15.運命の使い方
なんともいかつい格好だが・・・わかる。
鏡効果を用いずに自分自身を見る、という経験などしようもない環境で過ごしてきたわけだが、実際経験してみるとわかる。一目で確信できる。いや、目・・・も確かに認識の入口として充分作用したのは間違いないが、それ以上の、言うなれば「魂」による断定があった。
やっぱり未来の俺・・・ということなんだろうな。この世界に転生して極まった状態の俺・・・状況から見てそれが一番しっくりくる見方だろう。
しかし、そのデカい角と羽・・・飛んでくる時に邪魔じゃなかったのか? ・・・と、考えた時点でようやく気づいた。というか、正気に返ったと言うべきか。
そもそも、あのスピードで飛んできたこと自体おかしいんだ。少なくとも、なんらかの形で空気抵抗そのものを受け付けないような状況下にいたのは間違いない。・・・まだ俺が知らないだけで、そう遠くない未来にでもその正体は判明するのだろうか?
(・・・)
当人は落ち着いた所作を保っているが、漏れ出たバケモンそのものの威圧感は、周囲20cmほどの光を不明瞭に屈折させている。その影響からか、4メートルほど離れている俺の肌もピリピリとした引き締まった刺激を受ける。それでも先ほど遠くから感じたほどの危機感はない。この場の俺でもなんとか耐えられるほどに抑制している・・・といったところだろうか?
【魔力鑑定】をしたい欲求を必死に抑えつつ・・・
「よっ」
少し上ずった声で挨拶を返す。
イッシーへのコンタクトに来た? それとも俺が目的か? ・・・とりあえず、俺がいまだこうして人の身体を維持して存在している以上、少なくとも過去の自分を殺しに来たわけではないんだろうが・・・そもそもイッシーは本当にこの家にいるのか?
《駄目よ! そいつとのやりとり禁止!!》
部屋にイッシーの声が響く。・・・目の前の俺が、そのタイミングを知っていたかのように、こちらがギリギリ聞き取れる程度のか細い声を紛らせた。
「【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】を選択する。確認はなしだ」
「?!」
《【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】が選択されました。条件が満たされました。配下モンスターの選択を開始します。所持コストを確認できません。条件が満たされました。配下モンスターの選択を中止します。条件が満たされました。【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】へ転送します》
《は?!?! なによ今の・・・? ッ?!!! はぁぁあぁああ!?!!》
自分の声に潜られたことで気づくのが遅れたのだろう。イッシーのキレ気味の絶叫がワンテンポ外れて大音量で鳴り響く。
俺に姿を見せる。それだけで既にとんでもない情報提供だが・・・その上で、俺の「候補先を潰す」という望みを抜群のタイミングで叶えた。さすがは未来の俺だ。今の俺の考えがわかっている。
しかし、それ以上のことをしない。
この先を知るなら、過去の自分にアドバイスの1つでもあって不思議ではない。なのにしない・・・いくつかの理由はあれど、やはりそれは「あの俺が今の俺のときに来た俺がそうしなかったから」だろう。この部屋のシステムとイッシーの緊急対応・・・それへ対抗し得るリミットまでに、手を付けるべき工作を完了させたということだ。
おそらく、目の前の俺にも、俺にも、もう数秒も時間は残っていない。
目の前の俺はそれを、今の俺の立場のときから知っているのだ。
つまり、目の前の俺の目的は既に完了しているのだ。
《処理に時間がかかるわ! 【最終防衛システム】に自分を守らせて!!!》
「・・・【星薙ぎ】、俺を守れ」
『はい! 【星薙ぎ】全身全霊ヲもっテご主人をお守りしまス!』
・・・と、良い返事をしつつも、ジャージ女は横になったままケツを掻いている。
【星薙ぎ】は目の前の俺に対しまったく脅威を抱いていない。想定通りだ。これは【星薙ぎ】が脅威を覆すほどの強者だからでも、戦力差がわからないバカだからでもない(たぶん・・・そうだと思う。いや、そうであってくれ。頼む)。完璧に、目の前の俺も、自らの召喚者であり主人である「俺」であると認識しているのだ。こいつにとって現状は、俺が分身スキルでも使用している状態とでも解釈してるのだろう。
見た目も強さもまったく違う存在を、なんの違和感もなく同じに見る理由。おそらく名前・・・もしかするともっと上の識別手段である、IDでも見ているのかもしれない。いや、そこまではないか? 分身スキル的なものでいちいちIDまで複製されたら、ID管理の意味ないもんな。
状況を把握していない【星薙ぎ】が判別はできているのだ。管理側であるイッシーが理解していないわけがない。だからこその「やり取り禁止」なんだ。言ってみればこいつは、これから俺が辿る人生のカンニングペーパーみたいなものなのだ。
つまり、【星薙ぎ】に俺を守らせる命令をする指示をしたのは、おそらくミスリード。
少しでも俺に、こいつが俺であることに気付くことを遅れさせれば、あとは別の場所に隔離すればいい。そしてそれまでの時間はそう長くはない。
「?!」
目の前の俺が無言のまま、何かを放(ほう)った。着地点から少し床を滑り俺の足元に留まったそれは、マグカップほどの黒い立方体。・・・不思議なほど魔力を感じない。だが、逆にそれがなんとも香しいチート臭を醸し出していた。
・・・どういうことだ? こいつの目的は完結しているのではなかったのか? そもそもアイテムのやり取りなんて、こんなことをイッシーが許すわけが・・・
《ったく!! この程度でも準備しておくんだったわ!!》
(って、イッシー気づいてない?! 作業にいっぱいいっぱいでこっち見てないのか?!)
目の前の俺が持ちかけた・・・2人の俺の共同作業でイッシーを出し抜くという悪戯。・・・イッシーではないが、これに乗らないのは「無粋」と感じた。放られた立方体を拾うことに全神経を投げ打つ。
拾わなくていい。掴む。普段ならなんのこともない「足元の物を拾う」という動作に、全神経を集中する。膝を斜めに折り曲げるため、右足を少し引こう。次の瞬間にはこの場から消えるかもしれない。失敗は許されない。狙いを定めるため片手でなく両手を下へ伸ばすんだ。掴めなくとも、せめて触る。
目の前の俺なら、俺が立方体を取れるかどうかは知っているはずだ。知っている上で放ったはずなのだ。つまり、俺が手にする未来は確定しているはず。そのはず・・・なのに俺は、それに寄っかかることなく、末端の指先にまで全力で電気信号を送る。
(・・・あれ? 本当に知っているのか?)
この立方体を俺に渡す行動が「今回の目の前の俺」が始めたイレギュラーであったとしたら? 根拠は乏しい。だが、なにか引っ掛かった。
「残った候補地【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】を選択肢から消す」これを成した時点で、此度の乱入はこれ以上なく成立した行動なのだ。立方体をよこした行為が、これの蛇足で終わらないシチュエーションはなんだ? 思い浮かばない。真相を知る由もないのに、なぜか物凄く違和感がある。
・・・目の前のこいつは間違いなく俺だ。
だが俺は、
環境によって自分が変質することを知っている。
物事には優先順位があることも知っている。
自身の命より優先すべき事象が存在し得ることも知っている。
・・・たとえ未来の自分であろうと、信用する根拠には成り得ない。
なにかがある。
ポジティブなものかネガティブなものかまではわからない。そして、この強大な存在がもたらすそれは、どちらであったとしても強烈なものに違いない。
《くっそ! 干渉うざっ!! とりあえずあんたを飛ばすから!! ユヌスグウだとあいつと鉢合わせるから別のとこ!! 配下モンスターはそっちで選択してちょうだい!!》
最後の選択肢【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】を潰すことによって、最初に挙げられた候補地以外を勝ち取る・・・そもそも最初からそんなものが存在したのかも疑問だが、結果的にその狙いは成就したわけだ。
最終防衛システム【星薙ぎ】と、存在したであろう他の候補者に提示されない候補地の獲得・・・前者はイッシーの意志が大きく介在したとはいえ、それでも現状の限られた能力下を考慮すれば良くやった方だろう。
さて、そんな期待膨らむリザルト画面の一つ前に現れた、おそらく最後にして大きな選択肢。
イッシーの加護の元、ネガティブを警戒しポジティブの望みも断つのが正しいか
メタ側が後々酷い脅威に豹変することへの対策の可能性として受け入れるべきか
もうすぐだ。もうすぐ立方体に手が届く。どっちだ。・・・わからん。が、決めた。
俺が決めないことを決めた。
・・・俺はこのまま全力で取りにいく。
だが、その前に転生が完了すれば取れない。
取れたとしても、イッシーにバレればおそらく立方体は失われる。
運命に・・・というか、イッシーに賭ける。
イッシーの転生処理が完了するか、このまま俺の指が立方体を掴むか・・・!
酷いな・・・これを決断と言う根性がすごい。自分でもそう思う。
《舌噛まないようにしなさいよ!》
視界が乱れる瞬間・・・嬉しそうにニヤついた目の前の俺が小さく手を振って消えた。手土産を懐にした俺は・・・しゃがんだ体勢のまま、重力の枷から解き放たれるのを感じた。
猛き盤上のマルファス キャモワール @camowhirl
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