棄てられた地での救い【六】

「まぶしっ」


 穴から這い上がるようにして地上に出た僕たちは、久しぶりに見る太陽の光に目をやられた。

 そして芝生に転がり込んだ。オーバーロードの反動もあって、全身に疲れがどっと出ている。


 草木の香りが、心を落ち着かせた。


 フィンは森と言っていたけれど、木々に囲まれたこの空間は、陽の光を取り込んでいて公園や草原のような明るく朗らかな雰囲気を感じさせてくれる。


 ふと、馴染みのある、甘く柔らかな匂いが鼻腔を撫でた。寝返りを打つようにそっちに顔を向ける。


「――せ、セリナさん! どうしてここに!?」


 なぜか、そこにセリナさんが立っていた。僕は慌てて体を起こす。


「無事、だった?」


「無事も何も、何から話せばいいか――」

「あれ、ディア? どうしたの、なんでここに?」


 出てきたメアがセリナさんを見て僕と同じ感想を持った。

 セリナさんの方は、意外にもメアの今の姿を見て特に驚いた様子もなかった。


「ここで待ってた」


「待ってたとは、どういうことですか? なぜ私たちの場所が――ここから出てくることが分かったのですか?」

「あなたの父に、聞いたから。私が城を出てしばらく経つから、もうすぐ着くはず」

「そうなんだ。なんでもいいけど、ベッドに入って休みたいんですけど」


 メアがいまいち興味なさそうに背伸びをした。


「待って、さっき無事だったって聞いた?」


 ちょっと前のセリナさんの言葉が、今ようやく頭に入ってきた。僕たちの事情を知っていなければ聞かない台詞だった。


「それ」

「わわっ」



 セリナさんがメアからマントを剥ぎ取った。ばっと一振りすると、ぐるぐるとひとりでに丸まって、一度光ったかと思うと小さな水晶玉の形になった。



「な、なにそれ」


 僕が驚いている間に、それと全く同じ形のものを、セリナさんが胸の谷間から取り出した。


「共振録水晶。どれだけ離れていてもお互いがお互いの周りにある魔力素子や生命体の状態を伝え合う性質がある」


 これを使って、僕たちが置かれた状態をずっと拾っていたみたいだった。

 そして、水晶玉をマントの形に加工できるのはルルコットしかいない。


 これは、声を上げずにはいられなかった。



「な――なんで助けに来てくれなかったの!? すごく大変だったんだよ!?」



 ルルコットが関わっているらしいから何かしら裏の事情があったんだと思うけど、それにしても。


「それは、この城の主と先に話をしておく必要があったから」


 大事にならないように動いていた、とセリナさんは言う。どうしても納得できない。大げさだけど、僕は死を覚悟した瞬間もあった。


「クレフ……さん?」フィンが少し躊躇いながら僕を呼んだ。「その言葉遣いは……?」


「あ、そういえばそうだね。言葉遣いも見た目もいろいろ変わるからどれが普通のおにいか分からなくなりそうだったけど」


 メアが僕の代わりにフィンに答えた。


「この際だから説明しておくね、今のおにいが、普通の状態なの。見た目も、言葉遣いも、性格も」

「……もう今さら隠すこともないから止めないけどね」


「そ、そうなんですか」


 その表情からは今の僕をフィンがどう思ったのかは読み取れなかった。

 少なくとも、戸惑っているようには見える。


「ところで、途中何か拾わなかった? すごく変な反応があった」


 セリナさんが言った。共振水晶は周囲の情報を伝えるだけで、実際にどんな形の何があるかまで視覚的に伝えるわけじゃない。そしてそれに心当たりがあった。


「あ、そうそう、そうなんだ、アルワイズさんに渡そうと思ってたんだけど」


 まだしばらく到着しそうにないので、先に見せることにした。セリナさんの移動は瞬間移動に等しいから何かと比べてはいけない。

 魔導書の頁をめくる。あの時は適当に空いている頁にしまったのでちゃんと覚えていなかった。


「あ、あった」


 見つかったそれを具現化した。

 小さなイヤリング。


「魔法具、じゃ、ない?」

 僕の手のひらに乗ったそれを眺めたセリナさんが言う。


「うん、あの例の魔力検知の指輪にも反応しなかったから。これなんだけど――」


 セリナさんの質問に答えていると、やっぱり例のくぐもった声が聞こえてきた。あの時と違って、僕の頭は一瞬で大量の声に埋め尽くされた。





(もうだめ、思考が全然まとまらない――)


(クレフが無事で本当によかった――もうそれしか考えられない。何か別のことをしてないと口に出してしまいそう) 


(ああ、クレフ、クレフ。どれだけ助けに行こうと思ったか――もし何かあったら、私はご主人様の命令だったとしても一生後悔してたかもしれない――)


(でも、これで、ようやく――)





「『禍津夜まがつよの耳飾り』――なぜ、それをあなたが……?」


 僕の頭の中の声は外からの声にかき消された。


「フィン? 何か知っているの?」


「知っているも何も――ああ! まさかあなた! それで私の心の中を!?」

 返しなさい、と叫んで僕の手に飛びついたので、とっさにかわしてしまった。


「ちょっ、何、どういうこと!? 返すもなにも僕はダンジョンの中で拾っただけで」


 バリッと一本の稲妻が走った。

 姿が消え、刹那、セリナさんが僕の背後に移動していた。手の中から、イヤリングが消えていた。





「――ねえ、クレフ」




「…………はい」


 こわい。

 ふりかえりたくない。



「これ、何か知ってる?」




「……知らないです」


「どんな効果があるかは、知ってる?」


「………………」


 こたえられない。

 状況から判断するに、セリナさんはどういうものか知っていたみたいだ。


 もしかして、いや、もしかしなくても。


 今セリナさんがこのイヤリングを持っているということは、僕の考えは全部読まれているんじゃないか。


 さっき僕が、聞いてはいけないようなセリナさんの声を全部聞いてしまったのも――




「クレフ。いけない子」




 耳元に息が吹きかけれられる。


 ちくっと首筋に痛みが走った後、僕の目の前は真っ暗になった。

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