すれ違う二人

青葉 千歳

苦痛

 耐え続けてきた。認められないことも、否定されることも。だから私は今日もまた、甘んじて愛されないことを受け入れた。


「あの子にできることが、どうしてあなたにできないの」


 幾度となく聞いた言葉。だけどその言葉は、何度聞いても慣れなくて。何度だって私を、殺そうとする。それを私は、耐え続けた。耐え続けてきた。


 18年間、耐え続けてきたんだ。


 説教とも躾とも言えない罵倒が終わった頃、ようやく私は部屋に戻っていた。ベッドに座り込むと、途方もない負の感情に支配されそうになる。着替える気力さえわかず、ひたすら部屋の一点を見つめた。その時、弱々しいノックの音が響いた。


「・・・おねーちゃん、入っても、いい?」


 優香ゆうかの声だった。その声を聞いただけで私は、気が狂いそうになる。だから私はその問いに、何も答えなかった。


「あ、あのね、何か用があるって訳じゃないんだけど、その・・・」


 歯切れの悪い言い方と言い回しで、私は優香の言いたいことを察した。おそらくさっきの会話・・・いや、会話ではない。さっきの罵倒を聞いていたのだろう。そもそもあんな大声では部屋にいたって聞こえるだろうから、同じ屋根の下にいれば嫌でも聞くことになる。


「おねえちゃん、・・・その、・・・だい、じょうぶかなって、その・・・」


「・・・・・」


 大丈夫かどうか。優香はそんなことを聞きに来た。そしてそれは、いつものことだった。


「別に何も。心配されるようなことは何もないって、いつも言ってるでしょう。気にしないでちょうだい」


「・・・・・・そっ、か。ごめん、ね」


 そう言って優香は私の部屋の扉の前から離れた。問いに対する私の答えもまた、いつも通りだった。


「・・・・・・」


 優香と会話を交わすことで湧き上がる、また別に負の感情を、私は必死に抑え込める。それは、たとえ何があっても爆発させてはならないものだった。


 私が私でいられる、最後の矜恃。


 だから私は、私を許してあげられる。


 私を好きでいてあげられる。


 なんてことはない。


 18年間、同じようにできていたのだから。


 今更何を、失うこともない。


 私はようやく立ち上がり、制服から私服に着替えた。これから先は、私の時間。誰にも侵せない、侵させない聖域。


 静かに、それでいて激しく。


 誰にも気付かれないような、無音に近い音で。


 それでも私は激しく、音をかき鳴らした。

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