第42話 強欲のマッモン

 人族の住む町から遠く離れた、岩山を削って作った岩窟がんくつ城の広間での事。


「マッモン様、ホクオー国の各町で噂を蒔いて来ました。グエッグエッグエッ……」


 ゴブリンマジシャンが、醜い顔を引きつらせながら笑った。


「欲にくらんだ人族が、まもなく妖精の森に押し寄せましょう。グエッグエッグエッ……」



「ヒ~ヒッヒッヒィィィ」


 強欲の悪魔マッモンが口角を上げてイヤラシク笑う。

 部屋には、ゴブリンロード、ゴブリンジェネラル、ゴブリンマジシャン、ホブゴブリンが控えていた。


「「「「グエッグエッグエッ……」」」」



「数が減り価格が上昇したマンドレイクを求めて、妖精の森に人族が集まる。そうすれば、ユウリは独占欲や金銭欲にとらわれる様に成るだろう。

 欲望は際限無く増え続け、他人を出し抜き、騙す事を考える様になる。

 さらに金や蜂蜜などを巡っても、人族との間で醜い争奪戦が起こるだろう。

 強欲のユウリに、妖精族も愛想を尽かして離れていく事になるのだ」


「ヒ~ヒッヒッヒィィィ」

「「「「グエッグエッグエッ……」」」」



「人間の醜い欲望が、わしの闇魔法を強くし、ゴブリンを産み育てるのだ。

 見よ! こいつらの醜い姿を。

 ゴブリンは、欲に欲を重ねた人間の魂を食らって強くなり、魔族レベルを上げていく。

 欲望にまみれて孤立したユウリを必ず滅ぼす事になるはすだ」






 ユウリは妖精の森で、採取に来てる冒険者達の様子を観察していた。

 見つからない様に自分に【認識阻害】の魔法を掛けている。


『商業目的での大量採取を禁止する。妖精王フレイ』


 森の彼方此方あちこち高札こうさつが立てられていた。

 妖精王フレイはフレイヤの双子の兄で妖精の王であり、エルフの頂点に君臨している。

 フレイはユグドラシルの第一階層であるアルフヘイムの王宮に住んでいると言われていた。


「フレイヤ様が兄のフレイ様にお願いして、高札を立ててくれたのだろう」




 妖精の森のとある片隅で、若い男4人のパーティが、マンドレイクを見つけて引き抜こうとしていた。

 4人共、騒音対策の為に耳を塞いでいる様子が無い。


「あっ、そのままじゃ、騒音が出るぞっ!」

 俺は慌てて注意したが間に合わなかった。


 ヴボオオオォォォォォォ!


「「「「…………」」」」


 4人全員気絶してしまった!

 魔物や獣や状態異常等で、放置すれば生命の危険がある。

 俺は【状態異常耐性】と【状態回復】のお陰で、影響がほとんど無かったけれど。



「しょうがないなぁ……4人を【状態異常回復】!」


 シュワワワワァァァン!



「う、ぅう~んっ」


「もしもし、基本知識無しで森に入るのはとっても危険ですよ」


 ユウリが4人に注意をした。



「うるせーっ、ほっといてくれ。自分の事は自分で何とかするからよ!」


「そうですね。俺が魔法を使わなかったら、たぶん気絶したまま起きなかったでしょうけどね。次は起こしませんから、自己責任ですよね」


「「「「……」」」」


 4人は顔を見合わせたが、黙ってマンドレイクの所に戻って行く。

 俺の肩の上にフワッと小さい精霊が乗った、トンボの様な羽で飛んでるスプライトだ。


「ウフフフフ」


「こんにちは、うるさくしてゴメンよ。困った人達だね」


「ウフフフフ」


 スプライトは可愛く小首を傾げて見せた。



「おい誰か、俺の耳を塞げ!」


 残ってる3人の内の1人が、マンドレイクを引き抜こうとしてる男の耳を塞いでやった。


「おい誰か、俺の耳を塞げ!」


 残ってる2人の内の1人が、耳を塞いでやってる男の耳を塞いでやった。


「おい誰か、俺の耳を塞げ!」


 残ってる1人が、耳を塞いでやってる男の耳を更に塞いでやった。


「おい誰か……あれ、俺の耳は誰が塞ぐんだ!?」


 その時、最初の男がマンドレイクを引き抜いてしまった。



 ヴボオオオォォォォォォ!


 1番後ろの、耳を塞げなかった男が気絶して倒れる。

 ドタンッ!


 次の男の耳もいてしまい、気絶して倒れる。

 ドタンッ!


 その又次の男の耳も空いてしまい、気絶して倒れる。

 ドタンッ!


 1番前でマンドレイクを引き抜いた男の耳も空いてしまい、結局全員が気絶して倒れた。

 ドタンッ!



「ウフフフフ」


「はぁ、やれやれ……本当にしょうがない人達だね」


 俺はスプライトと目を合わせ、一緒にニッコリ笑った。



「!」


 突然スプライトが空に飛び上がった。

 大狼が群れを率いて現われたのだ!

 ボスらしき大狼が、10匹ほどの狼をグルッと囲む様に展開させた。


 ォオオオオオォォォンッ!

『森を守る者よ、森を荒らす人族をこちらに渡せ』


 森に遠吠えを響かせてから、ボス大狼が話しかけてきた。



「この人達をどうするつもりだい?」


『群れの食料にする。俺達は、腹が減れば狩をする』



「君達はまだ、この者達を狩ってないよ」


『森を守る者が森を荒らす者を庇うのか?』


「う~んっ、目の前で人族を狩られるのは、同じ人族として気持ちは良くないよね」


『うん!? ……お前は妖精族だろ?』


「いいえ。研修所で働いてる普通の人間です」


『ふざけるな! 普通の人族の魔力は、そんなに強大じゃ無いだろ!』



「とにかく、悪いけど今日は見逃してくれ」


『ダメだ、群れを食べさせるのがボスの役目だ。実力で狩らせてもらう……やれっ!』


 狼達が一斉に襲い掛かかってきた。



「とりあえず物理【シールド】展開!」


 シュィイイイン!


「4人を【状態異常回復】!」


 ホワワワワァァァン!


「「「「ぅうう~ん」」」」



「なんとか、この場を丸く収められないかなぁ……」


 大狼達が凄い力でシールドにぶつかって来る。


 ゴォォォン、グワァァァン!


 シールドが破られそうだ。



「スキルに何か良い物が無いかな? よしっ【土人形】ゴーレムを出してみよう」


 ステータスウインドウのスキル欄をクリックしてみると、魔力を消費して大きさや形状等を変えられる様だ。



「MP500を消費して【土人形】ゴーレムを召還!」


 ドドドドドッ、モリモリモリモリッ!


 20メートルぐらいの土の塊の、シンプルなゴーレムが現われた。



「この大きさなら、人が乗り込むロボットが出来そうだな」


 更に【土人形】の魔法でゴーレムの形を変える事にする。


「魔力を更に消費して、大好きだったロボットを再現しよう。【土人形】ゴーレムを変形!」


 色を黒くして黒金の巨人ロボットみたいにして、頭の上にコクピットを作り、胸に赤い稲妻のオブジェを付けた。

 野原で作った人型ロボットだから、野人ガーヤジンガーだ!


 ゴォォォン、グワァァァン!


 大狼の体当たりで、シールドにヒビが入る。


 グワアアアァァァン、バリバリバリッ!



「よし今だ。ヤジンゴゥ! ハイルンダァァ…オンッ! ……こいつヌルヌル動くぞっ!」



 俺はゴーレムの足を前に1歩踏み出した。


 ズッシィィィンッ!


 キャンキャンキャンッ!


 狼達が尻尾を巻いて後退りしていく。



 俺はその場で垂直跳びをしてみた。


 ヒュンッ……ドオオオンッ!


 キャイーンキャイーン……、


 狼達が尻尾を巻いて逃げ出す。



 ボス大狼だけが、その場に何とか踏み止まっていた。


『ふんっ、今日は引き上げるが、これからも狩りは続けるからな』


「待って!」


 俺はインベントリーからオーク肉を出した。


 ドサッ、ドサッ、ドサッ……



『なんのつもりだ』


「飢えてる群れの仲間に食べさせてくれ」


『恩は受けない』


「俺はどちら側の贔屓ひいきもしたく無い、生存競争の邪魔をする心算つもりはないんだ。今日は止む無く介入したから、お詫びさせてくれ」


『……分かった』



「妖精の森の外へ【転移門】オープンッ!」


 ブゥウウウウウンッ!


「おい、4人とも歩けるだろ? ここから逃げるんだ」


「すまない」


 妖精の森の街道口に、まだフラフラしてる4人を連れ出した。




「妖精の森はフレイヤ様の庇護下にある。領主が居ないと噂になってるが、ある意味領主よりも怖いんだぞ!」


 ピカッ、ゴロゴロゴロ!


「ほら見ろ、地獄耳なんだから」


 ピカピカッ、ゴロゴロゴロゴロ!


『ユウリッ!』


 大空に、雷の様な声がとどろいた。



「すいませんフレイヤ様。妖精の森の秩序を守る為に、駆け出し冒険者達に注意をしているのです」


 4人は恐ろしくなりガクブルで震えている。



「大丈夫、ルールとマナーを守り妖精族を怒らせなければ、又採取に来てもいいんだから」


「え、良いのですか?」


「うん、ギルドに登録してクエストを受けるんだ。クエストの分や、自分達が食べる分は遠慮なく採取して良いんだ。でも自分の安全は自分で確保しておくれよ」


「はい、分かりました」



「それとこれを持って帰ってね」


 俺はマンドレイク2株をだした。


「君達が抜いたマンドレイクだよ」


「良いんですか、気絶してたのに」


「いいよ。しっかり準備をして、又おいでよ。獣に襲われない様に装備をしてくるんだよ。お薦めは槍だ。獣の攻撃は単調で、牙か角で真っ直ぐ突っ込んで来るから、槍で突くのが効果的なんだ」


「有難う御座いました。ご恩は忘れません」


「いいんだ。俺はどちらかと言うと妖精の森の管理者側だから、あまり助ける事は出来ないからね。

 獣達の自然な生存競争も邪魔したくないのだから」


「「「「失礼します、さようなら」」」」


「さようなら」


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