2.照会作業
とりあえず次の行動が用意されている。
何者かの用意した環境下で行動を限定されているのは確かで、その誘導に乗らざるを得ない事実も、この状況においてはひと時の安堵をもたらした。
モニタとテーブルの前に鎮座するソファーに腰掛けると・・・音もたてぬまま、催促するかのように、俺の見やすい角度にモニタが傾く。
これまでとは違う何かが始まる。そのトリガーを今まさに引くことに、僅かな緊張が生じる。だが、それは躊躇ではない。高揚する意気を爆発させる一瞬の溜めに過ぎない。このカントリークラシック調の部屋に不自然に佇む近未来的なハイテク機械に囲まれ、夢にまで見たファンタジー住民たちの躍動を目の当たりにして・・・元・健康な男子高生なら滾(たぎ)らないわけがない。
「REQUIRE START」。点滅する指示の通り・・・俺はこれより先を、心の底から、己の全てで「要求」した。
「!」
コマ割りされた映像が画面の真ん中に次々と集約し、コマの退いた箇所には虫食いのようにバックグランドの黒い画面が露出する。やがて集約した全てのコマが回転しながらフェードアウトし、一面が黒で覆われると、先ほどの「REQUIRE START」と同じく妙に古めかしく角ばった書体で「ENTRY NAME」の白い文字と、入力スペースには仮の登録名だろう・・・俺の名前「小鳥遊国広」の文字が表示された。
《「要求」を確認しました》
「おう?!」
いつの間にやら俺を挟む位置に浮いていた拳大ほどの黒い球体ドローンから、穏やかなトーンでありながらも明らかに機械機械した女性の声が響く。
・・・スピーカーかこれ。床にも天井にも接しないまま、全方位へ音を・・・振動を放出する。いいな。音キチ垂涎のアイテムじゃないか。こういったフィクションまがいの高テクノロジーは、だいたい使いどころが意味不明だったりするが、これはなかなか理にかなった部類に入るのではないだろうか。
《モニタに表示される指示に沿い操作、及び口頭での意思表示により、惑星ジェネバレルへ降り立つ際の事前設定を行うことができます。まずは、お名前を決定してください》
惑星ジェネバレル? 降り立つ・・・うん。本当にそういうことか。
《ご不明な点がございましたら「情報購入」とお声掛けの上、任意のご質問を発声してください。ただし、ご質問の内容により、開示にコストが発生する、または開示が不可能な場合もございます。あらかじめご了承ください》
チュートリアル開始というわけか。
・・・任意の質問に回答があるということは、相当なAIを積んでいるということだろう。と、見せかけてナカノヒトがいるのかもしれないが、返答スピードやとっさの文法誤用、舌を噛むといったミスでバレるからな。そんな詰めの甘いことはしないだろう。
このモニタやスピーカーの技術を見る限り、AIの質も相当なもののはずだ。やはり俺の知る世界の理を微妙に超えている。それに加え、聞いたことのない地球以外の星の名前。・・・とりあえずもう確定でいいだろう。
異世界転生・・・いや、身体がそのままということは、転移か?
とにかく。少なくとも、この部屋を用意した存在が俺にそう認識させるつもりでいるのは間違いない。
・・・俺自身は、こういった異世界転生や転移といった現象を否定する気はない。そもそもこれは、死後における自我の処理という人類不滅の謎が盾となっている。その時点で、存在の肯定も否定もできないシロモノだ。
否定するにしても・・・そもそも、異世界転生を否定する者が一概にして唯一材料に挙げるのが「ラノベや漫画アニメの話だから」なんだよな。連中にしてみれば、サブカルを通したものは全てが虚構。単純明快だ。・・・もしかすると、そういった者はここへの選別時に振り落とされているのかもしれないな。いや、逆にそれはそれで放り込んだら面白いか?
「・・・情報購入。ここはどこだ?」
名前入力という用意された手順を当然の如くスルーし、情報購入機能を早速利用してみる。・・・場所の特定とは、少し限定した質問になってしまったか。こういった問答システムには弱点がある。せめてそれらを突いて、あちらの想定以上の情報を掴んでやることが、控えめだが現状における俺の勝利条件かな。
《情報開示。該当の情報の開示にはコストを消費しません。ここはジェネバレル星に転生するあなた・・・仮名、小鳥遊国広様専用に設けられた控室です。条件が満たされました。今件の詳細の開示が可能です。該当の情報開示を求めますか? この処理にコストの消費はありません》
・・・場所を訪ねただけで、想定外に情報がもたらされたな。開示できない情報の存在を示唆していたにしては扱いが緩い。それほど厳格な統制下にあるわけではないのか? 気負っていたこっちが恥ずかしくなるじゃないか。
まぁ色々とわかったことがあるが、とりあえず・・・転生ね。ハッキリ言っちゃったね。
モニタ越しにドラゴンの咆哮シーンを見た時点で覚悟はしていた。たしかに想定の範囲ではあった。いや、そういった創作に触れていたことで、言われても理解できる地盤があった、というのが正しい。そして、あの躍動感あるリアルなファンタジー世界の住人然り、このモニタとスピーカーの技術力然り・・・充分とは言えないまでも「現代の地球ではない」という疑いを持たせるものではある。
充分とは言えないというのは、やり様はあるからだ。近い技術を用意した上で、俺の認識を催眠術なり薬なりで阻害すれば良い。先ほどの「モニタにピントが合った」という抽象的な説明しかできなかった感覚など、まさにドーピングで得られる・・・もしくは誤認できる症状と言われても不思議ではない。
・・・ただ、そのリターンがない。
単純な発想ながら、準備は必要だ。そこまでして俺のような小市民をカツいでなんの意味がある? それを踏まえれば「異世界ですよ。転生しましたよ」と言われた方が、俺にとっては遥かに現実味がある。
・・・しかし、身体がそのまま流用される場合は「転移」だと思っていたが「転生」なんだな? つまり、身体はそのままでありながら、この地に新たに生を受けたということか? 新たに生を受けた、ということはつまり・・・古い生はもう無い。
簡単に言えば、俺は死んだのだ。
「ん。該当の情報開示を求める」
自分でも不思議なほど、おちついた心持で声帯が開閉する。
すでに新しい人生が、収まるべきスペースが用意されている。・・・考えてみれば、己の死を陳腐化するにはこれ以上無い環境ではないか。無意識の内にそれを悟り、安堵していたのだろう。
権利行使の確認・・・ではあるが、現状の俺に実質選択権はない。ここは、間違いなく存在する「観察者」の意思に、おとなしく従うことにしよう。
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