第2話 人事尽くして天命を待つ
村人たちとのファーストコンタクトもそこそこに済ませ、リビングから床の間へと場所を移された。座敷の机一枚を隔てて来客である彼ら村人たちを出迎える俺、という構図。ついでに、そんな俺の両サイドにはおじいちゃんおばあちゃんがそれぞれ陣取るようにして座っていた。
お互いが一列に揃い合ったのを確認し終え、俺のおじいちゃんが我先にと話し合いの口火を開く。それに続けるようにして村人たちがそれに関する情報を次々と口述し始める。
おじいちゃんと村人たちの話の内容は、大体こんな感じだ。
・毎年この時期に催される、
・天照祭が開催されるにあたってその前の日の晩「
・なお、逢の儀は村の長者によって男女一組が選ばれそれぞれ
……ちなみに、逢の儀をするために欠かせない「神男」を担うのは誰かと言うと。
「『
驚愕のあまり村人たちの表情を一斉に見遣る。彼らの反応は一様に頷くというものである。
いや、ウンウンじゃねえよ。
あたかも周知の事実みたいになっているし。
いつの間にか俺のあずかり知らぬ所で俺自身が祭り上げられるハメになってしまっていた。
当然、納得のいってない俺はその決定事項を断固拒否する姿勢で迎えた。
「ヤダ、やりたくない。つーか、勝手にそんなこと決めてくんな」
「これ、ケン! 村人の総意をむざむざ
自分の気持ちを正直に打ち明けたまでなのに、なぜかおじいちゃんにやたら強い口調で宥められる始末。意味が解らん。そもそも、今がまさに多勢に無勢で一人の若者の人権が村人の総意と言う名のエゴにより押しつぶされるかどうかの瀬戸際である。
どおりで久しぶりに会ったにも関わらず、やけにベタベタ接してきたと思ったらこういう訳があったのか。
否定的な感情で息巻いていると、なんと信じられないことに村人たちは俺を前に土下座してまで懇願してきやがったのだ。
「こんなことになっちまってすまねえっ! でも、他に神男に相応しい男は
「そんなわけ……この村にだって、若い男連中はいるはずだよ。昔、ここに来た時同い年くらいの男の子がそこらへんで遊んでた記憶もあるし」
「ところがどっこい。皆遠くの学校やら出稼ぎやらで出払っちまいやがった。おまけに、どいつもこいつもすぐには帰れねえとかぬかしやがる。そんなわけで、この村に兄ちゃんと同い年くらいの若い男は今いねえんだよ」
そんな村人からの釈明を聞き、ようやく自分の中で合点がいった気がした。
なるほど、つまりはそういうことだったのか。
こいつらにとっちゃ、祭りの成功が第一でありそのために利用される若者の気持ちなんておくびにも思っちゃいない。
だから、そのためなら例えよそ者であっても村の人間の身内ということで引っ張れると踏んだのだろう。
どおりで、厚かましいほどに手厚く出迎えてくれたわけだ。
ある種諦観にも似た納得が自分の胸の中にてゆっくりと波紋を広げ、隅々まで行き届いたような、返って清々しいとさえ感じさせる境地に達するまで、そう時間は掛からなかった。
なんともはや……。
ひとりため息をついていると、村人らの内の一人が上体を起こして俺に目線を合わせてから口を開く。
「兄ちゃんが不本意だってのはこちとら百も承知の上だ。しかし、だ。何がどうあれ、俺達照日村の住人にはどうしても祭りを敢行させなきゃならない使命がある。今まで例年通り欠かさずやってきたし、それが習慣になっているのもそうだがなにより今回の天照祭は少々事情が違っててな。……ひょっとしたら、祭が開かれるのも今年いっぱいまでかもしれんのだ」
やや右肩下がり気味に打ち明けられた理由を聞きつけ、素早く真意を問うてみた。
「それどういうことだよ? まるで、来年以降は天照祭をやらないみたく聞こえるんだけど」
すると、暫く押し黙っていた様子の隣に座るおじいちゃんが突如として口を開き、左様と古い日本語で肯定してきた。
「おじいちゃん」
「先ほど皆が言った通り、村には神男にふさわしい若者と呼べる若者はお前以外皆無なんじゃ。若い奴は全員巣立っちまい、村には昔から暮らしてきたワシらのような老いぼればかり。今ではすっかりこの村は限界集落になりさがっちまった。もはや共同体としての価値も乏しいこの村では、村民挙げての祭を開こうにも如何せん厳しい状況なんじゃ」
「そんな、事情が」
「道はふたつにひとつ。一、このまま暮らし続けて緩やかに村が終わるのを見届ける。二、町村合併で
「そうなんだ」
事態は外様の俺が思っていた以上に深刻らしかった。
故郷とまでは言わないまでも、俺にとっては幼少期を過ごしたかけがえのない思い出の場所だ。そんな大切な場所が無くなってしまうと考えてみると、滅茶苦茶寂しくなった。
ましてや、文字通りこの村で生を受けてからずっと今の今まで暮らし続けた村のお年寄りたちの寂しさや無念さ、やり場のない感情ときたら想像もできない。
町村合併で消えるのは村の名前だけではない。そこに暮らす人々の思い出や生涯にわたる生きた証そのものさえも喪失しかねない。
――――!
その時、俺は気付いた。気付いてしまったのだ。
俺の親父も今の俺とまったく同じことを考えていたからだ。
だから、昨日唐突に俺を車に押し込んで夜通し運転してまでここまで連れてきたのだ。
明日故郷が無くなるかもしれないというただならぬ不安と恐怖が、親父を駆り立て行動させるに至ったのである。万が一、同じ状況に立ったら俺だって同じように行動していただろう。それこそ、肉親に対して口も利けなくなるくらい。
気が付くとおじいちゃんは黙って口元を真一文字に固く結んだままジッと俺を見据えていた。目の前の村人たちの居様はというと、皆一様に伏し目がちになって申し訳なさそうに肩をすぼめ押し黙っていた。
耐え難い沈黙が床の間を支配していた。
声を出すのも
「ケンや」
すぐさま声のした方へ視線を向けた。
「お、おばあちゃん?」
「今まで隠してたけどねぇ、この際だから打ち明けちまうが私がアンタと同い年の頃。
私も祭の神子に選ばれたクチなんだよ」
「ホントかよ」
衝撃の新事実発覚のあまり、信じられないでいる俺をおばあちゃんはああと言って返した。
「本当だともさ。でもって、昔から祭の神男あるいは神子に選ばれるってのは大変ありがたいことだとされてたんだけれどもね……」
「その時おばあちゃんは、嬉しかった? 自分がそんな風に選ばれて」
「うんにゃ、全然。むしろ、おっかないあまり震えが止まらなかった。だって、どこの馬の骨ともしれないような男と一晩ふたりきりだなんて、そりゃもう末恐ろしかったさね。だから、丁度今のアンタと同じ気持ちだったんだ。なんで私なんだろうって」
…………………。
俺は、じっとおばあちゃんの体験談に耳を傾けていた。
俺もおばあちゃんも同じこと考えていたなんて。
ふむふむと、噛み砕いているとおばあちゃんがさらに言及を続けた。
「色々考えて、悩みに悩んで結局は人事尽くして天命を待つのが一番だって気付いたのさ。まあ、お陰で神男だったケンゾーさんとも結ばれたわけだから、必ずしも悪い事ばかりってわけじゃない。むしろいいことづくめだったさ。皆ちやほやしてくれたし、子宝にも恵まれて。そうそう! 何を隠そう、アンタのお父さんだって昔この村の神男をやっててその時の神子と結ばれたんだよ。」
「つ、つまり……そんな親父とお袋の間に生まれたのが、新たに神男として選ばれた俺。って事なの?」
事実かどうか確認をとってみると、おばあちゃんはしたり顔のまま黙って頷く素振りを見せた。
おばあちゃんだけじゃない、おじいちゃんもそうだったし机を隔てた所にて座っていた村人たちも一様に無言のまま首を縦に振る。
なんてこった。
親子三代にも亘って、なんてこった。
もしも、本当に天照大神のような神様がいたとして、実際に神様が人間にちょっかいをかけてくるようなことがあるとしたら、俺の一族はよっぽどその神様とやらに愛されちまっているらしい。
同じ血を引く人間が時を隔てて、立て続けに選ばれるなんざもはや運命を通り越して必然あるいは宿命とも思える。
偶然にしちゃ、あまりにもできすぎだ。
見えない力が働いていると、言わざるをえない。
そして、そんな力が巡り巡って俺にお鉢が回って来た。ただ、それだけのことだ。
さっき、おばあちゃんが言った通りだ。
後は、人事尽くして天命を待つばかり。
ここまでくれば、もはや何も思うまい。
「さあ、どうするね。結局はこの機会を活かすも殺すも決めるのはアンタ。ケン次第さね。私は、後悔しないようにちゃんと考えて決めるべきだと思うがね」
最後までおばあちゃんは、俺に全てを託す気でいた。
その穏やかな口調にひどく安心感を覚えた俺は、無意識に肩に込めていた力を手放していた。
ああそうか、やっぱり俺の故郷はここにあったのか。
俺は、照日村を第二の故郷と位置付けていた。
そんなだから、むざむざ村人たちの思いを無碍になんてできるわけもなかった。
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