魂ノ第伍話 『神の居ない土地』

 地鎮祭をすると、土地が応える。

 小さくさざ波が立つように、土地に陽炎が揺らめき立つように見える。

(不味いな。この土地、全然応えない上に、なんだか神を勧請する土地でも無いような……)

 こんなに乾いた反応は珍しい。


 そんな現場の工事が始まった頃、休暇の旅先で仕事用電話が鳴った。休日に電話が鳴るほど憂鬱なことはない。

「はい。佐久良」

「あ、佐久良さん? ちょっと困ったことになって、現場、近所の元刑務所に入っとったとかいう男が、工事を止めろって絡んで来てて、今工事止まってるんよ」

「はぁ? 何の権限があるんですか。赤の他人でしょ」

「なんか、俺んところには挨拶に来んやったって」

「どこの人ですか?」

「近所の市営団地」

「行く必要ないでしょ。なんの権限もないんだから続行出来ないんですか?」

「それが、現場の作業員に絡んで困っとるんよ。とりあえず、ボイスレコーダー持って挨拶に行ってくるわ」

「ボイスレコーダー?」

「うん。一応、法務部に相談したら、ボイスレコーダーで記録しろって。いっそ殴られでもしたら、手っ取り早く追っ払えるんやけどなぁ」

「気を付けて下さいよ」

 物騒な話だ。

 結局、会社が大手だと分かったとたんに、威勢を引っ込めたようで事なきを得る。


 しかし。

「佐久良さん。聞いた? 現場、水が出て大変なことになってるらしいよ」

「まだ、聞いてないです」

 慌てて工事監督に電話する。

「あー、山水だと思うんやけどなぁ、造成で土削ったら水が出てきて、現地ぬかるんで、田んぼ状態よ。水止めんと建たんで」

 今度は水。やけに滞る。やはり、家を建てるべき土地じゃないのかもしれない。とはいえ今更止めるわけにはいかない。水止めのために追加の見積りは百五十万近い。

 お客様は仕方がないからと追加の契約書にサイン。これが工事引渡し前に痛い目を見る事態になった。

「私達、総額がこんなに高くなるなんて、聞いてません」

「ですから、途中でご説明した通り、契約書にも、土地の見えないトラブルで発生することについては当社では責任が持てないと記載していますし、そもそも、当社でご用意した土地ではないですから」

「じゃあ、土を削らなければよかったんじゃないですか?」

「ですから、それも説明させていただいた通り、あの地域は、宅地造成規制法という法律に該当する地域でして、あのままでは家が建てられない土地だったんです」

「支払いたくありません」

「と、申されましても」

「誠意を見せて下さい!」

「誠意って、何ですか。値引きしろということですか?」

「誠意!です」

 気持ちはわからなくはないが。話は平行線だ。胃が痛い。けれどこのままでは引渡し出来ない。

「エアコン二台くらいサービスして、さっさとそんなお客さんは手離しなさい。人の良さそうな雰囲気の夫婦なのに、言ってることはヤクザやな」

「すみません。何の悪気も無いんだと思いますけど」

「それが性質が悪いよな」


 そう。そうなんだ。

 結局のところ、この時僕は、見えない世界のいつものクライアントと違うルートの仕事を受けてしまったのだ。

 そもそも展示場に来て一度お会いしただけなのに、二回目にお会いした時には、プランも見積も見ていないのに、佐久良さんを気に入ったから、そちらで建てますと言ったのだ。

 こういう方は年に一件くらいはおられるが大抵やっかいな案件が多い。

 この時のパターンはおそらく、神の勧請出来ない土地に僕の力で神を引っ張って来ようとした見えない何者かの要望を、僕は聞いてしまった。うまく使われたのだ。

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