第4話 発見

一刻程歩いただろうか、ヒエイは森を抜けるとそこには村が一つあった。

外周を簡素な掘りと木の壁で遮られており、それは村と言うよりは平野の城と呼べる作りをしていた、昼餉の煙だろうか幾つかの筋が空に向かって流れる。

人の出入りは見られないが、中には恐らく数十からの兵は居そうではある。


「なるほど、この世の道理は知らぬがこれが尋常ならよほどの乱世よ」


村の入り口と思われる門に着いたヒエイ、そこには門の番をする男が二人、見慣れない具足を着けて長槍を手に立っていたので声をかけた。


「すまんが一晩でもいいので宿を貸しては貰えぬか」

そういえば言葉は通じるのだろうかと思ったがそれも杞憂に終わる。

「旅の方、どこかへこれから戦でもするのかね」

胡乱な目で番の男がヒエイを見て言った、どうやら普通に話ができる様で内心安堵するヒエイであった。

「仕官先を探していてな、戦働きが出来るなら良いが他でも役立てそうな事ないか」

「ふむ」

番の片割れがヒエイのつま先から頭まで何度か目を配り思案した。

「すこし待て、頭に聞いてみよう」

番の男が言うと村の中に入りもう片割れが気を緩むことなく番を続けた。

四半刻立たずに番の男がもう一人連れて戻ってきた、年のころは四十当たりか兜を被らず黒髪をだらりと下げて、番の男より見て上等と分る手入れされた鎧を纏い腰に長剣を下げる。

「コイツです頭」

「その頭ってのを止めろってんだろ馬鹿野郎、いつまで傭兵気取りだこの馬鹿」

頭と呼ばれた男は番の男を拳で小突くと咳払い一つヒエイに向き直った。

「失礼した、私はこの場を預かっております名をブロルと申します。見たところ名の有る方と存じますがお聞きしてもよろしいか」

ブロルと名乗った男は恭しい態度を取った。

「そう畏まる程の者ではありません、名をヒエンと申します。見ての通り当ての無い旅をする老骨でございます」

何やらブロルと言う男はヒエイに感じいった様子で目を細めて見た。

「まだお若いのにご謙遜を、それに見慣れぬ武具をお持ちですが御身の端々から感じる武威、並の者とは思えません」

若いとは見え透いた世辞を言わんでもいいのにとヒエンは唸った。

「それは、恐らく戦神の加護でしょうな」

「ほう戦神の、これはますます無碍にできませんな、ささどうぞお入り下さい」

何やらブロルは納得した様に頷き門の中へ案内を買って出た。

「入れて頂くのはありがたいが、何かと勘違いされておりませんかな」

「分かっております、遊歴の方々は皆様そうおっしゃるのです、さぁ遠慮なく中へ」

ヒエイは半ば諦めた、そして一晩だけ休みすぐに出ようと言葉に出さず決めた。


通されたのは村の中央に位置する館、木造の平屋が並ぶ中でその館は二階の木造建て

であった、村造りから建屋の作り一つとっても記憶にある物と違うのはやはり違和感を覚える扉の開け方一つ違うのだから尚更だ。

客間と思われる部屋に通されて座る様促された、しかし座る場所なぞ無くやたらデカい机が置いてあるだけだ。

ブロルはハタと気づき失礼と一言、そして椅子をひいて改めて着席を促された。

「これは失礼しました、無作法者故お許しください」

「いや、何を謝られているのか分からないが、そんなに畏まらないで頂けると助かるのだが」

「寛容なお心遣いに感謝いたします、やはり出来た方は違いますな」

どうにも噛み合わないと思いヒエイは座る、腰の獲物は館に入ってから預けてある。


「仕官先か戦働きの伝手をお探しでしたね」

席に着きブロルが先に口を開いた、鎧は身に着けたまま先ほどから気を緩める様子は無い。

「恥を忍んで申しますと某は今無一文でして、今日の飯にも事欠く次第で」

「なるほど、御家のご支援もそうそう届くものでも無いのでしょう、こんな時世ですからね」

同情ともとれる目でブロウは頷いた。

「いやそうではなく、この地に来たばかりなので伝手も何も無いのですよ」

「なるほど、遠方よりこちらへ来られたのですな、ちなみに生まれはどちらで」

まさか先刻前に祠の前で黄泉返ったとは言えない、少し悩ませながら頭の中身を疑われるくらいならと正直に答えた。

「むぅ、生まれと言われるとちと難しい、何しろこの世には無い故」

「あぁまただ大変失礼いたしました、この口に罰を与えて永久に閉じる事ができればどれ程に良いか」

ブロウは自分の頬をベチベチと叩き大げさに謝罪した、もうそのまま黙ってくれんかなと思いヒエイは天を仰いだ。

「いやいや、こちらの言い方が悪かった。どこと聞かれても答えようが無いのだ」

「ええ、ええごもっとも。名を伏せて遊歴されている方に聞いた私が悪いのです」

戦神よこれは恨んでもよろしいでしょうな、とヒエイは心に念じた。

(知らん)

戦神の言葉が一瞬脳裏を走った、気がする。

「そろそろ本題に入ってもらっても良いか」

ヒエイが見据えるとブロウは表情を切り替えてコホンと一息向き直った。

「分かりました正直に申しましょう。森の民がキナ臭いこの時期に良く分らぬ貴方が来られても、我々としても扱いに困るのですよ」

「ほう、どうやら戦神のお言葉は真であったか」

喜色を浮かべるヒエイに対してブロウの目が険しくなる。

「まだ、はぐらかすおつもりですか、ヒエイ殿」

「戦神に懸けて誓おう、なんなら他の神に懸け誓ってもいい」

ブロウの目がますます険しくなった。

「私もこんな生業ゆえ戦神を信奉しておりますが、貴方が只の狂れでなければ神の声に導かれたなどと、天下に名だたる詐欺師もいい所ですな」

「そう思っているなら今頃この首、落とされてもおかしくないのでは無いか」

はぁ、とブロウは深くため息を吐いた。

「先ほども言ったでしょう、貴方は並みの武威では無いと。これでも頭目としてここを預かっている者ですので簡単では無いくらい分かりますよ」

「その為の控えかね、腕は悪くない様だが少々粗忽だな」

お手上げとばかりに両手を上げブロルは手を鳴らした。

「出てこいオスカ、武器はそのままでいいぞ」

ブロルが言うと壁の一部が横に開き武装した男が現れた。

まだ年は若い様だが刈り上げた髪に無精髭の姿は武骨と言うよりは野盗の類と言った方が似合う、鎖帷子を着こんだ革鎧の男はニヤリと顔を歪ませる。

「旦那、悪い事は言わねえからコイツの首今すぐ落とした方が手間無いぜ」

腰の長剣に手をかけたままオスカと呼ばれた男はブロルの脇に控えた。

「黙ってろオスカ、悪く思わんでくれヒエイ殿、ウチは荒くれしかいないんだ」

「戦渡りの長い良い兵を持っていらっしゃる、頭目としての器量が良く分りますな」

「褒められたぜ旦那、良かったな」

ヒエイが素直にほめるとオスカはガハハと笑いブロルの肩を叩いた。

「ありがとうございます、はぁ」

ブロルは深く息を吐き肩の力を抜いた。

「もう面倒だ、分かりましたヒエイ殿、少しばかりの間私らの仕事を手伝ってはいただけないでしょうか」

「それは願っても無い話だ、ちなみに仕事は如何様な事をするのかね」

「簡単ですよ、亜人狩りです」

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