12.ままならぬ分際

『えっと・・・その前に私に服をデスね』


「は?」


『服ですヨ。服』



 振りかぶるように反り返り、腰を左に上げて、くるくるとその場で回ってみせる。なんて奴だ。全裸で服を要求しながらも恥じらっている素振りがまったくない。ただ、うん・・・すっごくエロい。



「・・・魔法の力でなんとかなったりせんのか」


『魔法で作ル系の服ですカ? それナリの育成していただけレば可能ですが今は無理ですネェ』



 回転を止め、ダイナミックなポーズを決めつつ答える。・・・足を開くな足を! しかし育成か・・・最初期は戦闘系に集中して伸ばしてほしいところだが・・・



『なのでそれっ』


「ん?」


『ご主人の服貸しテくださいヨっ』


「はぁ?!」



 何処の世界に絶対服従対象に服脱いで寄こせなんて言う配下がいる?! 不遜とかそーゆー神経がないのかこいつには!!


 ・・・だが、目のやり場に困るのは確かだ。変に目を背けたら絶対に図に乗るだろうしなこいつ。カーテンでも巻きつかせるか? ・・・と思ったけど、さすがに丈が長すぎる。となると、この場で唯一の解決法はやはりこれしかないか・・・



「・・・ほれ」


『どーモ』



 黒ジャージの上を脱ぎ、丸めて放る。【星薙ぎ】は両手で掬い上げるようにキャッチすると、鼻歌まじりにいそいそと袖を通し始めた。



『・・・・・・ちっちゃ(小声)』


「はぁぁぁぁぁあああ?! ちちちちちっちゃくないしぃぃぃぃいい?! 俺は日本の16歳男子としては平均より少し高いくらいだしぃぃぃぃいい?!」


『そーいウところデスよ、ご主人』



 明らかに180を超え、手足も長い【星薙ぎ】には、173センチ止まりで日本人体型の俺のジャージでは確かに丈が短い。・・・ただ、俺は普通なの。いや、普通よりも大きいの。そっちがデカいの。・・・そこは履き違えんように。


 というか、本当に丈が足りなくてケツ丸出し状態だな・・・あんまり解決になってないような気もする。



「・・・で、【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】だ。俺の代わりに行ってくれ」


『えーと。まァ、行くのはやぶさカではアリマセンが・・・【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】とやらの所在地と、それ以前に現在地が不明なので、行くにしテモどう行けばよろしイやら』


「あ・・・お前には目の前に画面出てない?」


『いえ、それは出テますガ・・・とクにそうイった情報やらの記述はアリマセンねぇ』



 いや、実際にてくてく歩いて行くわけではないんだが・・・この時点で話が噛み合っていない。と、その説明すらも画面に表示されているデータを元にしなければ成立しない。


 ただ、いずれ知れるとはいえ・・・個人のステータス画面が俺以外にも出せること、それが自分以外には見えないことが知れたのは大きいな。当然、これを見透かす手段もこの世界にはあるのだろうが、その行為には敵意の存在を確信して対応できるということだ。



「・・・こっちのデカいモニタはどうだ?」



 テーブルの上に佇む大画面を操作し、候補地【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】のデータを表示する。つい手を使って操作してしまう・・・ということが一切ない。信じられないほどに俺の望み通りに、表示ウィンドウがスムーズにピックアップされる。



『・・・どのモニタでスっテ?』


「なに?」


『?』



 まっすぐ見つめているはずのモニタを認識していない様子から察する。なるほど。このモニタは俺専用ということか。・・・だとすれば、俺と【星薙ぎ】の違いは? いや、そりゃマルっと全てが違うのは確かだが、このモニタを認識できるかできないか、何が作用してその異なる結果を算出しているのか。



「情報購入。なぜ【星薙ぎ】にこのモニタが見えない?」


《情報開示。この回答によるコストの消費は発生しません。【星薙ぎ】に、転生事前設定を認識、操作、反映させる能力はありません》


「情報購入。俺にはその能力があるのか?」


《情報開示。この回答によるコストの消費は発生しません。転生事前設定を認識、操作、反映させる能力につきましては、あなたの持つ【魔王属性】による能力の一つ、「世界の理に介入し得る素質を持っている」が適用される範囲です》



 うーん、抽象的な記述ではあるが・・・


 管理システムの末端を解放された程度の範疇とはいえ、これを扱えるとなると究極生命体・・・というよりは、おそらく転生者である必要があるということかな。世界の理とはよく言ったものだ。たしかに、この世界の住人にコロコロいじれたらたまらんだろうな。


 ・・・というわけで「残った候補地【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】の選択肢を【星薙ぎ】に選択させて潰す」という俺の目論見は早くも頓挫した。まぁ、最初から微妙だとは思ってたからそれほどのダメージはないけども。



「情報購入。「世界の理に介入し得る素質を持っている」が、事前設定以外に影響を及ぼすことはあるか? あるならそれを全て教えてくれ」


《情報開示。この回答によるコストの消費は発生しません。「世界の理に介入し得る素質を持っている」が、事前設定以外に影響を及ぼすことはあります。それらの全てを開示することはできません》


「情報購入。「世界の理に介入し得る素質を持っている」がカバーする範疇に・・・(そうだな)・・・言語の翻訳もしくはそれに準ずる作用があるか?」


《情報開示。コストを1消費しました。【言語の翻訳】は「世界の理に介入し得る素質を持っている」がカバーする範疇です》



 なるほど。考え付くようなチートは全部こっちに放り込まれているのかもしれないな。たとえば他に【無限収納】。先ほど【星薙ぎ】を召喚したアイテムも、俺のイメージから実体化した。あれは自覚のないまま【無限収納】を利用していたのだろう。【魔王属性】さまさまだな。



「ふむ。納得した」


『あのー・・・』


「ん?」


『結局私ハなにをすレバ・・・』



 見慣れた黒ジャージからにょきっと生える白く細い腰に、軽く捻りが加わる。・・・エッッッッロ!!! この性癖投影機ヤバ過ぎる! すでに威厳が保てぬまま、明らかにこいつにペースを握られている・・・現状をどうにかする必要があるな・・・



「・・・とりあえずケツでも隠しとけ」


『ナラ、そのパンツもくださいヨッ』


「・・・は?! 俺にパンイチになれってのか!?」


『ほほウ? ご主人ハ配下の女に局部をサラサラさせる趣味がおアリと? 召喚してすぐにセクハラとはコレは先が思イやられまスネェ?』


「ぬッ・・・ぐっ!!」


『別に下着のパンツまで要求していルわけではありまセンよ。男が隠すポイントは1つ。女が隠すポイントは2つ。そしテここにその全てヲ隠せル3つのパーツが存在すル・・・合理的に考えてクダサイご主人。パーツを2つ使うのはご主人とワタシどちらでス?』



 だめだ、口げんかで勝てる気がしない。というか、コイツさ・・・声もコロコロした少し高音で耳触りがいいんだが・・・。召喚者の意図を汲むのって外見だけじゃないのか? このままだと本当に篭絡されてしまう。


 ・・・これって明らかに【魅了】状態じゃないのか?


 まさか「召喚者の意図を汲んだデザイン」ということは、召喚者に対する魅了が自動で成立してる・・・? 俺の「世界の理に介入し得る素質を持っている」だってそうだ。属性の説明にある抽象的な記述がそのまま確固とした能力として発現している。


 それなら能力依存のデバフ状態に陥っているだけで、こいつに素で魅了されているわけではないという言い訳が成り立つわけだが・・・そんなしょーもないことすら拠り所にしようとしているということは、実はかなりコイツに追い詰められてる状況ではないだろうか。


 俺にも「全ての生物が本能で大なり小なり脅威と魅力を感じる対象」という記述がある以上、【魅了】は相殺されるはずなのだが・・・やはり対象がピンポイントな方が強烈ということなのか?


 ただ、俺に対して敵意がないことは、こいつの【絶対服従】と【状態異常無効】という【ゴーレム属性】が証明している。【絶対服従】を覆す可能性のある状態異常を、こいつは受け付けないのだ。つまり、召喚される前から状態異常に掛かっていた可能性もない。敵意がないどころか、俺を魅了下に置いている自覚すらないのかもしれない。


 とにかく今は、こいつの【魅了】を受け流す。それでいくらかでも耐性がつくことに期待するしかない。



 屈辱に顔を歪めながらジャージの下を脱ぐ。それを【星薙ぎ】が、先ほど自分が炎から現れる様を見ていた俺のポーズそのままに眺める。・・・うん、すっげぇ白々しい。俺もあんなふうに見てたのか。しかし意趣返しとは・・・クソッ・・・生意気な・・・



「あとでちゃんと返せよ・・・」


『・・・ありがとウございまス。さスがはご主人、配下への配慮も行き届いておられテ・・・・・・丈短っ(小声)』


「はぁぁぁぁぁあああ?! 短くないしぃぃぃぃいいい?! 普通ですしぃぃぃいいいいい!!!?? お前がデカいだけですしぃぃぃいい?!」


『そーいウところデスよ、ご主人』



「?!」



 背後からの不意の圧迫感に、脊髄反射で振り向く。



 ・・・唐突な展開だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る