながらに平等ではないと。


 嫌というほど、分かっていたから。


 だから、努力しないと。


 努力しないとどうなるか、分かっていた。


 理解していた。


 姉だから。


 お姉ちゃんだから。


 努力しなかった未来が、手に取るように見えていた。


「お姉ちゃん!私やったよ!全国大会出場だって!」


 今までで一番の笑顔で、優香は私に抱きついた。私はその体を機械的に抱き締めた。今でも覚えている。それは中学生の時だった。


「お姉ちゃん、絶対応援来てね!」


 頬を赤らめ、心の底からの願いだと。そう言わんばかりの感情で、優香は私に言った。


 私は、その言葉に。


 


 その日は豪勢な夕食だった。お父さんもお母さんも、優香の成し遂げたことを、心の底から褒め称えた。私はただその言葉を、黙って聞いていた。


 私には一度も言われたことのない、その言葉を。


 次の日、私の所属している部活で、大会のオーダーが発表された。


 私の名前が、優香のように。


 当たり前に呼ばれることなど、ありはしなかった。


 私が、高校生になった頃。


 家族との仲はもう、修復できなくなっていた。優香にさえ、どんな顔をすればいいかが、分からなくなった。


 複雑な感情で、心が埋め尽くされる。


 それは憤りで。


 悔しさで。


 悲しみで。


 嫉妬だった。


 その全ての感情は。


 私が私を嫌う理由で。


 優香を嫌いたくない理由だった。


 私は「お姉ちゃん」だから。


 言い訳なんてしない。


 優香のようにできないのは、優香が凄いからじゃない。


 私の努力が足りないからだ。


 両親が私を蔑むのは、優香のせいじゃない。


 私の努力が足りないからだ。


 先に産まれた方の出来が悪いのは、運のせいじゃない。


 全部、私のせいだ。


 人のせいにしない。運のせいにしない。誰のせいにもしない。


 だって。


 だって。


「そう思わないと、惨めじゃない・・・・・」


 羨ましくない。


 羨ましくなんてない。


 嫉妬なんてしない。


 なんでなんて。


 どうしてなんて。


 口にしたことなんてない。


 だから私は努力した。


 勉強も、運動も、他のどんなことも。


 だけど。


 だけど。


 それでもお父さんは。


 お母さんは。


 私を一度だって、褒めてくれたことはなかった。


「・・・なんでかな」


 別に誰かに褒められたくて、頑張っていた訳じゃないのに。


 それでも。


 何かを思ってしまう。


 どうしてと、口に出してしまいそうになる。


 手の中で握り潰したテストを、僅かに広げる。優香に劣るその点数では、きっと何があっても。


 両親は、私を褒めてはくれないだろう。


 いや、たとえ同じでも、褒めてくれることはない。


 それがやっとスタートラインで。


 及第点なんだろう。


 でも、それ以上はない。


 褒められることなんてない。


 私は、ゴミだから。


 出来の悪い子だから。


 何があっても、褒められやしないだろう。


 手の中のテストを見つめる。


 99点のテストはそれでも。


 両親にとっては、ゴミでしかなかった。

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