魂ノ第弐話 『神の依頼』

 蝉の鳴き声。暑い季節だった。

(困ったな。どうみても僕のお客さんなんだよな)

 お客様宅の庭で、打ち合わせの度に、近所の用水路から上がった亀達が姿を見せる。神様絡みだ。

 競合は七社。うちになる確率は現状低い。

(プレッシャーを感じるなぁ……)

 のんびり歩く亀に建築士が手を合わせる。

「宜しくお願いしますね」

 そんな姿を見ながら苦笑する。誰しも霊感は無くても気付いている。


 提案書を何度も作り変える。資料を何度も作る。疑問には即訪問。通常のお客さんの数倍労力がかかった。

 自分のお客様だと思うし、なぜか契約になるはずという確信めいた予感があるからこそ頑張っているが、よく考えてみれば、それは営業魂のお陰なのか、持って生まれた役目のせいなのか。

 

 神が居る土地は、建てる物、建てる人、後継ぎを土地が選ぶ。なら、そんなに頑張らなくとも決まるのではないかと思う人もいるだろう。

 でも、おそらくは、他の住宅営業も皆、霊感の自覚が無いだけで、僕と同じような役割を担っている人もいるのだ。なら、他の人に任せればいい。それも考え方の一つかもしれない。それでも、感覚でしかないけれど、僕の役目だと思う。

「佐久良さん。そのお客さん決まるの?時間かけすぎじゃない?」

「大丈夫です。七割方決まると思います」

「ほんとに〜?」

「ほんとですって」

 自信があるかと言われれば微妙なラインだったが、確信はある。


「佐久良さんだから、僕らは決めるんです。がっかりさせないで下さいね」

「もちろんです。それが、僕の仕事ですから。後悔だけはさせません」

 ご夫婦に気に入られて無事に契約になった。


 契約後は何事もなくスムーズに引き渡せた。

 ご訪問すると大抵、亀達が庭で出迎えてくれる。

 僕はいつも笑顔で会釈する。

(こんにちは。居心地はいかがですか?)

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