肝胆天照らす。
はなぶさ利洋
第1話 いらっしゃい、令和くん
さようなら、平成。そしてようこそ、令和。
そんな訳で、四月末から日本では例年通りゴールデンウィークにと突入した。
それに、今年のはここ数年飛び石気味であった連休ではなく驚異的かつ空前絶後の超絶怒涛の丸十日間連休だったりしちゃったりする。
振って涌いたような長い休日は、俺みたいな高校三年生にとっては大変ありがたいものであったので、楽しみのあまり舞い上がってしまうのは仕方がない。
なんたって、たっぷりと時間に猶予があるのだから勉強だけじゃない。本屋に行って本を購読したり溜めに溜めきった深夜アニメをここぞとばかりに消化しきったり映画なんかもみたり……お楽しみはいっぱいだ。
そう、お楽しみはいっぱい。
そのはずだった。
翌日にゴールデンウィークを控え浮かれ切ったまま帰宅するなり玄関先で出張っていた親父に手を引かれむりやり自家用車の助手席にと押し込められ、そのまま発車してしまうまでは。
翌朝。
夜通し親父が車を走らせた甲斐(?)あって、俺は親父の故郷に着いていた。
村の名前は
ここには小さい時に親父の帰省時に訪れて以来であったので、辺りを一望するなり自分の中で懐古心が強く込み上げてきた。
山間に差し込まれる日光、生い茂った緑、そして田舎特有の皮膚に纏わりつく感じのする水分が多く含んだ湿っぽい空気。
郷愁のアトモスフィアに曝されていると、一人の老人が俺の目の前に現れた。
よく見るとその人は俺のおじいちゃんであった。
日が出てまだ間もないにも関わらず、元気そのものでいやに溌剌とした様子で俺ら親子を出迎えに来たのである。
「お~、ケンや。それに、お前もひさしぶりじゃな、待っちょったぞ」
突然かつ超久々な帰郷にも関わらず、おじいちゃんは俺の名前をしっかりと呼んで温かく受け入れてくれた。徹夜でフラフラと足取りの重い実の息子である親父の手を引きそのまま実家へと連れて行くおじいちゃん。それに、俺も付いていく。
しばらくして、実家にたどり着いた。
親父は仮眠をとるため二階の自室へと上がっていった。
親父と別れおじいちゃんに一階のリビングへと通してもらう。
なんとおばあちゃんが俺のために朝食をこさえて首を長くして待ってくれていた。
用意された木の箸で一口ずつ、朝食を口元へ運んでいく。そこには、最後に訪れた時と寸分たがわない思い出の味が現存していた。
味だけじゃない。おじいちゃんもそうだし、おばあちゃんも十年前から何一つ変わっちゃいない。少し脂ぎったちゃぶ台も、埃を被った電灯も、くすみ切った水色のカーテンも、全てが俺の子供時代そのままに留めていた。
あっという間に朝食を平らげた後、おばあちゃんと共に液晶テレビにて満腹時の余韻にひたりつつ朝ドラを観賞したりした。ちなみに、先ほど来この家にある物は何一つ変わっちゃいないと称したのだが、実はテレビだけは昔ブラウン管であったりしていたりする(満腹のあまり、そこんところの認識が甘くなっていた)。
そんな感じで、実家のリビングで座り往生を決め込んでいると突如として玄関から来客を知らせるベルの音が鳴り響く。
「ワシがでる。……ハーイ! 今、しばらく」
それまでリビングにて据えていた腰を、ヒョイっと持ち上げておじいちゃんが玄関先にいるであろう客に対し声を張り上げながら向かう。
連休初日の朝っぱらにも関わらず、まるで待ってましたと言わんばかりの足取りの軽さに俺は違和感を覚えた。
「ほんじゃ、まあ、このへんで」
その声のした方に思わず振り向くと、なんとおばあちゃんが朝ドラを途中でリモコンを使って切り上げ、俺の朝食の後片付けに取り掛かっていた。
呆気に取られて間もなく、今度は来客を出迎えに行ったはずのおじいちゃんが後ろに数人ほどの面子を引き連れてリビングに舞い戻って来た。
帰ってくるなり、おじいちゃんが来客方に向き直って俺を紹介し出す。
「みんな、ワシの孫つまり息子・ケンイチのせがれのケンじゃ。さっき来たばかりでな、どうだすっかり見違えたじゃろう」
「ど、どうも……はじめ、いや、お久しぶりです」
慌てて、来客側に挨拶しようとして、俺はハッとする。
どの面子も皆初対面でないどころか、全員が村の人間であり顔見知りだったからだ。
畏まりすぎて鯱張る俺。
そんな自分に真っ向から挑んでくる影が一つ。
近づいてきたかと思えばすぐ止まり、今度は俺目掛けて両手を伸ばし年相応のしわくちゃな手の平で俺の顔をペタペタと触りにかかった。
「いやあ、これはこれは! へぇ――っ、こいつがあのチビで生意気だったケンゾーさんの孫かい! なあ、あんた覚えてるかい。ウチは真向かいに住んでる農家の林っちゅうんだが」
「も、もちろんです。よく、こっちに採れた野菜をお裾分けしに来てくれてたので」
すると、先の林を皮切りに続々と客人が群がり続々と詰め寄ってくる。
「じゃあ、私のこともおぼえているかしら? そこの通り沿いで駄菓子屋を営んでいる山野ってんだけどさあ、ホラ、昔よくケンゾーさんに連れてってもらってたじゃないのさ」
「オレはオレは? ほら、すぐそこで食堂開いてるんだが……」
「いやいや、僕も……」
「俺だって……」
諸人こぞりては一斉に俺を迎えまつってくる村人たち。
予想外のスキンシップぶりに若干の戸惑いはあったものの、どれも見知った顔で信頼に足る大人たちばかりであったため、すぐにこの扱いにも慣れてきた。
そうして久方ぶりの人の温もりに浸りつつ、改めてそんな彼らの顔を見まわす。
皆一様に年を召していて、顔に皺が深く刻み込まれ頭頂部は白髪一色ないしは見事なまでにつるっぱげ。肌も黒く灼けており、至って健康そのもので十年前とちっとも変っていない。
ただ一つ、気がかりなことがあるとすれば皆の俺に対する目つきそのものだ。
手放しで俺を温かく出迎えてくれているようで、ふとした拍子に目つきが若干鋭くなるふしがあるように見えた。
だとしたら、先ほど来俺をべたべたと身体を触ってきていることにも納得がいく。
まるで、皆して俺を値踏みしているかのように見て取れたのである。
かくして照日村の人らによって手厚くもてなされている俺であった。
なぜ、何年も訪れていなかった父方の故郷の村に連れられてきたのか。
なぜ、錦を飾りにやって来たわけでもない俺を彼らがベタベタ接してきやがったのか。
……なぜ、今になって。
まだ俺は何も知らなかった。
そして、この後間もなく彼ら村人たちの口から告げられる衝撃的な提案に、どれだけ感情をかき乱されることになるのか。
懐かしい場所にて懐かしい人たちと出会え、思い出を噛みしめているこの時の俺にとっちゃまだ知る由もなかったからだ。
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