魂ノ第肆話 『護りたい心』

 商談は色んなモデルハウスを案内して三か月目に突入。


「鉄骨メーカーにするなら、佐久良さんのところに決めました。でも、まだ木造を見比べて居ないので、また三ヶ月くらい木造メーカーを見て考えてもいいですか?」


「ありがとうございます。わかりました。では、木造さんはどこかを決めたらまたお声下さいね」

 胃がひっくり返るかと思った。あれほど鉄骨住宅と木造住宅の違いを説明したのにダメなのか。という思いと、三ヶ月引っ張ってこの結果。上司に何と伝えるべきか。

 

 住宅展示場を初めて見に来られた方に話をすると、大抵驚かれるが、ほとんどの人が一、二ヶ月で依頼メーカーはどこにするかを決定してしまう。なので、営業は商談が始まると、会社に当然二ヶ月以内では契約出来るよう詰められる。

「ちょっと、怪しいですね。あそこまで説明して決められないとなると」

 そう報告してお客様のことは急かさず、しばらく様子を伺うことにした。


「あー腰が痛い」

 仕事中、不意に腰が抜けるように痛い。

「何? 佐久良さん。何か重いものでも持ち上げた?」

「いえ。何だろう」

 苦笑しながらこれは例のやつだなと思った。

 人間の霊に頼られた時、大抵腰に来るのだ。

 家に帰ったら視てみないと。


 一つずつ可能性を辿っていく。

 お客さん関係者、亡くなった人、知り合ったのは半年くらい前のお客さん、僕に何かさせたいことがある。させたいこと……目に見えること、家に関すること。止めさせたいこと。

『木造で建てさせたくない。止めてくれ』

 不意に脳裏に落ちて来るメッセージ。

 あ、あのお客さんか。

 そういえば、そろそろあれから二ヶ月経つ。

 翌日電話すると、

「今、○○工務店さんで見積まで出ていて、佐久良さんのところは鉄骨だから高いしどうしようかと思ってるんです」

 と。電話しなかったらきっと契約してしまっていただろう雰囲気だ。

「いやいや、でも、まだ当社の見積をご覧になってませんよね? 同じ金額だとしたらどちらを選ぶんですか?」

「それは。佐久良さんのところの方がいいですけど」

「でしたら、一度検討しましょうよ」

 何とかアポイントを取って、心で祈る。

(引き寄せて来ているんだから、決めさせて下さいよ。お祖父さん)


 それから二か月の闘いを経て、ようやく契約した。

 近頃は仕事を変えたのでこういうケースは少なくなったが、酷い場合、家のことではなく、まだ見ぬ孫を、○○中学に入れたいから○○学区の土地を買わせてくれとかいう、とんでもない要望もあったりしたこともある。その時には、

(うちで契約してくれるならね)

 と言って追い帰すのだが、この世を去ってまで学区とか気にしているなんて、と思わざるを得ない。

 まぁ、往々にしてそのパターンは僕のところには戻って来ないけれど。

 僕は人間の霊と関わる役目ではないので。

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