第43話 賭博場

 妖精の森で助けた4人の若い男達が、町に帰ってから噂を流してくれている様だ。


「妖精の森ではデッカイ狼が群れを作ってる」

「フレイヤ様が領主の様に森を治めている」

「大きな巨人鬼が地響きを立てて闊歩している」

「森の恵みは豊かである」

「普通の人族には騒音を出すマンドレイクを採取する事は難しい」


 それでも採取に来る冒険者は、後を絶たない。

 一攫千金を狙う者も多いようだ。


 だから俺は、大狼の狩りも邪魔しない。

 人族だって装備をしているのだから、そう簡単にやられはしないだろう。


 ギルドの掲示板には『妖精の森の大狼に注意』と、今でも貼ってある。



 俺は妖精の森の街道口に『狼の群れ出没注意』と看板を出した。

 字が読めない者にも分かる様に、人が狼の群れに襲われてる絵の看板も出した。


 俺もしばらくマンドレイクの採取は控える事にする。

 材料が不足してても、問題無く雑貨店用のポーションを作れるから。


 それに王宮からの依頼で、騎士団や軍隊にもポーションを販売する事になった。

 今まで納入していた業者が値上げして、納入数も満たせなくなったらしい。

 俺は王宮と契約書を交わし、求められる数量のポーションを、従来の値段で納入する事になった。


 【魔力消費減】と【魔力回復】のパッシブスキルのお陰で、今の所マンドレイクを使わずに王宮の需要に応える事が出来ている。

 もちろん手に入りやすい材料は使用した。

 従来納入していた業者が、元の値段で数量を揃えられるのであれば、俺は手を引いても良いと思ってる。

 その旨を王宮の担当者にも伝えておいた。




「どうなっているんだっ!全然上手うまく行かないではないか! 採取に来る冒険者も大して増えてないし、ユウリはマンドレイクを独占するどころか、まったく採取していないぞ」


 岩窟がんくつ城のマッモンは、ゴブリン達に大声で怒鳴った。


「マッモン様の指示通り、町で噂を流してるのですが、妖精族や狼を恐れて採取する人族があまり増えません。ポーションも大して値上がりせず、品不足にも成っていないのです」


「しょうがない、それなら採取したマンドレイクを使って中毒性の媚薬を作り、悪徳商人にでも売り捌こう。賭博場で販売させれば、人族を堕落させる事が出来る。賭け事と媚薬にはまり、一攫千金を求めて妖精の森に行く様になるだろう。 ヒーヒッヒッヒィィ」

「グエッグエッグエー」




 俺は、定期的に領都や王宮にポーションを納入しに行くので、その帰りに孤児院によって寄付をしていく。

 寄付額は儲けの10パーセントと心掛けていた。


「いつも有難うございます」


「いいえ、こちらこそお役に立てて光栄です」



「成人して孤児院を出たビアンカとコルデリアは元気で働いてますか?」


「はい、元気で働いてます」


「良い職場を提供して頂き、本当に感謝しています」


「いいえ、こちらこそ良い子達を雇わせて貰いました」



「他の成人した子供達も、良い就職先が見付かれば良いのですが……」


「はい……何かありましたか?」


「実はハーメルの賭博場から成人した子供を雇いたいと、勧誘が頻繁に来るのです」


「そうですか……」



「就職出来るのは有難いのですが、どうも粗末な扱いを受けているようなのです」


「……」


「神様、孤児院を巣立った子供達に平安と恵みがありますように」


 シスターが祈りを捧げた。




 俺はハーメルの教会を出て、賭博場に行く事にした。


 賭博場と言う単独の建物は無くて、社交場(キャバレー風)の地下が賭博場になっている。

 今の俺の服装では場違いな様なので、森の家に戻って着替える事にした。




「お帰りなさい。又、お出かけになるのですか?」


 暖炉の前で椅子に腰かけて、編み物をしているユキに聞かれた。


「うん。賭博場に行ってみようかと思うんだ」


「あら、珍しいですね」



「孤児院出身の子供が賭博場で働いてるそうなんだけど、シスターが心配しているから、様子を見て来ようと思ってね」


「まぁ……それならラナちゃん(グラーニ)に私のドレスを着せますから、一緒に連れてってください。私はお腹が大きいから一緒に行けませんけど、ラナちゃんなら淑女のマナーも教えてありますから」


「ありがとう。そうするね」

(お目付け役を付けられちゃったかな?)


「何ですって?」


「何も言ってないけど……ユキは異能の力を失っているんだよね?」


「うふふふふ、『女の感』を侮ってはいけません。ですが、私はユウリを信頼しています」


「はぁ、はいはい。ありがとう」


『女の感』異能の力より恐るべし!



 ラナちゃんを家に呼んで、ユキのドレスに着替えて貰った。


「ハーマルに【転移門】オープン!」


 ブゥウウウウウンッ!


「それじゃあ」

「「行ってきま~す」」





 領都ハーマルに夜のとばりが下りる頃、1組の美男美女が賭博場に入っていく。


 赤い絨毯が張られた幅広い階段を降りていくと、ホテルの様なフロントに大きなカウンターが有る。

 観音開きの豪華な扉が有り、奥の様子は見えなかった。



「いらっしゃいませ、ようこそお越し下さいました」


 俺とラナちゃんは挨拶代わりにニッコリと微笑んだ。



「初めてのご利用ですか?」


「うむっ」



「当店ではゲーム用のコインで、お遊び頂く事になっております。いかほど交換いたしましょうか?」


「とりあえず、金貨10枚交換しておくれ」


「うっ……かしこまりました。少々お待ち下さい」


(へへっ、カモが来たぞ。身ぐるみ剥がしてやるとしよう!)



 黒服スタッフに扉を開けて貰い中に入る。

 カジノの中は、ルーレット、ブラックジャック、ポーカー、バカラが行われていた。

 

 現代社会の地球と似ている。転生者が始めたのだろうか?



「お待たせ致しました」


 直径20センチ程のお盆に、ゴールドのコインを乗せ、深紅の無地のハンカチを被せて持って来た。


 深紅のハンカチは、上客のカモである事をディーラーに知らせる為の様だ。

 何故分かるかって? 【察知】スキルが上がったからだろうか?

 それともユキの様に『男の感』と言うヤツだろうか。



「ラナちゃんは賭博場で遊んだ事ってあるの?」


「いいえ、ありません」


「じゃあ、ルーレットでもしてみようか」


「はい」



 1番近くのルーレットに座ろうとすると、


「そちらは、庶民用の席で御座います。金貨でご利用のお客様はこちらでございます」


 更に奥にある大きく豪華な扉を開かれ、ビップルームに導かれた。

 その部屋最奥のルーレットテーブルに導かれて、上質の椅子に座らされる。

 肘掛の付いた高級ファブリックシートだ。

 日本人は革製のシートを好むが、こちらの貴族にはファブリックが好まれている。

 王室の儀装馬車も、馭者席は風雨対策の為に革製だが、貴賓が乗る室内はファブリックシートだ。

(欧州の王室御用達馬車ではこれが通常仕様らしいです。しかも、ある国の王室儀装馬車のシートは愛知県で製作された特注のファブリックシートだそうです)


 ルーレットテーブルも最高級のチーク材にシルクを張ってある。

 金属部分はゴールドが被せてあり、床は大理石だ。


(なんじゃこりゃぁぁ、上級貴族の若夫婦とでも思われてしまったのだろうか?)



「ラナちゃんルーレットの遊び方を知ってるかい?」


「いいえ」


「ディーラーがルーレットを回してボールを投げ入れるから、ボールが入ると思うポケットの番号にコインをベットするんだよ」


「はい」



「とりあえず、一緒に1枚ベットしてみようか?」


「はい」



 俺が赤にコインを1枚置くと、ラナちゃんが黒にコインを1枚置いた。


「はははっ」


 俺がディーラーに目配めくばせして微笑むと、察してくれてボールを投げ入れてくれた。

 ボールは黒に止まり、俺のコインは没収されラナちゃんのコインは2枚になった。



「あらあら、旦那様。1枚取られて1枚帰って来ました」


「そうだね。今度は番号の所にベットしようか」


「はい」



「『ノーモアベット』と言うまで、追加したり減らしたり動かしたり出来るんだよ。何ヶ所賭けてもいいんだ」


「はい」


「複数のナンバーにまたがって置くことも出来るからね、こういう風に4つの数字にベットも出来るんだよ」


 俺はコインを1枚置いて見せた。

 ゴールドのゲーム用コインの価値は1枚10万円ぐらいだろうか。



 ディーラーがボールを投げ入れる。

 それを見ていたラナちゃんが、コインを1枚12番の上に置いた。


 俺はディーラーの顔から、サーッと血の気が引くのが分かった。

 なかなか『ノーモアベット』の声が掛かからずに、目がキョロキョロと泳いでいる。


「…………ノーモアベット」

 ディーラーが躊躇ためらいながら声を絞り出した。


 ボールが12番のポケットにゆっくりと落ちて、36枚のゴールドのコインがラナちゃんの前に払い戻された。


(はぁ……神獣恐るべし!)



 ディーラーが壁際に立っている黒服の男に視線を走らす。

 男は目線を下に動かし、無言で何かを語っていた。

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