10.ひねくれ者の熟考

 まぁ、今回はこちらの根負けかな・・・【港湾都市】だな。



「それじゃ、港湾都市ユヌスグウ近郊の高台で・・・」


《条件が満たされました。始めの地を、1つの候補から1つ選んでください》


「なに?!」


《始めの地に、港湾都市ユヌスグウ近郊の高台を選択しました。決定してよろしいですか?》


「え、そっち?!」



 「まさか、下水道路を選択した奴がいたのか?」と口走りそうになったところで、慌てて口をつぐむ。


 ギリギリで粘り勝ってしまったことを知った瞬間【下水道路】行きを覚悟したのだが・・・まさかそっちを好き好んで選ぶ奴がいるとは。もしかして、そういう世界の出身ということだろうか? いや、それならもっと早く消えていてもおかしくないはずだが・・・ううむ、わからん。


 とりあえず、今回は10人以上が魔王に転生したという憶測を持つことができたことは大きい。この収穫を携え【湾岸都市】の高台に降り立つとしよう・・・って、まだ配下モンスター選択があるんだったな。



 ん?



 今こいつ「1つの候補から1つ選んでください」って言ったよな?



 強制的に選択されるわけではない・・・ということは、なにかができるということか。



「情報購入。他の候補地をあげてほしい」


《情報開示。この回答によるコストの消費は発生しません。【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】以外の候補地は存在しません》


「情報購入。最後に残った【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】を選択しないことはできるか?」


《情報開示。この回答によるコストの消費は発生しません。最後に残った【港湾都市ユヌスグウ近郊の高台】を選択しないことは可能です》


(可能?!)



 いや、これはつまり・・・選択しないまま現状維持であることが可能ということか。結局は選ばない限り先はない。まぁ、こんないい部屋に住めるなら文句もないが・・・ベッドも食料もないということは、俺がそう考える可能性も想定済みなんだろう。実際に少々空腹感があるから、ここに居れば栄養摂取が免除されるような不思議な力が作用されているわけでもない。


 あくまで「選択しない状態を続けるのは可能」なだけであり、そのままでも餓死しない保証を得られるわけではない。・・・ふむ。AIの性格が固まってきたな。死に臆する必要はないとはいえ、餓死は単純にイヤだ。なにより食事は大好きだ。食事のない人生など考えられない。


 ・・・ああ、思いついた。多少無理があるから、結局は管理側にお伺いを立てるという形にならざるを得ないが・・・やってみる価値はある。


 ・・・そもそも異世界転生なんてのは、元の世界の常識や知識を武器に試行錯誤し、限られた環境下にありながらも、その世界の裏をついて活路を見出していくものだ。・・・というのは微妙に違う。異世界転生の本質は、そういった【プレイヤー】を眺めて楽しむ【管理側】の娯楽だ。


 だってそうでしょ? 転生してきたのは俺の意思じゃないもん。自分たちの箱庭にプレイヤーを放り込むのは管理側。万が一、眺めて楽しむ以外のなんらかの目的があるにしても、彼らの権限を以てしても達成できない目的を、プレイヤーごときにさせるのは現実的ではない。やはり根底には「面白いから」があると考えるのが自然だ。


 つまり、プレイヤーによる裏を突く行為は歓迎される。いや、そもそもそれを目の当たりにすることこそが彼らの目的なのだ。・・・であるならば、俺が今試みようとしている行為も認められて然り。俺の狙いが完璧に決まれば、俺にとっても、おそらく管理側の想定を大幅に超えるアドバンテージになる。


 ただ、管理側が喜ぶ方法を意識する必要はある。正道から外れることを肝に銘じ、彼らが退屈感や危機感を覚えるようなものは避ける。でないと、先ほども考えた通り・・・どんな大人げない対応をされるかわかったものではない。彼らが「これはしてやられたな」と手を叩いて笑える程度の内容とレベルを見極め、可能な限りのリターンを狙う。それがプレイヤーである今の俺が、管理側という巨岩に打ち込める、ギリギリのハーケンだろう。


 ・・・さてイッシーよ。これを拒絶したら、あんたの嫌いな「無粋」じゃあないのかね? ・・・たとえダメでも、せめてこの考えに行きついたことへの査定はしっかりしてくれよ?


 さて、それをするに辺りまずは・・・



「命令行使。【最終防衛システム】を召喚する」


《情報開示。この回答によるコストの消費は発生しません。条件が満たされました。所持している召喚アイテムの使用は、873963404123150272様の現能力の場合、掌に使用アイテムをイメージし、更にそれを解き放つイメージを以て放ることで発現します》


「ほほう」



 ソファーから立ち上がり、その位置から右に・・・先ほどイッシーが葛籠を出した付近を向く。【最終防衛システム】召喚!!・・・とはあえて叫ばない。静かに・・・ただ、ここに来て初めての他人を介さない能力の行使に、厳かに・・・というほどではないにしても、少し姿勢を正して実行する。


 右手の平へ【最終防衛システム】のアイテム状態をイメージ。


 元々こうなのか、俺の無意識のイメージかはわからんが、それはコルク栓のハマった小さな白いツボというヴィジュアルで浮かび上がった。


 手を少し傾けていたのでずり落ちると焦ったが・・・掌から3センチほど浮いた状態のまま固定されているようで、手首を返してみてもその状態で引っ付いたままだ。うん、投げる意志のないまま手を振ってもびくともしない。


 このピッタリ張り付いたツボを3メートル前方に放るイメージ。少し後方に振った腕を前方に振り直す。前方45度に差し掛かる手前の、一番距離を出せるタイミングでスナップを利かせると・・・ツボは指の腹を名残惜しく撫でるように中空へと放たれた。

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