第2話 鳥のトマーティ煮こみ
深い深い、魔の森と呼ばれる森。
その奥の奥に、小さな家が建っていた。
畑には色とりどりの花や植物、囲いの中には鳥が数羽。
濃い緑のにおいがあたりを満たし、遠くに近くにけものの鳴き声が響く森の中を、亜麻色の髪を揺らして少女が歩く。
片手には、短弓。
もう片手には、仕留めたけもの。
山鳥だった。
血抜きを終えてあるのか、首がない。
「きょうはシチューかな……いや塩を振ってスパイスと焼くのもいいかな……」
かつて聖女とたたえられた少女、ジブリール。
120年前と変わらぬ容姿のまま、彼女は森中でのワイルドライフに適応していた。
最初こそ死にかけたし、けものに食べられかけたし、変なものを食べて腹をこわした。
寒さに震えた夜もあった。
ーーそれでも、なんとかかんとか過ごすうちに、彼女はたくましく成長していたのである。
家に持ち帰った山鳥の羽をむしり、取りきれなかった産毛は火の魔法で焼ききる。
尻から刃を入れ腑を掻き出し肉をさばいて、部位別にわけていく。
脚をひねり外して、もも、むね、手羽と切り分ける。
いくらかの肉は塩漬けにして、さてどうするかとジブリールは腕をまくった。
野菜棚を見れば、ちょっとしなびたきのこ、くるりと丸まった葉野菜。
真っ赤に熟れた、トマーティの実がひとつ。
柔らかなそれを手に取ってから、ジブリールはうなずいた。
「鳥のトマーティ煮にしよう、そうしよう、うん」
誰に言うでもなく。
それでも、嬉しそうにそうつぶやいて、ジブリールはトマーティをカッティングボードの上に置いた。
ナイフを入れれば、抵抗もなくさくりと切れる。
じゅわりと染み出したその汁は、芳醇でやわらかな酸味と、ほんの少しだけ青い香りを漂わせていた。
崩さぬよう身を8つに切り分け器に入れてから、目の前の棚に吊るしてある香味野菜、シプリの球根を1つとった。
茶色い、ぱりぱりとした薄皮を剥くと、緑がかった白い部分が姿をあらわす。
シプリの球根は長いこと時間をかけて切っていると、空気中に放出される成分のせいで目に刺激があり、涙が出てきてしまうので、手早くみじん切りにしていく。
オレンジ色をした、長い三角形のポルカナ根は彩もよく食感がこりこりとして良いので、それも入れようと手に取り皮をむいてざくざくと乱切りにする。
葉野菜と、きのこもざっくりと一口大にカットする。
それから、手鍋へみじん切りにしたシプリと乱切りにしたポルカナ、葉物野菜をいれてから、鍋にほんのすこし水を入れ、肉は一口大に切り分けてシプリの上へ敷き詰め、きのこと塩、トマーティをその上に乗せていく。
こうすると、うまみが出る上焦げにくいのだ。
おたまに1杯、水をすくって入れてから、弱火でじっくり煮込むことにする。
独り暮らしだから、量は多くなくていい。
「ふんふん、ふーん」
自作の鼻歌を歌いながら、ジブリールはくるくると指を回した。
鍋の下に置いてある5つの魔石が赤く光り、やわらかな熱を発している。
戸棚に入れておいたパンを切り分けて皿に乗せ、煮物が煮えるのを待つ間に洗い物をしてしまう。
そうして、出来上がった鳥のトマーティ煮。
赤くとろみのある汁の中、くたくたになった葉野菜や、ほろほろと柔らかく解ける肉が浮いている。
鍋をそのままテーブルに置いて、ジブリールはそっと手を組んだ。
「天におわします神さま、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものが祝福され、私の心体を支える糧となりますよう」
長い間の習慣だった。
朝に祈り、畑を耕し、ひとりで食べる分だけのけものを狩り、食事をいただいて、また祈る。
ジブリールはただひとり、ずっとこうして祈りながら暮らしていた。
己の罪を、悔い改め。
己の罰を、うけいれて。
魔の森と呼ばれるここに幽閉されてからーーじつに、120年間。
ジブリールは、ただひとりで、生きていた。
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