比較
私はただ、お姉ちゃんと普通に話をしたいだけだった。
昔のように、当たり前のように。お姉ちゃんと笑うことができるのなら、それでよかった。
だって、お姉ちゃんが好きだから。
お姉ちゃんを嫌う理由なんて、私にはないから。
「なんだこの点数は!!!」
「!!」
怒鳴り声に体が震える。今日もまた始まったと、私は思わず耳を塞いだ。だけどその声は、そんな程度では塞げない。意味のない行為を繰り返す私は、叱られるべき馬鹿であるはずなのに。
叱られているのは、私ではなかった。
物音を立てないように慎重に階段を降りる。自分が何を怖がっているのかも分からず、それでも私は足音ひとつも立てずに一階に降りた。まるで足音を立てれば、私も同じように怒鳴られると。そう、錯覚するかのように。
廊下を歩いて、リビングの扉を僅かに開ける。隙間から見えたのは唯一、立ち尽くすお姉ちゃんの姿だった。
「どうしてお前はいつもそうなんだ!!こんな点数取りやがって」
「優香はもっと簡単にやってみせたのに・・・あの子にできることが、どうしてあなたにはできないの」
「お前はほんっとに何やらせても駄目だな。努力したって結果出せなきゃ意味ないんだよ!誰が学費出してると思ってるんだ」
「頑張ればいいってものじゃないのよ?優香を見れば分かるでしょう?無駄な努力は時間の無駄なの。もっと要領よくやりなさい」
「・・・・・・・」
お姉ちゃんは何も言わず、ただじっと二人の言葉を聞いていた。私のように耳を塞いで目の前の現実から逃げようとすることもしないお姉ちゃんは、一体どこに叱られるべき理由があるだろう。
・・・多分それは。
ここにある。
扉の向こうでお姉ちゃんを見つめる、私にある。
だというのに私は、前に踏み出せない。お姉ちゃんを、助けてあげられない。
怖くて。
怖くて。
私の言葉では何も変えられないことを、もう、分かってるから。
だから私は、そっと扉を閉めた。来た時と同じように物音を立てず、当たり前の様に自分の部屋へ逃げ込んだ。そうやってじっと、お姉ちゃんが傷付けられるのを、見て見ぬ振りをするだけだった。
しばらくして、ようやく家が静かになった。階段を昇る音と、隣の部屋の扉が開く音で、やっとお姉ちゃんは解放されたのだと理解した。そうして初めて、私はお姉ちゃんに声をかける勇気を持つことができた。
最もそれは、お姉ちゃんの眼を見て言うことができた訳ではないけれど。
お姉ちゃんは私を、部屋に迎え入れてくれることはなかった。ただ壁越しに私は、いつもと変わらない何の意味もない言葉をかける。私の踏み出せる一歩なんてこんな程度で、そんな程度の勇気だ。
お姉ちゃんの顔が見たかった。部屋に入れてもらいたかった。
私を、受け入れてほしかった。
もうどれだけの間、お姉ちゃんの笑顔を見ていないだろう。まともに会話をした記憶も、色褪せている。
お姉ちゃん。
お姉ちゃんは、私のことが嫌いなのかな。
お姉ちゃんは私のせいで、あんな酷いことを言われているんだよね。
それをお姉ちゃんが、口に出したことはないけれど。
私に責任を押し付けたことなんて、一度だってないけれど。
ごめんなさい。
こんな妹で、ごめんなさい。
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