第38話 研修生達の疑問

 異世界研修2日目は、お弁当を持って9時に宿を出た。

 研修生4人と所長とユウリは幌馬車に乗る。



 所長が研修生に語り掛けた。


「皆、昨日は良く眠れたかい?」


「はい、オンラインゲームのイメージよりも、部屋やベッドが快適でした」


「それは良かった。『始まりのダンジョン』の攻略、がんばっておくれ!」


「あのぅ、何か教えてもらえる情報は無いのですか?」

 アイラが聞いた。


「そうだなぁ、……この山脈には同じようなダンジョンが9箇所あるんだ。

 全て冒険者の育成の為に作られた物でギルドが管理している。

 手前から難易度が徐々に上がっていくんだ。

 全てクリアした頃には1人前の冒険者に成れると言う事だ」



「コン先輩は最後までクリアしたのですか?」


「いやぁ、残念ながら4番目までしかクリアしていない。しかもベテランに助けて貰ってたんだ。

 だから、僕も途中からパーティの一員として、戦闘に加えて貰おうと思ってるんだよ」



「あのぅ、もし魔物に倒されたら、私達はどうなるんですか?」


「これはVRじゃ無いからね。君達は生身の体だから、物理的にも精神的にも現実通りの結果が起きるんだよ」


「怪我をすれば血が流れ、倒れれば……」


「その通りだ。そう言う事が無い様に慎重に冒険しておくれ」


「「「「……はい」」」」



「無茶をしそうな時は僕が介入してストップをかけるから、その為にガイドもいるんだからね」


「分かりました。よろしくお願いします」



「まぁ、僕の方からお願いして冒険に連れて来たのだから、最終的に良い思いをさせて上げれる様に、こちら側も配慮するからね」


「「「「はい」」」」




 2日目は、順調に3階までダンジョンを攻略して、それぞれレベル5まで成長した。

 ドロップしたアイテムや魔石も結構回収できたようだ。


「帰りに雑貨屋を覗いて行こうか? そろそろ武具を買い換えた方が良いと思うよ」


「コン先輩、お薦めとかアドバイスしてくれますか?」


「うん。今使ってる革の防具は結構良い物だし、まだ傷も受けて無いから、前衛は武器と盾、後衛はプラス効果が付与されてる杖が良いと思うよ。あと前衛は薬草、後衛はマナポーションを切らさない様にね」


「「「「はい」」」」



「ネタバレして悪いのだが『始まりのダンジョン』は5階にボス部屋があって、その前の4階の最奥には魔物部屋モンスターハウスが有るんだ。明日そこまで行く事を意識して買い物してくれ、勿論魔石やアイテムの買取もしてくれるからね」


「「「「はい」」」」



「まぁ、僕の時は魔物部屋とボスの攻略にそれぞれ1日掛かったけどね。結構アイテムがドロップするけど、ランダム要素が高いから、あまりあてにはならないよ」


「「「「はい」」」」



「僕とガイドも、薬草とポーションを持ってるけど、それを使う羽目になった時は宿に帰還して貰うからね」


「「「「はい」」」」



「買い物をしたら夕食を取って、リラックスして下さいね」

 ユウリが研修生達に言った。


「「「「はーい」」」」





 夕食後。


「私は疲れたから、ちょっと休んでからお風呂に行くね」

 部屋に戻ったアイラがクルミに言った。


「それじゃあ、先に使わせて貰いま~す」



 クルミは風呂から戻ると、アイラが気持ち良さそうに寝ていたので、すぐには起こさなかった。




 約2時間後、


「先輩そろそろ起きて、お風呂に入った方が良いですよ~」


「ふぁ~、ありがとう」






 翌朝3日目の朝食後、研修生達は同じ部屋に4人で集まってミーティングを始めた。


「昨日、夜遅くお風呂に行ったら、侍従の犬人族が1人で先に入ってたの!」


「へぇ、やっぱり女子風呂を使うんだ」


「そうだけど、そこじゃなくって!『お客様すぐに空けますから、お待ち下さい』って、あわてて出て来たんだけど……」


「ほうほう。……それで?」


「チラッと見えた素肌がメッチャ『リアル』だったのよ!」


「CG技術の進歩がハンパナイね」



「AIで動いてるホログラムの体毛からしずくしたたり落ちてたのよっ!」


「「「……」」」



「そこまで作り込む必要は無いかなぁ?」


「ホログラムがお風呂に入る必要も無いしね」


「それにホログラムは濡れないよな」


「24時間ズット人間と同じ生活をする様にプログラムされてるとか?」


「濡れて見える様にプログラムされてるとか……」


「床に雫が落ちて濡れてたのっ! 床を触ったら、ちゃんと湿ってたのっ!」


「「「……」」」


「だ・か・ら、あの子達って、本物よ!」


「「「えぇえええっ!」」」



「それはUMA的な未確認生物って事かい?」


「違うわよっ! ここが本当の異世界だって事っ!」


「「「!!」」」



「それが本当だとして、所長は何の為に俺達を異世界に連れて来たのかなぁ?」


「探りを入れてみましょう!」


「ダンジョンも本物って事かな!?」


「だとしたら、もっと真剣に戦わないと、死んだらマジヤバいかも!」


「決定的な証拠を掴むのよっ!」


「「「オッケー」」」




 俺(ユウリ)は朝食後に研修所の厩舎に向かった。

 今日の空は、何だかドンヨリと曇っている。


「D級冒険者4人のパーティからも幌馬車の予約が入っているから、今日は2頭立てにしよう」


 2頭の馬を轢いて幌馬車のある倉庫に向かうと、オゥちゃんとラナちゃん、ナオちゃん、ユウナがいた。


「おはよう」


「おはようだぁ、ユウちゃん。今日は後で会合が有るだぁ」


「はいっ? 俺は初耳ですけど!」



「後でラナちゃんと合流するから、安心するだぁ!」


「はぁ?……宜しくお願いします。俺が帰ってくるのは夕方ぐらいだと思うけど?」


「大丈夫だぁ。ユウちゃんは、そのままで良いだぁ」


「はい……?」


(何かのサプライズかな?)



 2頭立ての幌馬車を正面玄関前に轢いて行くと、すぐに研修生達が出て来た。


「今日はDクラスの冒険者パーティが、4番目のダンジョン迄、幌馬車で一緒に行きます。

 彼らを送ってから皆さんを『始まりのダンジョン』にお送りしますので。ちょっと遠回りになりますが、ご協力お願いします」


「「「「はーい」」」」




 道中、幌馬車に揺られながら、


「ねぇねぇ、クルミ。ベテラン冒険者で男4人のパーティなのに、全然喋らないし大人おとなしいよね?」

 アイラがヒソヒソと耳打ちした。


「見た目は猥雑わいざつな感じなのにね。奥手なのかなぁ」


「異世界漫画だと、お約束のカラミとかがあるよね」

 シゲルがヒソヒソ話に割り込んできた。


「こう言うのを『お通夜の後みたい』って言うんだよね」

 と、テルも加わった。


 ベテラン冒険者の1人がジロリとこちらを見たが、無言のままだった。




 1時間程で4番目のダンジョンに到着した。

 空はドンヨリと曇っていて、太陽を厚い雲が覆っている。


「うんっ!? ギルド職員は何処だろう?」


 ユウリは幌馬車を1人で先に降りて、ギルド職員を探しに行く。 

 職員用のテントの後ろに、地面に刺さった太い丸太に、ロープでグルグル巻きにされたギルド職員がいた。


「いったい、どうしたんですか?」


 ユウリが近づこうとすると、


 バリバリバリバリッ!


 っと、空間をこじ開けて、黒いスーツに黒いマントを羽織った青白い顔の魔族が現われた。

 俺に気付かれない様に【転移】して来たのだろう。



「魔族を【鑑定】!」


バンパイアロードLv80

位階 上級魔族

・・・・・

・・・・・


 ステータスの全てを鑑定する事は出来なかった。



「待っていたぞユウリ! 我々の計画を邪魔する者よ。今日お前は地獄に落ちるのだ! ……いや……神の国に昇天させてやる……お前に地獄に来られたら困るからな……」


「それはどうも……天国に召されるとは有難う御座います」


「いえいえ、どういたしまして。って、違うわっ! あの世に送ってやるって事だあっ!」



「漫才師の魔族なのかぁ?」

 コンちゃんが首を傾げた。


「えーいっ、うるさいわっ! 後ろを見るのだ!」


 研修生4人がD級冒険者4人に捕虜にされていた。



「ユウリ、お前でもワシの眷属には気付けなかったようだな」


「へぇ、冒険者の血を吸って操ってるんだね。伝承通りなんだなぁ」


「くっ、余裕を見せれるのもここ迄だ。捕虜の命が惜しければ、武器を捨ててひざまずけ!」



 その時、幌馬車の陰からナオちゃんがヒョッコリと顔を出した。

 そしてユウナと2人で馬車の屋根に上ると、音もなく駆け出して、


 ビュゥゥンッ! と、ジャンプする。


 空中でクルッと1回転してサーベルタイガーと大型犬に変身し、捕虜を拘束している2人の眷族に飛び掛った。

 ダダァアアアアアンッ!!


 一方で、ほぼ同時にオゥちゃんが突進して眷族の1人に体当たりをする。

 ドッカァアアアアアンッ!


 ラナちゃん(人間姿のグラーニ)が後ろ回し蹴りで、残りの1人を吹っ飛ばした。

 ズッガァアアアアアンッ!



 アッと言う間に捕虜を解放して、ラナちゃんが4人の前で剣を構えて防御姿勢を取った。

 俺はミスリルの矢でバンパイアロードの眉間を狙い打つ。


 ビュンッ、ガッ!

 バシッ!


 しかし、当たる寸前の矢をバンパイアロードに片手で掴み取られてしまった!



「それなら【透明矢】【貫通矢】【百発百中】撃てーっッテーッ!」


 俺はスキルを重ね掛けして2連射した。


 ビュンッ、ガッ! ビュンッ、ガッ!


 最初の矢がバンパイアロードのてのひらを打ち抜き、2打目が眉間に突き刺さる。



「今だ! ギルド職員を助けて!」


 オゥちゃんがバンパイアロードを体当たりで吹き飛ばし、ラナちゃんが職員のロープを剣で切って開放した。


 俺達は研修生達の元へ行き、合流して防御体制を整える。

 上級魔族のバンパイアロードを簡単に倒せるとは思って無いからだ。



「くそ~ぅ、おのれ~【眷属召還】【死霊召還】! エロイムエッサイム……○●×△■……!」

 バンパイアロードは眉間に刺さった矢を手で抜いて、闇魔法を詠唱した。


 空がますます暗くなる。コウモリの群れが飛んできて広場に舞い降りると、次々とバンパイアに変身する。

 地から黒い靄が沸き起こり、ゾンビやグールが続々と現われる。


 ダンジョン前の広場は、吸血鬼と死霊で埋め尽くされてしまった!


「バンパイアは心臓に杭を打つか、首を落とすかで倒せるだぁ!」


「ありがとうオゥちゃん、俺はミスリルの矢で心臓を撃ち抜きますから、オゥちゃんとラナちゃんは首を切り落としてください」


「「オゥッ!」」


 俺は、浄化作用の有る銀を含むミスリルの矢を【百発百中】で連射し続けた。

 オゥちゃんは変身して5メートルの双頭の巨人になり、魔槍ゲイボルグを取り出して死霊を蹴散らしていく。

 ラナちゃんはミスリル製の剣で吸血鬼の首を切り落としていった。



「私も踊ってあげるんだからぁ! ピカリンピカリンキラリンパ!」

 ルミナ(スクルド)が、空間をバリバリと破って現われて、優雅に踊りだした。


 ピカピカッ、バリバリバリッ、ドドドドドォオオオオオンッ!



 ルミナの【雷嵐】サンダーストームが死霊を蹂躙した。

 俺も矢を撃ち続けながら、ルミナと一緒に【雷嵐】サンダーストームを発動する。


「ピカリンピカリンキラリンパ!」

「【雷嵐】サンダーストーム!」


 ピカピカッ、バリバリバリッ、ドドドドドォオオオオオンッ!

 ピカピカッ、バリバリバリッ、ドドドドドォオオオオオンッ!



 オゥちゃんとラナちゃんが死霊と吸血鬼に止めを刺していく。


 ズバッ、ザシュッ、ドカッ……、



「クルミ、私ちょっとチビッちゃったかも」

 アイラが小声でクルミに打ち明けた。


「アイラ先輩、私もですぅ。グスン……こんなの誰でもチビッちゃいますよぅ」


 すると、2人の後ろから詠唱の声が聞こえてくる。


「……お姉さん達を【洗浄】【乾燥】!」


 シュィイイインッ!

 ユウナが、そっと生活魔法を2人に使ってくれた。


「「ありがとぅ」」


「シーッ、だまってればダイジョウブ」


 ユウナがニッコリ微笑むと、2人は我慢しきれずに抱き上げて、頬ずりしながらモフモフしてしまった。



「「モフモフ禁止!」」


 と、研修生の男子2人に注意されていた。




「また1人に、なってしまったね」

 ユウリがバンパイアロードに話しかけた。


「ふんっ、今日は見逃してやるっ! 次は必ずお前を倒…す、……ゲフンッ……ッ!」


「私の大事な夫を倒す事は許しません。今ここで、貴様きさまを成敗します!」


「ユキ!」


 突然現われたユキの長剣が、バンパイアロードを串刺しにしていた。



「ふんっ! 聖剣でなければ上級魔族のワシを倒す事は出来ぬわっ! はーはっはっはー!」


「【幻麗流 紅一閃】げんれいのながれ、べにいっせん!」


 ユキが長剣を引き抜き、一瞬でロードの首を『スパリッ』と、切り落とした。



「無駄だーっ、聖剣でなければ……そんなっ……馬鹿なぁ……」


 転がり落ちた首と残った体が、灰に成り散っていく。



「女神の持った剣こそが聖剣に成るのです……」


 ユキがそうつぶやいた時、バンパイアロードの灰は風に崩れてしまった。


 雲間から太陽が覗き、ユキの聖剣が青く『キラリン!』っと輝いた。

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