猛き盤上のマルファス

キャモワール

序章

0.全てをかなぐり捨てる狼狽

 目を覚ましたら全く知らないところに監禁されている・・・そんな物語の始まり。


 フーダニット(誰がやったか?)、ハウダニット(どうやったか?)、ホワイダニット(なぜやったか?)・・・全てのミステリー要素を焚きつける謎が、スタートのインパクトから読者に刹那のズレもなく同時に襲いかかる・・・2000年代のパニックミステリーでブームになった、圧倒的に興味を掻き立てる導入手法だ。


 だが、これが異世界転生物となると事情が変わってくる。



「子供をかばってトラックに轢かれた俺は、気付けば見たこともない部屋で女神を名乗る女に特別な能力を・・・」



 そう。異世界転生物で多用されるこういった描写は、そこにあるはずのフーダニット、ハウダニット、ホワイダニット、その全てを完全に省略した・・・もっと言えば否定した形態に過ぎないのだ。


 すごいだろ? 信じられんだろ? 状況は同じなのに、そこを追求するパニックミステリーとは完全な逆ベクトルに突っ走ってるんだよ。そこにいくらでも面白くできる材料があるのにひとっつも拾わない。全部スルー。


 中身がないから描写パターンも発展しない。書籍化を経てメディアミックスされた、形を成すほどの人気を得たタイトルに限定しても、そのほぼほぼ全てが・・・とくに最序盤のこの展開は、既存の数パターンを踏襲した内容で進行する。ここに、その作家の作り出したものはなに一つない。だから「パクリ」だの「ワンパターン」だの言わせてしまう。



 ・・・だが、その指摘は的外れ。



 スパイ映画で銃を扱うことを、ホラー映画が客を怖がらせることを、パクリだのワンパターンだの文句を言う奴がいるか?


 ・・・え? いる? いるの? ・・・うん、そういう人からは可及的速やかに距離を取って。そう。刺激しないように。・・・うん。本気で心配しちゃうから。うん。


 ・・・まぁ、そういうわけで一部いるかもしれないけど、まずいるわけがないという認識で話を続けるね?



 これはパクリでもワンパターンでもない。テンプレートなんだ。



 最低限の描写で全てを理解させられる、非常に優秀なツール・・・それがテンプレート。もうわかるよな? 他の作品では当たり前のこのテンプレートが、なぜ異世界転生物では許さんのだ? ・・・明らかに歪(いびつ)だと思わないか?


 いいか? 作家が書きたいのはミステリーじゃないし、読者が求めるのもそこじゃない。どちらにとっても異世界転生をした後の冒険活劇に触れたいんだよ。


 そこに至る前、つまり転生のエピソードなんかを長々とやられても、異世界物を読みに来た読者がモチベーションを保ってくれるわけがない。巷にこんなに溢れているジャンルなんだから、さっさと他の作品に移られてしまう。小説にして200文字、漫画にして10ページも読まれればいい方だ。なにより、なんの取っ掛かりもなく底辺作家の小説を読んでみようなんて酔狂な人間がどれだけいると思う? そんな読者をつなぎとめるには、求められている物をとにかく最初から惜しみなくぶん投げまくる。これしかない。


 つまりこの、突然転生されるところから始める手法は、需要と供給が成立した状況下において、作家側のターンで放たれる最善手・・・いや、読者ファーストを採るならばごくごく当たり前にやるべき手法なのだ。


 不要な材料を拾ってしまえば無駄な材料を生み、そこから派生した更なる無駄が生まれ、それを閉じるための制約と時間と文字数が不可欠となる。それを省く。・・・怠けではない。そこにあるのは需要を見極めた者の決断力なのだ。


 まぁ、これほど説明しても理解できなければ、新しい物に過敏に拒否反応を示す老人に過ぎないということだ。たまに頼んでもいないのにわざわざ外からやって来て、このテンプレートの意義を解さず、異世界転生物そのものを否定する輩がいるが・・・見ていて本当に滑稽なものだ。


 そういう奴らはきっと、推理小説が出始めた頃に「こんな、事件が起きてトリックを見破って犯人を捕まえるなんて型にハメた作品などくだらん!!」とか言ってた奴の生まれ変わりなんだろうな。新しい文化を根付かせるための障害でしかない。


 異世界転生物を描く作家たちよ! 固定観念に凝り固まった批判など気にするな! 好きなものを好きなように好きなだけ描け!! 世界は、歴史は、キミたちの味方だ!! 現在我々にもたらされている勝利を未来へ、そして次の世代へとつなげていくのだ!!



 ・・・なーんてね。



 こんなこと言っていられるのは、当事者でない奴だけだよね。危機感ない証拠だよ。・・・ん? いやいや、作家のことを言っているんじゃあないぞ。当事者だよ当事者。違うって。だから作家のことを言ってるんじゃないって。どうせ作家はフィクションを書いているだけだろ?


 俺が言いたいのは・・・



 自分がまさにその身に、自分が描いている小説のような状況になったらどうするんだよって話。



 実際こんな呑気なこと言ってられるか?! 自分の身にそんな不条理なことが起きれば、当然文句の1つや2つぶちまけて然るべきじゃないのか!! 違うか?! ええ??!!!



 ・・・ぅおおおおいいいい!!! なんだこりゃぁぁぁぁあ!!! 責任者出て来いやぁぁぁあ!!! テンプレートだぁ!? うっさいバカ!! ちゃんと納得いく説明しろやぁぁぁあ!!


 どうして俺はここにいる?! それ以前にここはどこだ?!

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