僕にしかできない


「どうしたリウカ?! 顔の表皮膜が壊れているじゃないか!」

「申し訳ありません、カシュフォーン卿……、子供がたちの悪い奴らに囲まれていて……」

 リウカはハンカチで顔を押さえてはいたものの、そこから油がしみ出していた。血のにおいもする。

「相手に、手を出したのか?」

「いや……子供をかばおうと、間にわって入ったのです。拳がに当たって、血まみれになったのは相手の方で……子供は泣き叫びながら逃げてしまった。そこでやっと、とわかったのです」


 カシュフォーンは、油を拭き取る特殊な布でリウカの顔を拭いた。布では油と水分が反発を起こしていた。


(なぜ水分が……?)


 彼は一瞬考えた。


 リウカの瞳から、また一粒、新しい涙がこぼれた。





「カシヒト」

 母・花那子かなこの声で、ゆっくり目を開けた。涙をいっぱいためた、リウカの顔がしばらく忘れられなかった。ぼうっと視線だけを部屋の端にある時計に移してみると、針は夜の11時過ぎを指していた。暗い。

「晩ご飯……食べられそうかな……」

「……いらない」


 開きかけのドアが動いた。父・識人ひろとだと思ったら、もう一人後ろに人影があった。

「ああ、起き上がらなくていいよ」

 初めて聞く、強さをふくんだ女性の声。シュウにも姉がいるが、その声とも違っていた。

「カシヒト、さっき話しかけていたことだが……この人は、」

 花那子かなこが電気を点け、その人影ははっきりと見えるようになった。黒っぽい、ズボンのタイプのスーツを着た、たぶん20歳くらいの……担任の先生よりも年下そうだから……人だった。

「私から紹介させてください。警視庁特命2課の、椿井つばい 御影みかげです」

「警視庁……警察?」

「はい、ただし、カシヒト君、君がふだん知っている警察とは違って、ある目的のもとに行動しています……今の私の仕事は、『機動人間』やその技術を護ることです」


 識人が「それはできない」と言ったのは、「普通の対応」はできないという意味だったとわかった。


「カシヒト。休んでいる間に、車の居場所がわかった」

「……」

 おそらく、そこへ行かなければならないのだろう。つばさを助けに行かなければならない。でも。


 さっきまで見ていた夢のことは、どうすれば伝えられるだろうか。

 リウカの本当の姿を見て、逃げた子供。ということが知られたら?


「……いやだ」

 三人の大人に向かって、カシヒトはそう言った。しかし、普段なら……夕食のおかずに不満を言うとかといった程度ではあるが、自分の意見はほとんどきいてくれる両親の表情はゆるまなかった。

 その理由を、椿井 御影が伝える。体を起こしていたカシヒトと目の高さをあわせて。

「私たち警察が、特殊事件捜査係を使って、つばささんを救出する作戦をご両親に提示したのですが、それよりもカシヒト君、あなたが救出に向かう方が、成功の確率が高いと試算されたのです」

「えっ……」


「つばさちゃんを、助けに行きましょう。

 --あなたにしかできないことなの、これは」

 花那子かなこが言う。


「……僕にしか、できない……?」




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