11.人の終に咲く花のごとく

 床に落ちたツボが割れて、封印されていたものが解放される・・・という予想は、ツボが床に落ちるより先に否定された。


 なにもない中空にツボが消えたのだ。


 いや、食われた、というのが正しいだろうか。


 なにかの魔力を感知したわけでも、実際に口が見えたというわけでもない。だが、それを飲み込むなにかが確かにあり、そこに餌を放り込んだようなイメージをハッキリと感じた。



「うっわッ!!」



 ツボが「食われた」瞬間、そこから紫がかった黒い炎が燃え上がったかと思うと、そのままうねりを上げて俺の身長よりも大きく広がった。・・・と、炎は床に到達した途端、今度は上の方からみるみると人の姿に変異していく。


 目まぐるしい転換。一瞬ごとに割り振られた激変。それを目の当たりにしながら理解の追いつかない俺。


 ・・・という構図はすぐに変貌を遂げる。



(女・・・か)



 艶やかな黒い髪。前髪は一直線に眉にかかる所謂「ぱっつん」だ。


 色濃く上品に整った眉とまつ毛・・・目は閉じているからわかりにくいが、顔のパーツも輪郭も全てが申し分ない。


 特徴を語るほどに特異な点を見いだせないのも、それでも目を離せないのも、アベレージが飛びぬけて高い故のこと。言うなれば全てが特異なほどに美しいのだ。


 ・・・なんて整った造形なんだ。もうこの顔を一生眺めているだけでこの新しい人生を終えてもいい。・・・と思った刹那、今度は露になった乳房に、そしてついに曝け出された一糸まとわぬ全身に、目が釘付けになる。


 そういえば、データには「主人の意図を汲んだデザイン」とあったな。16年という短い人生だ。これまでそれほど性癖を自覚したことはなかったが・・・



(ドストライクなんですけど【最終防衛システム】さん)



 少し痩せ気味ながら、小さくも大きすぎることもない標準的な・・・って実物見るの初めてだからどのくらいが標準か正確には知らんけど・・・整った造形を乱さないサイズの美しい乳房。


 人間の肌として辛うじてあり得る範疇にある白肌の、所々に青く浮かび上がる血管。・・・美しい。透き通る肌とはまさにこのことだろうな。まぁ、この世界には本当に透き通った見た目のモンスターもいるんだろうけど。


 うーん、見ちゃいかんとわかってはいるのに見なければ勿体ない。【最終防衛システム】なんていかつい名前してるにも関わらず、俺自身理解していなかった理想そのものの女として現界してしまった。


 いかん。目が離せない。・・・まずい。このままじゃセクハラじゃないか。しかも最初の配下とのコミュニケーション一発目がいきなりセクハラ。これは後々精神的に響いてくものがありそうだ・・・


 よし、こうだ。こう、腕を組んで顎に手を置いて、鋭い目つきで、そう、あたかも配下の能力を見極めるような表情で。



 ・・・が、果たして俺は、その表情を維持できていたのだろうか。



 いかにも型通りのように背筋をピンと伸ばし、うつむき加減の状態で浮いていた女の足の先が現界すると、そこからおもむろに床に降り立った。


 そのままの流れで前掛かりに背を丸め、両腕を前に垂らした状態で、より深くなったうつむき加減のまま・・・重そうに瞼を持ち上げる。


 中途半端に持ち上がった瞼の陰から下半分だけ現れたダークレッドの瞳が、俺を一瞥した。


 その美しすぎる切れ長の目に、一筋の震えが心臓を中心に全身を駆け巡る。


 とっさに歯を食いしばり、瞼に力を加える。事前にあれほど警戒していたにもかかわらず、ただ「目の前の女が目を開いた」事実に激しく狼狽した。


 ・・・一瞬前の自分の表情に自覚を持てない。目尻を垂らしていなかったか。鼻の穴を広げていなかったか。頬を緩めていなかったか。口が呆けていなかったか。


 もし一瞬でも無様な表情を晒していたなら、今後に関わる大問題だ。こいつと俺の寿命は共に∞。長い付き合いになることは必至なわけだしな・・・とんでもない不覚だ。



『えっチ』


「ち、違う!!!」



 ・・・不意に口を開いたかと思ったらとんでもないことを口走りやがったので、間髪を入れず否定を返す。


 これみよがしに両手で胸を隠し、左の踵を上げ膝を内に折ることで局部を隠す。表情を変えぬままの素振りからは、真意の読めなさよりも、明らかなおちゃらけ感がうかがえる。


 ・・・こちらの複雑な心情を悟り、逆撫でするように貫いてくるとは、なんて油断のならない奴だ。


 しかし、あんな大袈裟な演出で現れながら、自我を持った途端これか。起動から待機状態までの間にジョークの1つまで・・・さすがはコスト5千億とされる【最終防衛システム】。イッシーのお墨付きは伊達じゃないと言ったところか・・・あ、今ケツ掻いた。


 女は、一言発した後はなんら恥じらうことなく隠しを解き、突っ立ったままこちらを伺い始めた。・・・あ、指示待ちか。こいつのコンセプトは絶対服従の秘書艦・・・じゃなかった、秘書官。主人であるこの俺から下る命令こそが生きる糧であり喜び。ならば与えてやるかな。最初の命令を・・・



「ん、そうだな。やることあるから呼んだんだ。まずは」


『まズは名前をいただいテから・・・ですネェ』


「え? あ、名前・・・ね」



 過度なダイエットで低血圧気味のJKのように、一言一言に喉に口に勢いを要する・・・一緒に漏れ出る吐息に、こちらの力まで抜けるようだ。そんな気の抜けた声に、少し乗りかけた興をすんなり削がれた俺は、立つ瀬に迷ってつんのめっているような錯覚に陥る。


 召喚した者に服従とあるから、よくある名付けまでが主従契約というパターンではないのだろうか。まぁ、そうでないにしても、確かに名前がないと色々と面倒だな。


 ・・・あ、こいつにも俺と同じく、他人から正体を悟られないような名づけが必要だろうか? とりあえず登録名的なものはそうするとして、呼び名は別にしよう。


 【最終防衛システム】・・・全てを失った者が最後に縋る存在・・・



「・・・お前の名は【1100212398705109】だ」


『うっワ・・・』


「うっワってなんだ。不服なのはわかるが受け入れろ。呼び名は別だ。呼び名は【星薙ぎ】。他人に知られたくないから公の場では登録名で通してくれ」


『はぁ、了解デス』


「・・・では早速命令だ【星薙ぎ】。【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】にはお前が行け」

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