第5話 誰のせいでもありません。

「あのう……」

「話しかけないで」

 俺に背を向けて、体育座りを決め込むさっちんは俺の呼びかけをピシャリと跳ね返す。

 語義にも怒りの様子がにじみ出ていた。

 それでも、懲りずに呼びかける。

「ねえ、さっちんてば」

「……フンッ」

 もっともらしく、鼻息をひとつ飛ばして見せるさっちん。

 確かにそういった気持ちは分からなくない。

 でも、はたしてそれほどまでに俺が悪いのか?

「悪かったよ、それにしてもまさかさっちんだとは夢にも思わなかったからさ」

「………………。」

「だってさ、さっちんて小さい頃男の子みたいなカッコしてたじゃん? 髪も短くって、むしろスポーツ刈りだったじゃんか。それが今じゃ、髪もそんなに伸びて背もスラッとしてさ、その、体つきだって……女性っぽく……丸みを帯びてて……」

「………………。」

 やばい、ドツボだわコレ。

 何言っても全然反応返してくれないから、それはそれで怖くなる。

 というか、最初っから「話しかけないで」って言ってきてるのを無視してただベラベラ喋ってるから、むこうもなおさらそんな俺に返したくないのだろう。

 だけど、もはやここまで来て引くわけにもいかずどうにか言葉を繋げて、さっちんが心を改めてくれることを切に願った。

「本音を言わせてもらうとさ、さっちんだって気付いた時俺すごく嬉しかったんだ。本当だよ? こうして久しぶりに会えたし、もし神子が知らない人だったらどうしようって結構不安だったからさ。だから、まあ、そのなんだけど。元気そうでなによりだね」

「………………。」

「さっきも言ったんだけど、さっちん本当に雰囲気変わったよね。すっかり見違えたっていうか、いや、だからって別に昔の頃のさっちんを否定するつもりなんてないし。それも込みで、今のさっちんがあるわけで……ううん、何ていうか。あー、どうしよう、なんか急に舞い上がっちゃってすんなり言葉が思い浮かばないや」

「………………。」

「ごちゃごちゃと御託を並べてきたけど、やっぱ、間違ってるよね。久々にこうして向き合ったとはいえ、いくらなんでも馴れ馴れしすぎっていうかさ。そう考えたら、俺、さっちんから見たら今すっごくデリカシーが無い感じに映っちゃってると思う。勝手に一人で盛り上がっちゃって、それに久しぶりだからってさっちんをさっちんとしてすぐに認識できなくって、ゴメンなさい。でも、どうか信じて。俺、さっちんの前で嘘は絶対につかないから!」

「………………。」

 相も変わらず、さっちんはだんまりを貫いたままだ。

 どんなに説得を試みていても、向こうはまんじりとも動こうとはしなかった。

 何でだよ、せめてウンとかスンとか言ってくれよ。

 頼むよ……もしそうでなきゃ、俺、寂しいよ……。

「ねえ、さっちんってば」

 小さく纏まっている彼女の背中をじっと見遣る。

 慎ましやかな佇まいであるのだが、どこか違和感を覚えた。

 心なしか、そわそわしているように見える。

 ひょっとしたら、俺の切なる思いが頑なだったはずのさっちんの心を突き動かしたのかもしれない。

 ささやかな変化に、淡い希望を抱く。

 今一度、声掛けをと試みる。

「あのさ、さっちん……」

「……へくちっ」

 さっちんの方からすごく可愛らしいくしゃみの音が小さく聞こえてきた。

 それに合わせて、さっちんの背中が軽くビクついた。

「ど、どうかしたの?」

「べ、別に……ごにょごにょ」

 なんだ、別にか……うん?

 会話が成立している、だと?

 口ぶりは相変わらずの様子だが、当の本人は立てた両膝に顔を埋め耳の先端は真っ赤に染まっていた。

 恥ずかしさと、引っ込みの付かなさのあまり意地を張ってしまっているように思えた。

「さっち……」

 またもや、その名を呼ぼうとして俺は言葉を引っ込めた。

 今まで好き勝手に、散々自分本位な言葉をまき散らしていたことにようやく気が付いた。

 俺はずっと、自分のためだけに一人相撲をとっていただけだった。

 どれだけ相手のことを心から慕っていても、それが言葉によるものならただの独りよがりもいいところだ。

 口から放たれた言葉は、生きて武器にもなりうり必ず自分に帰ってくる。人間は、それを無意識的に理解していて、無意識的に納得したうで自己満足に浸っている。

 つまり、ただ安心を得たいだけなのだ。

 今は安心なんていらない。欲しいのは、協調だ。

 協調を得るうえで最もらしい選択とは……行動することだ。

 俺は、徐に白装束を脱いでから、固く縮こまったさっちんにそれを羽織らせてあげた。

 被せられたさっちんは、驚愕のあまり目を見開かせていたが自分から剥ぐことはせず自分から着込んだ。

「……ありがとう」

 そう言ったさっちんは、耳はおろか顔全体を真っ赤にさせていた。

「ううん、だって神子って頭から水を被らされるんだろ? そりゃ、寒いに決まってるよな。凍えてて、満足に口も利けないくらいなんだから」

「う、うん……」

 静かに頷く様子のさっちん。

 やっぱり、ずっと寒い思いをしてきたのか。

 春先とはいえ、女の子ひとりが行水してほったらかしにされても平気な季節にはまだ早い。

 こころなしか、頑なだったはずのさっちんの表情が少しずつ和らいでるように見えた。

 ただひとつ気がかりなのは、さっちんの顔色がずっと真っ赤っかという所だ。

 もしかして、本格的に風邪をひき始めたのか

「ねえ、やっぱり大丈夫? 顔全体が火照ってるっぽいけど」

「だ、大丈夫だから。心配しなくたって」

 必死になって顔を見られまいとして両手で隠そうとしている風に見えた。

 慌てて、さっちんの顔の真正面にと躍り出た。もし神子が風邪をこじらせてしまっているのなら大変だ。儀式どころじゃない。

「無理すんなって、正直に言えよ。ほら、そう強がらなくたって……」

「ああああアンタがパンツ一丁で私の視界でうろついてるから目のやり場に困るんじゃないの!! 白装束をわざわざ脱いで貸してくれたのは感謝してる! それは、ありがとう……でも、いくら友達だったからって、これ見よがしに股間部分で迫ってくるなんてどういうつもり?! このっ……この、ケン坊のドエロ! ドエロガッパ! ド変態ッ!」

 問い詰めようとした途端、さっちんは堪りに堪りかねていた感情を炸裂させながら、一気にまくし立ててくる。その、思ってもみなかった様子に俺は唖然とさせられていた。

 エロだの、変態だの、確かにそうかも知れないけどいくらなんでもドがつくレベルかどうかは疑問だな。一般青少年の性欲的には、普通くらいのじゃないかな?

 それにしたって、目に涙を溜めてまで訴えてくれなくても……。

 さっちんの予想だにしない勢いの余り、押し黙る。

 すると、さっちんが唐突に俺のパンツに向けて人差し指を震わせながら突き付けてきた。

「そ、そそそそそれにそのここここ股間の膨らみ具合ったら、なによ!? そんなに私と……シたいのかしら?! ケダモノだわね、アンタ」

「いやいや、さっちん。これは誤解なんだって。コイツはあくまでのせいでこうなっているんであって、実際問題」

 力なく俺のパンツの下でこんもり盛り上がっているモノを一瞥してから、弁解を続ける。

 だが、力及ばず更なる勘違いをさせてしまうこととなった。

「ま、まさかアンタ……それで平常時だなんて言わないでよ!? もしソノ気になっちゃって、仮に平常時の三倍弱膨張するとしたら軽く膝丈くらいまでになるの? む、無理! ムリムリムリムリィッ! 裂けちゃう!」

「落ち着けよ。そんな過剰に反応しなくたっていいじゃんか。第一、無理ってどういうことだよ。裂けちゃうって、何が裂けちゃうのさ?」

 恐怖と脅威を目の当たりにしたような顔つきで、何度も激しく首を横に振りながら俺を拒絶するさっちん。まるで、俺を化け物と言いかねない迫力だ。

「空は飛べないし、水中じゃ息ができないのといっしょ! ムリなものは無理なのよ! 自分でもわかっててやろうとしてる――――“ナニが裂けちゃうのさ”って。当たり前でしょ!? アンタのナニで、私のナニがズタズタに引き裂かれて今まさしく二度と使い物にならなくなりそうな瀬戸際なんだから!! 過剰に反応するのも致し方ないでしょう!?」

 さっきまでの言葉を一息で畳みかけるかのように捲し立てた影響か、さっちんの顔は真っ赤だったのが酸欠ですっかりと青ざめている。

 肩で息をしながら、恐怖で震えつつ必死になって抑え込もうとしていた。

 どんだけ純粋な育ち方してるんだよ、こいつ。

「ああ、わかったよ。見たけりゃ、見してやるよ……」

 全てを飲み込み終えた俺は、徐に、パンツの中に手を突っ込んで中のを取り出しにかかる。

 やれやれ、ずっとこいつをパンツの中に入れてたから痛かったのなんの。

 とりだしたそれを隠すことなく、ご隠居の印籠よろしく堂々と見せつけた。

「ホラよ、それはなにかと尋ねたら……村の通り沿いの山野ってバーさんが営んでる駄菓子屋で買った新品のトランプだよ。これで満足?」

「へ……へぇっ?」

 散々言ってくれたとうのさっちん本人は、顔全体を両手で隠していたが指の隙間からトランプを仰ぎ見るという強かさぶりだった。

 そして、自身もきちんと理解し終えるまで何度も何度も俺とトランプの容れられた新品のトランプケースを交互に見遣るのであった。

「やっと、また俺のこと見てくれた……」

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