断罪された聖女は静かに暮らしたい
@Cyn0sura
第1話 魔女の断罪の事
群衆のなか、木の手枷から引かれた鎖がじゃらじゃらと鳴る。
時折投げつけられる石がぶつかって、額からとろりと血が流れる。
痛みはもう、感じなかった。
少女はりんと背を伸ばし、ただ歩く。
ーー行く先は、死刑台だとわかっていた。
紫がかった、青色の瞳が、まっすぐに前を見据える。
ただ、前だけを。
「魔女め!よくもおれたちを騙したな」
「お父さんを返せ!!」
「夫を返してよ!」
そんな声が響くが、少女は聞こえていないとでもいうふうに、ただ引かれ、歩をすすめる。
ーー中央の丸いかたちをした広場には、豪華な席が設えられていた。
風に黄金色の、たてがみのような髪を揺らす大柄の男がそこに座っている。
聖ブリュノ帝国、聖帝レーナルト・アルト・グィン=ブリュノであった。
かつて愛した人の瞳には、もうどんな感情も読み取ることはできない。
少女を引いていた兵士が立ち止まると、わっと罵声が鳴り響いた。
「静かに」
柔らかなテノールが、その罵声を止めた。
聖帝は立ち上がり、ぼろをまとった少女をひたと見つめる。
少女は、まっすぐに、聖帝を見返した。
「ジブリールよ。そなたが犯した罪を認めるか。……異があるならば答えよ。答えぬのならば……その沈黙をもって、認めたと見なす」
青の瞳は、あいかわらず透き通ったまま、男を見つめている。
ーー彼女の喉が、拷問で潰されていることなど、聖帝は知る由もなかった。
「答えぬのか、ジブリール」
少女は答えない。
ただ、熱い風が、彼女の長い亜麻色の髪を揺らした。
かつて長く美しかったその髪は、ところどころが無残に刈り取られている。
輝くように磨かれていた爪は剥がれ、指先が黒く汚れている。
聖女として、まつりあげられていた少女。
癒しの力をもち、たくさんの人の傷を、病を治癒した心優しい彼女はいま魔女と謗られ、戦争を起こし罪なき少数民族を弾圧し、殺戮した罪をかぶせられようとしていた。
「……陛下、この魔女は陛下をもを裏切ったのです。あなたさまを愛すると紡いだその口で、少数民族の男と通じていたのですよ」
聖帝のそばに立っていた、枯れ木のように痩せた男が耳打ちをした。
服だけが豪華なその男は、鋭い糸のような目を光らせて少女を憎々しげに睨む。
「魔女に、死刑を言いわたす……としたいが。しかしながら、余は死刑よりもつらい刑をそなたに言いわたすことにした」
たてがみのような髪が、風に煽られて逆立っているかのようだった。
聖帝は、一歩進み出る。
「陛下、話が違います……」
「だまれ。神たる余の裁定にさからうか?」
「……申し訳ございません」
枯れ木のような男が、くやしげに顔を歪める。
聖帝は、それにかまわず、少女の天色に透き通った瞳をもう一度見据えた。
ーー少女が、それを見つめ返してくる。
かつて、柔らかい光を宿していたその紫がかった青い瞳には、すでに感情のうごきはなかった。
「ジブリール。そなたは死なぬ。……死ねぬ呪いをうけるがよい。毒を受けても病を得ても、永遠に続く生の呪いをうけるがよい」
ーーそうして、救国の聖女とたたえられた少女は呪いを受けた。
だれひとり、真実を知らぬままに。
枯れ木のような男が、癒しの力を持ち国民に愛され、聖帝に寵愛される少女をうとましいと思っていたこと。
少数民族の弾圧が、その男のしわざだということ。
少女がそれを止めようとしてーー奸計にはめられたこと。
だれひとり、少女の罪を疑わなかった。
ただひとり、少女は罰を受け入れた。
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