サン通りのシャルル
手帳を閉じて広場を見回すと何者かを見つけた。
同じように大樹の幹に座り、猫の様に背中を丸め、考え込む姿。
ワームの紡ぐ絹を緑色に染めた平民服の上に、鴉羽のマントを羽織っている。
よく見れば、辛うじて青年であることが分かる。
私は近づき、声をかけた。ここで何をしているのか?と。
思いの外、恰幅の良い若者は、思った通り陰気そうな顔しており、
仕草も気怠さを纏いながら、私の応対を始めた。
「なんだ、お前? ペティ叔母さんの使いか?
だったら伝えておくれよ。貴方のシャルルはまだ帰りません。と。
現実から出てくる時、枕に向かう前にも言ったけども
俺は労働の為に生まれてきたんじゃない。
だからほっといてくれ。俺は考え事で忙しいんだ。幸せを考えているんだ。」
「ん?まだいたのか、伝書士君。
…… ……
あん? ああ、ああ! すまない。勘違いしていたよ。
俺はサン通りのシャルル。
悪夢の中にいる理由はさっきの通りだよ。
替えの効く学習機会、替えの効く労働で、
替えの効かない俺を壊すわけにはいかない。
そうだろう? だから俺は夢の中で考えてるんだ。幸せを。」
「正直、一人で考えているのは怖いさ。
他人なんか気にしても始まらない。
勿論、言うのは簡単だがね。
いざ実際に何もしないと決めたら現実が窮屈に感じちまったよ。
親友に相談された時、以前の俺は言ってやったよ。
自分の好きにしろ。他人なんか気にするな、ってね。
自分の身に置き換わると存外気になるものだな。はははは……。」
「そろそろ、一人にしてくれないか?しゃべりすぎて疲れちまったよ。
この後? この後は少し寝ようかな。
……でも寝ちまったら夢から醒めちまいそうで怖いんだよな。
まったく、おかしなものだぜ。
現実では怖くて手足の先が、かじかんで眠れなかったっていうのに。
悪夢の中でも同じなんだから。」
悪夢の中でも悩む若者はいる。
菌糸の怪物から逃げまわり、精神の消失に怯える生活になるだろうが
現実よりは幾分かマシという事だろうか。
その考えは、果たして若さゆえ、と言えるだろうか?
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