水間樫人の秘密(2)


 静かな部屋。

 中央にある、鉄製の大きなテーブル。たたみ2畳分はある。

 中年の男が、テーブルに向かっている。彼は5センチ近い厚みのある、機械仕掛けの眼鏡をかけている。ときどき、眼鏡がきちきちと音を立てる。手元では、金属のすれる音が続く。

「リウカ、2番の金具を」

「はい」

 助手らしき青年-リウカが、指定通りの金具を男の差し出された左手に乗せる。男は何も言わずそれを受け取り、テーブルの中央に置かれている-造られている-機械の『腕』に、組み込む。


「まず『眼』を造るのに10年。生命の研究に加えて10年。お前のために『顔』を造るのに5年。そして、この『腕』に3年……」

 前置きもなく男はつぶやき続ける。リウカはそれを止めることなく聞きとげる。それが、人生のほとんどを孤独に過ごした男-カシュフォーンへの、唯一できることだと最近理解したからだ。

はかない? 叶わない? そんな貧相な言葉で、私のただひとつの『夢』は、縛られるわけがない。なぁ、リウカ」

 後ろを向いたままのカシュフォーンが問いかける。ただし、リウカの名前はおまけのように発せられている。まだ名前を呼んでくれるだけいい方だ、研究に没頭してしまった彼は、たまにそのまま糞尿を垂らすことすらあるから。


「……はい」

「ふふふ……この『夢』は、永遠エターナル・銀盤シルバボードに刻みつけて、私の墓へ一緒に埋めてもらおう。どれだけこの私の夢が壮大であるか。華麗であるか。機動人間を創り出すことが、」


「え、永遠エターナル・銀盤シルバボードは、そのために造られたのですか?!」

 思わずリウカは身を乗り出す。安定の悪いところに置いてあったペンチが、床に落ちた。しかし、カシュフォーンは気にもとめず、作業を続ける。

「リウカ、5番の金具を」


「……はい」






 静かな部屋。

 音がなく、耳が痛いほどだ。

(また、あの夢か……でも、いつもと少し違った……)

 カシヒトは薄暗いところで、ゆっくり起きあがった。身体が痛い。そうだ少し前、いきなり車に連れ込まれて……と、経過を思い出して、とたんに震えが起きた。

 ここはどこだ? 誘拐? もしかして、殺されるかも? たたみかけるように恐怖がのしかかる。


(逃げなきゃ!)

 慌ててカシヒトはふらつきながら立ち上がる。暗さに目が慣れてきた。ドアらしきものがない。脱出ゲームみたいに、見回すと、背後の壁の上の方に、小さい窓があった。光が見える。この壁が、外に接しているようだ。

 壁を叩いてみると、鉄板のような響きがした。 

 カシヒトはここに体当たりしようとして、大きくふりかぶった。その時、バランスを崩して転んだ。

「うわっ!」

 そのままカシヒトはとっさに右腕を壁にぶつけてしまう。硬い壁だったから、手が痛んでケガをすると感じた次の一瞬には、

『ガコォン!』

 それは簡単にへこんだ。


「?!」

 カシヒトはおそるおそる右手を見た。

 血だらけのはずが、


「?!?!」

 それは、人間の手ではなく、

 あの夢に出てきた『腕』と全く同じものだった……。

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