魂ノ第壱話 『ハリボテの巫女』

「佐久良さん。ちょっとお願いしていいですか?」

 接客から戻ると、そうアドバイザーの女性に声をかけられた。やけに混んでいる日だった。シルバーウィークとかいう、謎の連休だっただろうか。新築のとくに総合住宅展示場は一年で一番ゴールデンウィークが忙しい。次いで忙しいのが秋頃だ。夏や冬は客足が減る。

「家相にこだわっていて、プランして欲しいって言われているんですが、計画されているのがお母さんと娘さんで、娘さんは契約社員なんです。お母さんは無職で……ローンの相談もしたいって。忙しいのに無駄になったらごめんなさい!」

 そう言って彼女はアンケートを挟んだバインダーをこちらに頭を下げながら差し出した。

 確かに、それだけ聞くと新築を建てるには資金的に厳しそうだ。

「気にしないでいいですよ」

 仕方がない。女性二人、家相と来てはもしも他の営業の手が空いていたとしても僕が適任だろう。バインダーを受け取り、資料を用意してスタッフルームを出た。ダイニングスペースに大人しそうな娘さんと、喋り出すと止まらないだろう雰囲気のお母様が座っていてこちらを見上げた。

「本日はご来場ありがとうございます。営業の佐久良と申します」

 名刺を差し出す。

「ローンのご相談と伺ったのですが、具体的にお話お聞かせいただいていいですか?」

 それが、安岡様との出会いだった。


 契約に至った要因は、お母さんの性格だっただろう。とにかく感情とテンションで話をする人で、何を言っているか判らない度合いが、うちの母親によく似ていた。

「他社の営業の人は全っ然話が通じないのよ!」

「そうなんですねぇ」

(そうでしょうねぇ)

 このやり取りを何度しただろう。会話をリードして一つずつ決めさせて要点を抑え込む。そうやっていっても何度も、あの本を読んだらこの家相が悪い。こっちを見たらこれが悪い、と打ち合わせが二転三転した。

「神棚のところの収納が大きい方がいいのよ」

「えっ?何をしまわれるんですか?」

「これが捨てられなくて」

「うわぁ、凄いですね」

 押入れの中に並ぶ、謎の大黒様の木彫り像。

「これって、全部必要なんですか?」

「だって、捨てたら縁起が悪そうじゃない?」

「いや、こんなに数は要らないでしょう」

 高さ五十センチほどの同じポーズの大黒像が五体。神社の札も五枚。

「お札も一枚にしましょうよ」

「いや、娘が厄年だから」

「あぁ、そうなんですか」

 困ったな。と思いつつ言われるままに収納を設計する。出来れば拝むものは一つにしてもらいたい。

 

 占いで建替えの時期を決めていたので、着工まで二か月近く余裕のある早めの打ち合わせ終了には、ほっとした。このまま決まらないのではと思うほど、打ち合わせに時間がかかったからだ。

 久々に早めに仕事を終われて上機嫌でアパートの駐車場で車から降りた。蛙の鳴き声が長閑に響く。月明かりが穏やかだ。鍵を開けて、暗い部屋に明かりを点けた。

(なんだ?)

 急に、ずしりと腰が重い。痛い。

(くそっ!たまに気分のいい時に限って)

 リビングに座り込み、ダウザーを取り出した。視えない、聞こえない僕には必要なツール。

『本人が何と言おうと、早く建替えさせて下さい』

 そんなメッセージ。安岡様のお母さんのお祖父さんからのメッセージだ。

 隣地との敷地の境界ラインで揉めていて、その解決の猶予も欲しくて、占いで選ばれた着工日が丁度ありがたいと思っていた僕に嫌な予感が降りかかった。


 翌日、携帯電話の鳴る音に驚いて目覚める。時計を見ると朝五時過ぎ。着信は安岡様母からだ。

(非常識な時間に……)

 携帯を投げ捨てて枕に突っ伏す。しばらくすると鳴り止む。ほっとしたのも束の間、再び電話は鳴りだした。

(なんだよ!誰か死んだのか!)

 苛立ちながら通話ボタンを押す。

「お世話になります……佐久良です」

 不快を示すべく、低い声で電話に出た。

 申し訳ないとは思うが、安岡様はよく、

『お休みにごめんなさいね』

 と、休みに必ずというほど電話をかけてくる人だったのでマイペースぶりにはほとほと困っていた。

「佐久良さん!大変!家の屋根が落ちたの!」

「はぁ?」

(マジか……やられた)

 昨夜のメッセージを思い出す。早く建替えさせるために、今の住まいを壊すという事態を実行に移したのだ。


 慌ただしく工事段取りを前倒しして家は完成した。(途中あまりにもお祖父さんの家を守りたい意志が、隣地との境界トラブルに対して、強すぎて抑えてもらうのに手間取ったりしたけれど)

 前倒したために他のお客様の工事と時期が被り、バタバタしていた僕は、完成後様子を伺いに行けずにいた。

「佐久良さん。安岡様の家、給湯器交換せなあかんかもしれんで」

 カスタマーサービスの担当者からの報告に眉を顰める。聞けばトラブルが二度三度起こるらしい。その上、他にも、壁紙が湿気で浮いたり、キッチンの水道がトラブったりするらしい。

「湿気で浮くって、珪藻土入れてるのに、あり得ないでしょう」

「そうなんよな。加湿でもしているのかっていうくらいの湿気なんよ」

 彼もしょっちゅう呼び出されるようでほとほと困った様子だ。

(ん?トラブルは水関係ばかりだ。もしかして)

 安岡様に電話をかける。

「お世話になります。お尋ねするんですが、着工前に井戸のお祓いしたやないですか?あれ、神様戻してもらうの、お祓いした神主さんにお願いされました?」

「それがね~お祓いした神主さん、ちょっと大丈夫かな?と思ったから、地元のいつもいく神社に持って行ってお祓いしてもらって持って帰ったのよ」

(持って帰った?そもそも僕が紹介した神主さんを不信に思うことがどうかと思うが)

「神主さんが据えてくれたんじゃないんですか?」

「ううん。私が持って帰って、神主さんが言ったように置いたの。それより、ちょっと欠陥住宅じゃないかっていうくらいトラブル多いんだけど、どうなってるの?」

 欠陥住宅という言い方は止めてもらいたい。

「いいですか?安岡さん。言いたくは無いんですが、通常、そんなにトラブルは起こりません」

「やっぱり、家を建てるのを早めたのがいけなかったの?」

「いやいやいやいや、ちょっとだけ待ってもらえますか?僕、時間を作ってそちらに伺います。霊感のある友人にも聞いて解決方法探して行きますので、ちょっとだけ待って下さい」

 電話を切ってため息をついた。

 脳裏に浮かぶイメージは、閉じた空間。まるで家が食洗器の中に入っているかのように、水が北東から南西へ向かい、ざっぱん、ざっぱんと波を返して戻っていく様子だった。

(もしかして……)

 工事を終えて、井戸の位置は玄関の南西になっていた。視える友人に連絡を取る。

「もしかして……井戸?あります?」

「あーやっぱり?」

「あと、うわ……なんか変な巫女さんみたいな女の人が」

その瞬間、彼女の見たものがイメージとして伝わる。

「こわっ!顔が無い!」

「そう!しかも、顔が無いだけじゃなくて、何か変……」

「……そうか、これはハリボテか!」

 お母さんが自分が拝むものを決めずに、闇雲に拝んでいるおかげ?で拝まれているだけの中身のない何者かが出来上がってしまっているのだ。しかし、拝むのを止めろといっても聞きそうには無い人だ。

(どうする?)

 ダウザーに聞くと、苦手な場所へ行くように示された。十年ほど前、車で道を間違えて辿り着き、あまりの怖さに慌てて逃げ帰った神社だ。しかも、行くべき時間は夕方。逢魔が時。


 トンネルを抜けた先にあるその立派な神社は、手入れがされず荒れ気味だった。こんなに怖いと思う場所はなかなか無い。あの世と近い場所。滝が敷地内にあるそこは、本来であればもう少し人が訪れても良い場所のはずだ。今流行のパワースポットで言えば、尋常でないパワースポットではある。

 小川には缶や瓶、花火の燃えカスが残っていた。

(こんなところを汚すなんて、祟られるぞ)

 手水に水は無い。落ち葉が詰まっている。小川の水に手をさらした。建物も傷みがひどい。

(もったいない)

 手を合わせて挨拶をする。

(力をお貸し下さい)

 祈って境内を一周。祀られている滝まで行き引き返した。

『逢魔が時の瞬間を神社の外から見よ』

 その指示に従って、駐車場で車に凭れて眺めた。黒い蛇が小川を泳いできてこちらを見つめている。すぐにでも逃げたい衝動に駆られた。

(見えないけれど、なんだ。この神社の人の気配の多さは)

 一人で夕方の神社に居ること自体が肝試しレベルだ。すぐにでも逃げようと時計の秒針を見つめた。

 五、四、三、二、一。

「空間が……変わった」

 境内の中の雰囲気が一変した。黄昏時に閉ざされた、懐かしいけれど恐ろしい場所に。多くの人達が祭りの日のように集って普段の生活の一部のように過ごしている。繰り返す時間。

(そうか。お母さんが拝むハリボテごと、こういう空間を作って閉じてしまえばいいのか。そうすれば、拝んでも閉ざされた空間で処理できる。巫女も外に影響しない)

 慌てて車に飛び乗りそこを離れた。とにかくあの世の人達に気付かれる前に離れる必要があった。嫌な汗をかいた。凄い場所だけれど。

 当分はごめんだ。


 訪ねると、もっと早く様子を見に来るべきだったと後悔した。社の扉が玄関扉と向かい合わせに置かれている。

「安岡さん、すみません。お社、向きが逆ですね」

「だって神主さんが、北か西に置くようにって」

「神棚とかもそうですが、北を背に扉は南向きか、西を背に扉は東向きです。人間がそっちを向いて拝めるように設置するんです」

 社の位置を直してもらう。食洗器のような波が収まって、小川の流れのイメージに変わる。

 あとは、ここへあの黄昏時の空間を置いて、そこへ巫女とついでに謎の大黒天も押し込める。そして、その場を安定させるように、その土地の小さな土地神(小さなサンショウウオのような姿)だけでは抑えきれないので、仮社を設けて、例の神社から水神様に出張いただく。四層くらいの空間を重ねて流れを整えた。


 それからピタリとトラブルが止んだ。

 信じる者は救われる……というけれど、信じる物が何かを判らずに信じることは危険だと改めて思い知る。

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