第一章:天空の Dressing Room
1.隠された高揚
窓の外には青い空と白い雲。・・・少し様子が違うのは、その雲が眼下に広がっていることだった。
どのような条件が整っているのか・・・高所特有の荒ぶる強風は鳴りを潜めているようで、窓を叩く音も、窓枠の隙間を抜ける笛の音も聞こえない。だが、天井まで伸びる昔ながらのレンガ造りの暖炉が、カラッカラに乾いた蒔きを鳴らしているのを聞く限り、外気温については想像に違わぬ数値を指すのだろう。
軽く汚しの入った白い壁と天井に、黒檀に近いほどに黒い床と窓枠。家具は年季の入ったオーク材だろうか・・・渋く薄い黒に統一されている。白の清廉さを拾いつつ、そのだらしなく弛緩する印象を、黒の威厳を含んだ冷たさが締め上げる。
また、そんな格調高いクラシック調の部屋を電球色で柔らかく照らすのが、現代的な方向可変式ソケットの電球と、和紙を使った間接照明なのも楽しい。
・・・そんな心地よい調和を台無しにするように佇む物に、先ほどから俺の視線は強奪されている。
(モニター・・・でいいんだよな?)
支えとなる足が生えているわけでも、天井から吊るされているわけでもない。形成するフレームすらも視認できない。
二人掛けソファーに合わせた小さいものながらも、立派なヴィクトリア調の装飾が形作る大理石テーブルの上20cmほど・・・中空に映像だけが表示されている異様な光景。「浮いている」という表現が出なかったのは、漂っている様子の「フワフワ感」が微塵もないからだ。
まぁ、そんなことはどうでもいい。・・・問題は、そこに映し出されている映像にある。
いくつかの不規則なコマ割りで分断され、それぞれに別の場所の状況が映し出されているようだ。・・・そして、それらの全てが、俺が見慣れないものでありながら見知った者たちなのだ。
スライム、オーク、ゴブリン、エルフ、ドワーフ・・・こっちはスケルトンにゾンビにヴァンパイアまで・・・映し出されていたのは、ファンタジー世界の住人たち。錚々(そうそう)たる顔ぶれだ。
ゲイナー・ガイマックスにダイナ・アーソンズ・・・ステイサム・ジェイソン、ユーヴァ・ダイニングロック、マイケル・マナコイン。日本人では森智巫女。そして言わずと知れた大巨匠トールマン先生。・・・彼らの著書等で、この魅力溢れる種族たちとの邂逅に胸を弾ませた人々も多いのではなかろうか。
もちろん、それだけではない。とくに昨今、社会進出著しいビデオゲームにより、その魅力の信者とも奴隷とも言える人々は際限なく増殖している。・・・この俺も例外ではない。寝食を忘れ没頭したあの世界が、総天然色のリアル映像として映し出されているのだ。
「?!」
あまりに唐突だった。
初めての感覚に説明が難しいが・・・近い言い回しをすれば「モニタにピントが合った」のだ。
始めは単純に視界がモニタを捕らえ、次の瞬間に不自然なほどにくっきりとピントがあった。そのまま今度は、モニタに表示された情報を網膜が面で捕らえると、誤差なく脳内で鮮明な理解が成される。情報が全て自分の物になったのだ。・・・ついぞマスターできなかった「速読」とはこんなもんなのかもしれない。
目と脳を動かした自覚がある以上、明らかにモニタの技術だけによるものではない。なぜか俺自身の能力が飛躍的に向上している。・・・だが、あまりに唐突だ。わけがわからない。
・・・突然、大音量の雄叫びと共にその音源となったであろう右上のコマがピックアップされ、モニタいっぱいの大映しとなった。
「は・・・」
引きつった口から息が漏れた。
ここでの感情として一番マッチするものはなぜか「諦め」だった。モニタの中での出来事・・・あきらかな対岸の火事。なのにどこかで、自分がそれと対峙する未来を確信してしまっていた。・・・それだけではない。今ここにいる俺の境遇についても、理解が固まってしまったことでの感情だった。
「ドラゴン・・・ね」
なぜ? という疑問でもなく、マジで?! という確認でもない。狼狽する己を律するべく、俺がわざとらしいため息と共に絞り出した言葉は、モニタに映った被写体の種族名。・・・意志も意図もない。ただの反芻(はんすう)だった。
虚勢。
この場に間違いなく存在する、姿の見えない観察者への拙い虚勢。
(少し見くびられているかな)
暗中にハッキリとうかがえた、俺を驚かせるという意図。確かに驚きはしたが、これらは同時に充分なヒントにもなった。・・・観察者の存在、性格、可能なアクション、そこから想定できる目的。ほぼ核心に近い。それらを得る充分なヒント。あちらに隠す意図があるなら、完全なブランダー(大悪手)だ。
「!」
モニタに大写しになっている小山程もあるドラゴンが、太く長い首を目いっぱいに反ったかと思うと・・・頭を前方に振り下ろすと同時に、水風船のように膨らませた下顎に溜められていたブレスを解き放つ。
再びの轟音。
・・・先ほどもそうだったのだろうか? モニタ内に再び表示された、他のコマに映し出されたいくつかの場所にも、あの巨竜が影響を及ぼしている様子がうかがえる。地響きに戸惑う者、遠方の警戒対象の動きに神経を研ぎ澄ます者、食いついていた獲物を放り逃げ惑う者・・・
コマ割りの中の映像は数秒ごとに切り替えられるが、いずれもリアリティがとんでもない。CGや特殊メイクという疑いは一瞬たりとも持つことが出来なかった。そんなちゃちなものでは到底表現し得ない・・・自然に成り立った生物たちにしかない、生気に満ち満ちた美しさが、はち切れんばかりのエネルギーがそこにあった。
そして俺は、再びため息を漏らす。
今まであったのに気づかなかったのか、たった今現れたのか・・・画面中央に「REQUIRE START」の文字が点滅していた。
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