五章 棄てられた地での救い

棄てられた地での救い【一】

 シュナのゴーレムは非常にいい仕事をしていた。


 まだ少ししか進んでいないが、洞窟の通路で既にいくつか罠のスイッチを踏んでいる。矢の罠、毒液の罠、落石の罠。そのいずれもの被害に遭いながら、黙々と前進している。


 一番前を歩く白のゴーレムをライラ、次に歩く黒をレイラと名付けていた。


 俺たちは未だどの部屋にも足を踏み入れず、ただただ通路を折れ曲がりながら分かれ道を経て進んでいく。


「全然造りが違うね」


 メアが振り返って言う。


「城の造りに合わせるとブロック式じゃなくてライン式にせざるを得ないからな。って、危ないからちゃんと警戒してろ」


 俺たちのダンジョンは、区画化されたブロックからブロックへ渡るために通路が存在している。

 一方で、城のような建物で作られたダンジョンは、廊下や階段を移動し、扉をくぐらない限りは部屋に入ることがない。そして部屋の中に宝物やモンスターを配置したり待ち伏せたりすることが通常なので、通路をただ歩くだけの俺たちは幸いまだ罠だけの遭遇で済んでいた。


「なんか雰囲気も怖いです……」


 魔法照石の色が暖かみを感じさせる橙色だったのは、俺たちが落ちた部屋だけだった。こうして歩いている通路は、明かりはあるにはあるもののそのどれもが青白く薄気味悪い色で発光していた。


 ライン式のダンジョンである分、通路自体が余計に広く、落ち着かない。隊列は縦形しか取れないと思っていたが、横に広がっても十分な広さがあった。今はシュナとフィンを並べて歩かせている。


「あれ、今何か聞こえなかった?」


 メアが足を止めた。シュナがそれに合わせてゴーレムの進行も止める。


「どうした」

「物音。聞こえない?」


 そう言って辺りを見回す。シュナは首を横に振る。


「確かに、聞こえる」


フィンが同意した。


「こっち、かな?」

「気を付けろよ」

 ふらっと歩くメアに声を掛ける。


「この部屋な気がする」


 通路脇の木の扉の前で立ち止まった。


 これまで通ってきた道にもいくつか似た扉があったが、そのどれにも手を付けずに進んできていた。

 今の位置感覚で城の間取りと重ねてみるが、どこかに繋がる通路ではなくただの一室に思える。


「メアさん、開けない方がいいと思います」


 シュナが言う。

 手を俺たちに見えるように上げた。さっき渡した指輪が、今は黄色に輝いていた。


「それなりに強い反応だな」

  何かあるのは間違いなかった。やり過ごした方がいい。

「罠かもしれない」

「誰かいたりとかしない?」

 メアがそう言った直後。


 バン、と、急に扉が開いた。正しくは、こちら側に倒れてきた。


「ひっっ」

「きゃああああ!!」

「――――――」


 三者三様の悲鳴が上がった。

 メアのそれは、声にならなかった。

 

 扉にインプが群がっていた。

 ざっと数えられるだけでも十は超える。

 ゴブリンと蝙蝠を混ぜ合わせたような、中級のモンスターだ。ただその風体が異様だった。

 翼は朽ち破れ、頭蓋は腐食した骨と肉混じりの様態。ナイフのような武器を構えている。


 ゴーレムは、遠い。

 魔導書から何かを呼び出すのも遅い。


 メアが後ずさって尻もちをついた。

 斥力の魔法を発動するべく魔力を素早く練り上げる。

 が、それよりもメアが早かった。


「来ないで!! 消し飛べ馬鹿あああー!!!」


 差し出された拒絶を示すメアの両の手の平から、ぶわっと火の玉が膨れ上がった。

 迫りくるインプが片っ端からその火球に包まれていく。



――まずい。



 シュナとフィンの首根っこを掴んで目いっぱい後方に投げるように引き寄せ、俺自身も後方に飛んだ。

 さらに一段、俺たちの視界すら埋めるほどに膨らんだ直後。

 それは最大級の火力をもって爆発した。

 

 『フレア』だ。

 

 前方指向性を持った魔導だが、この距離と威力では後方にまで火の粉と爆風が及んだ。

 一所に集まっていたことが奴らにとっての不運で、俺たちにとっての幸運だった。

 すべてが静まった後、部屋があったはずのそこにはぽっかりと黒い穴だけが残っていた。


「あー、びっくりした」


 それは俺のセリフだ。


 何に対してかはしらないが、シュナはおびえきってしまっている。


「い、今の魔法は何ですか……?」


 フィンが立ち上がりながら呟いた。


「グレイフル? いえ、もっと高位の……バルナイアともまた違う……」


「何それ? よくわかんないけど普通の一號の魔法だよ」

「いちごう? とは何ですか?」

「俺たちの世界では数字で魔法属性を区分してるんだ。ざっくりとは炎熱系の魔法区分と思ってもらえればいい」

 

 メアに説明させると余計に混乱させてしまいそうだったので間に割って入る。


「『グレイフル』とか『バルナイア』はこの世界での区分なのか?」

「いえ、それは魔法自体の呼び名です。でも私が知っているどの魔法とも似ていないので……」

「魔法の名前だったら『フレア』だよ」

「どれにも当てはまらないなんてあるのか? こっちはそもそもフレイムかフレアかしか呼び方が無いんだが」


 火炎放射か爆炎かの違いしかない。


「それだけしかないんですか!?」


 フィンが半ば呆れたように驚いた。


「範囲は? 威力は? 形は、軌道は、向きは? まさか魔力の制御を何も行っていないんですか!?」

「制御って? 弱火、強火、みたいな?」


 メアはピンと来ていないが、俺も今一つだった。

 文化の違いなのか、魔法の発展の歴史の違いなのか。

 魔法術式と魔法詠唱についての講義を軽く聞かされたが、これに関しては残念ながらお互い分かり合えなかった。よっぽど複雑な魔法、例えば遠隔で何か魔法を発動するとかでなければ、詠唱も術式も俺たちは意識することがない。

 ただ、魔力を無駄に使わずより効果的に魔法を発動するという観点では勉強にはなった。


 そしてまたしばらく道なりに進む。途中何体かまた不死系のモンスターに遭遇したが、シュナが指輪で事前に察知し、ゴーレムで物理的に排除してくれていたので幸いにしてメアの出る幕はなかった。


「……なんだ?」


 ふと、何か視界に入るものがあった。

 

 皆が通り過ぎた後だ。誰の視界にも入らなかったのだろうか。シュナの指輪にも反応しなかったところを見ると、魔力をもった何かではなさそうだった。

 俺はそれを拾い上げる。



 イヤリングだ。



 涙の滴ティアドロップ型をしていて、滴の部分に紫色の石がはめ込まれている。

 顔を上げると隊列に離されていたので走って追いつく。


「あれ? どうかした?」


 メアが気配を察したのか、ちょうど俺が距離を詰めた時に振り返った。


「いや――」


 拾ったものを見せようとしたとき、急にくぐもった声が聞こえた。


(――――――――)


 俺は自然と足を止めていた。


「お兄ちゃん?」

 メアが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。

「…………お腹空いた?」


 そう、聞こえた気がした。


「え!? 顔に出てた? お腹鳴ってた?」


 メアが顔を赤くしてそわそわし始める。


「ここに入ったの、ちょうどお昼過ぎでしたから」

「よくこの状況でそんなこと考えられますね」

「お腹空くものは空くの! 生理現象だからしょうがないじゃん」


 メアとフィンがまた不毛な言い合いを始めた。


 その間もずっと、俺の耳にいくつものくぐもった声が聞こえている。声が重なって聞き分けづらいが、ここにいる三人の声であることが分かった。

 

 もしこれがイヤリングが聞かせている声だとするならば、これは俺の知る全てを超えた力を持つ代物だ。

 改めて俺が拾ったものを三人に見せようとしたとき、前方で大きな音が響いた。

 何かが崩れるような音だった。


「ひゃん!」


 シュナが悲鳴を上げた。フィンが一瞬シュナの肩を抱くような仕草を見せ、すぐに手をひっこめる。


 黒のゴーレム、ライラがまた罠を踏み抜いていた。

 巨大な針が突き出た吊り天井が、ゴーレムの背中に落下していた。

 堅固な体にその針は刺さることはなく、罠はただ乗っかっている形だ。

 白のレイラが吊り天井の裏に上がって、繋ぐ鎖を引きちぎった。


「これ引っかかったら痛いじゃ済まないね」


 その景色を眺めながらメアが言う。

 勇者達なら間違いなく強制送還コースだ。

 先頭を離して歩かせ、さらにもう一体のゴーレムを配置しているのは発動した罠に間違っても俺たちが巻き込まれないためだった。


 怖いのは、前方で踏んで後方で発動するタイプのものだ。

 周囲に超音波のように魔力を放ち、埋め込まれた仕掛けが無いかを確認し、背後も含め警戒しながら進んでいる。


「ダンジョンを閉鎖するときに一通り確認はしましたが、片付け漏れがあるかもしれません」


 二体のゴーレムが協力して天井を床に下ろし終えた。俺はイヤリングを懐にしまい、レイラを階段のようにして乗り越えて進む。


「発動済みの状態で残っている罠が他にもあるのか」


 撤去はしていないというものの、吊り天井や落し穴などは再設置しない限りは二度発動してくれない。



「いえ、死体です」



 シュナが固まった。


「え? 何の?」


 メアが聞き返した。


「勇者と、魔族のものです」


 フィンが当然のように答えながら吊り天井の上に登った。


「え、なんで」

「閉鎖する前提でしたから。最後隅々まできれいに見たわけではないです」

「そうじゃなくて。地下で倒れちゃうと神殿に飛ばされないってこと? なんで?」


「……神殿?」


 今度はフィンが聞き返した。


「ダンジョンの中で死んでしまった勇者を片付けるのはダンジョン運営者である私たちの仕事です。神官などを雇ったりはしません。勇者に殺されてしまった魔族も同じです」


 話が噛み合わない。


 しばらく話して、俺たちの前提が全く異なっていたことを知った。


 こちらの世界の理は、俺たちの世界の理とは違う。



 勇者は戦って死ぬ。

 魔族も戦って死ぬ。



 こちらの世界では、それが当然だった。


 そして俺たちの世界がどういう風に成り立っているかを改めて説明する。


「――そんな世界が、あるんですか」


 信じられないのはお互いさまだ。シュナはショックを受けて完全に固まってしまっていた。

 俺たちはただ勇者達を倒すことを目的とするが、こちらの世界では明確に殺すことを目的としている。



「死んだらそれまでの世界で、自分たちに危険が迫っていなければ、確かに誰も好き好んで勇者になろうとはしないな」



 数が減っているとは聞いたが、今その理由を正しく理解した。


「はい。おかげで私たちの方の被害も減ったので悪いことばかりではないのですが」


 魔力核から作ったモンスターと魔族は全く別物だという。それは俺たちの世界も同じだ。

 続くフィンの言葉は、俺たちをさらに驚かせた。

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