孤独な出撃命令

 ”ガコン、”

 窓の外の景色が、いよいよ真っ黒になった。山道に入ったからだろう。それでもカシヒトは、揺れる車の後部座席から、窓をじっと見ていた。

 自分と……父と母を乗せた軽ワゴン車は、砂利道を走り続けた。


 誰も何も言わなかった。

 父はノート型端末パソコンで、カシヒトの最終チェックに追われていた。

 母は暗い山道の中、ハンドルを握っていた。

 そしてカシヒトは『気持ち』がゆらいでしまわないように……


 あの後。

 大人たちが部屋からでて一人になってから、しばらくして。


「うあーっ!!」

 思いきり叫んでから、つばさを救いたいという感情が「こわさ」に打ち勝って、「連れて行って、つばさを助けに行く」と両親に言った、その

 なくなってしまわないように、


 3人とも、必死だったからだ。


 車内はほぼ、識人のパソコンの明かりしか光源がなく、夜中で何も見えない窓だけをじっと見ていたが、カシヒトの視界には、さながら3Dのシューティング・ゲームのような、緑の線や様々な小さなウインドウが散らばっている--これは機動人間のサーチモードに切り替わっているためだ。右下のウインドウには、カシヒトの家に待機している椿井の顔があった。

「……以上でこちら経由の通信は終了します。以降は、目標地点周辺の特別配備を行い……」

 椿井が一通り連絡を終えるとそのウインドウも消えた。


 カシヒトの姿は、ふだんの小学生のものとはまったく違っていた。あえて形容するなら、ヒーローものの特撮ドラマや、ロボットの登場するテレビゲームに現れる、白地に光の加減でオレンジに見える色の、鉄板の装甲に包まれているような姿だった。カシヒトからは、重い鎧を全身に着ている感覚がしていた。…真冬のダッフルコートくらいはあるだろうか。

 父が説明することによると、普段はこういったごつごつした「装備」は外して、身体のパーツのつなぎめは、マスキングテープのようなもので隠したり、人間の目の錯覚や光の反射をつかって見えにくくしているそうだ。


 すでに相手に正体ーー機動人間であることを知られているのに、丸腰で向かう必要もない、と父は「装備」の仕方を説明した。肩や胸に瓦のような鉄板をはめこんだり、通信のための特別なヘッドセットをかけたり、ブーツのような重い靴に足を通した。それでも、見た目よりも軽く感じた。



 やがて、車が止まった。母は直感的にこれ以上進めないと感じ、父は端末の画面にメッセージが表示されたから、カシヒトは『サーチモード』のセンサーにたくさんの文字があらわれ、ここからはカシヒトひとりで進まなくてはならないと、3人ともが息をつめた。


 カシヒトは車の後部ドアをスライドさせた。

『ガチャッ、』

 肌寒い空気が入ってくる。小さく、身体が軋む音も聞こえた。場所は一時間半ほど車をとばした山奥。時間は深夜2時を過ぎているはずだ。


「私たちは、ここからリモート通信で呼びかけるけど……、つばさちゃんの救出を第1に、無理をしないでね」

 花那子は母親のまなざしで、伝令手オペレータの言葉をかける。カシヒトはうなずきも首をふることもせず、そのまま

『バタン、』

 ドアを後ろ手に閉めて、父から受けた説明通りに足をあげて歩き出した。



「対話型オペレーションシステム、起動」

 識人はキーを押した。


 鉄底のブーツ状のものをはいていたので、土が湿ってやわらかいことがよくわかった。見上げると、星がにぶく光っている。

「つばさを助ける、それだけ……今はそれだけ……」

 ふと、足を止めた。土が硬い。いや、土ではなく、鉄の上に土や雑草を混ぜて乗せているな、と感じた。目の前の画面にそういった文字が出ていたかもしれないが、複雑なアルファベットの組み合わせをすぐに読み取ることはできなかった。


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