第37話 日本からの初研修生

「最近説明会に来る人が少なく成ってきていてね」


 研修所員用の食堂でお茶をしながら、所長と今後に付いて話をしている。


「お試し研修を受ける人も少ないんだ」



「大学のオタク系サークルにチラシを配ったらどうでしょう?」


「そうだね、夏コミでも薄い本にチラシを入れる予定なんだけどね」



異世界こっちの研修所は宿泊者が順調に増えてます。

 冒険者を目指す人達が泊まったり食事をしたり、雑貨店も少しづつ売り上げが伸びています。

 雑貨店では薬草とポーションが安定して売れていますが、要望の多い武具の修理も始めようと思っています。

 冒険者達の話を聞いて、これから徐々に品物や設備を改善していくつもりいでるのです。

 ほとんどの冒険者達は安くてシンプルな部屋を求めますが、旅行者は上質なベッドと熱い御湯を欲しがりますね」


「ふむ、そうなんだ。……僕としては、異世界の研修所の事は悠里君とユキさんに全てを委ねようと思ってるんだ。

 僕は日本から連れて来た研修生と冒険を楽しみたいからね。こっちの経営権を含めて全て悠里君に任せるよ」


「え、それで良いんですか? 所長の異世界での給料とかも考えているのですけど?」


「日本と異世界で通貨単位が違うし、為替取引も無いのだから、独立採算制にしようよ。と言っても、それぞれの世界に行った時に金銭で困らないように、お互いに小遣い程度の給料を現地通貨で出すことにしようか?」


「それは良いかもですね。取り敢えずそれで運営してみて、微調整しながらやってみましょう」



「それで最初の現地研修生の事なんだけど、僕が卒業したK大学の『新次元文化研究会』の後輩達を連れて来ようと思ってるんだ」


「はい」



「漫画やイラストを描いてる子達なんだけど、特に異世界物やMMORPGに興味が有る者を選ぶつもりなんだ」


「彼らに、ここが本当の異世界だと教えるのですか?」


「それなんだが、最先端の技術を使った疑似体験型アトラクションの試験被験者テストプレイヤーだと説明するつもりで。異世界人や魔物は有感覚のA.Iホログラムと言う設定にしたらどうかと思っているんだ」


「ほうほう。まぁそんな所でしょうね。もし本当の事がバレたら、それはその時また対応しましょう」



「滞在期間は1週間ぐらいで如何どうだろうか?」


「はい、こちらは問題無いです。部屋を確保しときますから、日程が決まったら教えて下さい」


「それなんだけど、お互いに直接通話が出来ないから、今決めてしまおうかな。夏休みが始まるのが7月の最終週だから、7月29日から8月4日迄にしよう」



「予定は何人ですか?」


「男生徒が2人、女生徒が2人の4人パーティの予定だから、2人用を2部屋お願いしてもいいかい」


「了解しました。楽しみに待ってますね」






 7月29日になった。


 午前11時、俺とビアンカは倉庫に行き、椅子に座って待ち構えた。

 しばらくして、魔方陣が浮かび上がり円筒状に光が伸び上がる。


 ブゥウウウウウンッ!



「「いらっしゃいませ、こんにちは。お待ちしておりました」」


 ホストの俺とビアンカが深々と挨拶をした。


「「「「こんにちはー、お世話になりまーす」」」」



「ここは冒険者の宿の倉庫ですが、ここから皆さんの冒険が始まります。終了する時もここで現世に戻る事になります」


「「「「はーい」」」」


「それでは宿泊施設に御案内致します。こちらにどうぞ」



「結構大きな宿だね」


「木造2階建てだね」


「もっとログハウスみたいかと思ってたー」


「スイスのアルプスみたいだね」



「ここは山脈と森に挟まれた草原で、関連施設以外の家は建っていません。1番近くの町まで、南に歩いて1時間ぐらいです。北に45分歩けば初心者向けのダンジョンが有ります。東には妖精の森が有りますが、危険なので皆さんは決して入らないで下さい」


「「「「はーい」」」」



 正面玄関を入り、フロントカウンターで受付をして貰う。


「それでは侍従長のビアンカが部屋にご案内致します。異世界の冒険をお楽しみ下さい」


 4人は階段を上り部屋へと向かった。



「悠里君、4人には初期研修を受けて貰ってるけど、過保護にならない程度に見守って上げて下さい」


「はい、分かりました。ガイドを付けますので、団体行動でお願いしますね」


「了解、念を押しとくね」



「それと研修生用の『始まりの装備』をセットで提供します。

 内容は、旅人の服、革の胸当て、皮の手袋、短剣orこん棒、革の盾、水筒、松明、薬草、リュックサックです」


「おぉ凄いね、ありがとう」


「4セットを部屋まで運ばせますね。コルネリア、一緒に運んでおくれ」


「はい」



「所長も欲しいですか?」


「僕は自前の物を使うから大丈夫だよ」



 コルネリアと2人で2階の研修生の部屋に『始まりの装備』を届けた。


「わぁ、お兄さんありがとう。さっそく冒険を始めても良いですか?」


「はい。田舎なので他にする事は無いですから、何時いつでも良いのですが。まずはリリーメルの町のギルドで、冒険者登録とパーティ登録をしなければなりません。ランチを食べたら馬車で町へ行きましょう」


「「は~い」」



「所長、 昼食後に彼らとリリーメルへ冒険者登録に行ってきます」


「じゃあ、僕も準備して一緒に行くよ」


「俺は幌馬車を用意しときますから、ゆっくり皆でランチを食べて下さいね」


「了解」




 午後1時ごろ、研修生と所長と俺の6人で、幌馬車に乗りリリーメルに向かった。


「東京より涼しくて過ごし易いですね」

 リーダーの2年生戦士シゲルが言った。


「外に見えるけど、グラフィックで空調がはいってるのかな?」

 盾役の1年生戦士テルが詮索する。


「リアル感ハンパないよね~」

 1年生魔術師のクルミが答える。


「早くスライムとか会ってみたいな~」

 2年生回復兼弓使いのアイラが言った。


 それぞれの役割を既に決めていたのだそうだ。

 やる気満々か!

 



 リリーメルの町の冒険者ギルドに到着した。


「町の人達はホログラムなのかな?」


「スタッフが演技してるんじゃない?」


「叩いてみようか?」



「やめた方が良いよ、犯罪者フラグが立ってしまうからね。貴重な時間を牢屋で過ごす心算つもりかい?」


 所長がトラブルにならない様に注意した。


ちなみにユウリ君は、見た目通り本当の日本人だからね」


「はははっ、叩かないで下さいね、普通に痛いから」


「「「「はーい」」」」



 4人は冒険者登録をして、続いて所長と5人でパーティ登録をした。


「どうしますか、宿へ帰りますか? それともダンジョンへ行って見ますか?」


「「「「行きま~す」」」」


「所長良いですか?」


「うん、行こうか。ただし暗くなる前に帰りましょう」


「はい」




 3時過ぎに『始めてのダンジョン』に到着した。

 幌馬車を降りて、見知った警備員に挨拶する。


「こんにちは」


「こんにちはユウリ様」



「新人冒険者を案内したいんですが、ちょっとお邪魔しますね」


「はい、暗くなると帰り道が危険ですから、時間に注意して下さい」


「はい、分かりました」



「それではダンジョンに入る前に魔法の使い方を教えます」


 俺は4人に魔石と巻物を渡した。


「まずは簡単な生活魔法の【着火】を覚えます。魔石と着火の巻物を左手に持って右手を薪に向けます。

 詠唱して着火のイメージを保ちながら、左手から体の中を巡らせて右手に魔力を流します。魔石は魔力不足を補う為なのです」



 4人は始めての魔法にチャレンジしたが。スクロールと魔石のお陰で見事に全員が成功した。


「今の感じを忘れないで下さい、他の魔法も基本は同じですから」


「ここからは君達に判断を任せるから、自分達で行動を決めておくれ」

 と、所長が言った。


「帰るべき時間になったら声を掛けます。それ迄は黙って着いて行きますからね」

 俺はそう4人に告げた。


「「「「はい」」」」


「よし、それじゃあ順番を確認するよ。テル、シゲル、クルミ、アイラ、所長の順番だね」


「「「「はい」」」」



 4人は1階のフロアで慎重に青スライムを退治していく。


 ガッ、ボワッ、シュゥゥゥ……、

 数匹のスライムを協力しながら倒していった。



「1階は青スライムだけなのかな? 2階に降りてみるかい?」


 俺と所長は無言で見守ってる。


「初日だし今日は帰りましょうよ」


「そうだね、余裕が有る内に帰りましょう」



「所長、皆MMORPGで初期の対応は分かってるようですね」


「そうだね、冒険の始まりは倒れ易い事が、良く分かってるのだね」




 ダンジョンを出て幌馬車に乗り込み宿に向かう。


「先輩、ステータスって見れますか?」


 俺は4人にステータスの巻物を配る。


「巻物を開いて『ステータスオープン』と、言ってごらん」


「「「「はい、ステータスオープン!」」」」


 ブゥゥゥンッ!


「わー凄い。どうなってるんだこれ!」


「ヴァーチャルシステム、凄ッ!」


「レベル2になってるぞ」


「私も!」





 宿で夕食を取ってると所長が4人に告げた。


「皆さんに注意があります! アイラさんが犬人族の侍従の耳と尻尾を勝手に触ったので、運営側から注意を受けました」


「えーモフモフ出来ないのは、ちょっと辛いよねぇ」


「同意を受けてからなら大丈夫です」


「は~い」



「明日は朝食後からダンジョンに行きましょう」


「お弁当を持って行きますか?」


「はいお願いします」


「明日も俺がガイドとして付いて行きますね」

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