あなざーだんじょん【六】
「道は分かるか?」
「お城の地下なのでおおよそは……」
「おおよそ? 自分のダンジョンなのに道も分かんないの?」
「っ、地下は私の領分ではなかったのです! そもそもここは通常勇者達が踏み入れる領域ではないのですから」
「どういうことだ?」
悪い予感が的中した。
「ここは、この城に不相応なレベルの勇者が来た際、不必要に荒らされないようにここに落として退治するための設備です。だから宝物庫にあのような仕掛けがあったのです」
上の倉庫のような部屋は元は宝物庫だったのか。厳重に守られた扉を無理に破ろうとすると、鎖のトラップが作動して落とし穴が現れる。単純だが効果的な仕組みだ。
「え、じゃあ普通にお城を攻略するより難しいってこと?」
「……ミルメアにはそう説明したはずですが」
喧嘩の時の話をメアが覚えているはずもなかった。
「分かった。じゃあ、罠には気を付けて進もう。廃棄済みとはいえ、まだ残っているものがあるかもしれないから――」
「すべて残っています」
フィンが俺の言葉を遮った。
「何かあった時のために、ここはかつてのままで保管されています。メンテナンスは誰もしていないので老朽化し壊れているものもいくつかあるかもしれませんが、基本的にはすべて罠が残っていると考えた方がいいです」
「面倒だな。じゃあ罠には細心の注意も払って――」
「モンスターもいます……」
なぜだ。
罠はまだ分かるが、さすがに地下の閉鎖空間で長期間放置していれば魔力核の魔力も切れるし魔堆粘土も朽ちてしまうはずだ。
「
「何それ? 気持ち悪い系?」
メアが聞く。俺も聞いたことがない。『系』というのでモンスターの分類なのだろうが、こちらにはない概念だった。
「簡単に言えば、モンスターの失敗作です。魔力核が暴走したものと言えばいいのでしょうか。魔堆粘土が朽ちたり魔力核だけになっても動きます。魔力は外部からの補給を受けなくても、周囲の魔力素子を吸収したり、自家発電のように自ら生成し補給する個体がいるのです」
「なんだそれは。どうやって倒すんだ」
魔力核を破壊するのが確実だが、そんな高密度の物体を壊すほどの攻撃力が俺にはない。
「
「メア、頼んだ」
「無理! 絶対無理!」
「な、さっきまであれだけ自信ありげに言っていたのは、やはり虚栄のための嘘だったんですね」
「それとこれは話が別だから!」
「俺の言うことはちゃんと聞くとさっき言っていたのはなんだったんだ」
「私がそういうキモチワルイ系だめなの知ってるでしょ!? シュナちゃん、お願い」
「私のゴーレムはそういう風に使わないです」
「大丈夫。シュナちゃんならできる」
「それで、不死はと言ったな。幽霊はどうやって倒せばいいんだ」
「体が完全に朽ちて動いているものをそう呼んでいます。なので、物理攻撃が効きません」
「で、では私ではダメですね!」
シュナが嬉しそうに言う。
「強大な魔法をぶつけて、魔力核の制御を突破するしか方法はありません」
「物理攻撃が効かないなら逆に向こう側もこっちを触れられないということにはならないのか」
放置していても問題はなさそうに思える。
「触れはしないですが、近付く者に対して無差別で魔法攻撃を放ちます。幽霊の魔力が尽きてしまえばしばらくは安全ですが、どこまででも付いてきます。魔力の充填が終わればまた攻撃を仕掛けてきます。仲間を呼ぶ性質があるので、すぐに片付けないと手に負えなくなってしまいます」
「厄介だな」
一体二体ならまだ何とかなりそうだが、倒しておかないと結果的に何十体も引き連れながら走って逃げる羽目になりそうだ。
「私は対峙することもできません……」
「セリナがいてくれれば何の問題もないんだがな」
雷獣であれば、物理攻撃も魔法攻撃も両方対応できる。なんだったら、この部屋を飛んで落ちてきた穴を戻れたかもしれない。
俺は落ちてきた天井を見上げた。
「……塞がってるな」
鉄格子の裏に、鉄板が見える。落下した直後にした不審な音の正体が分かった。
「飛翔の魔法を持つ勇者が出られないようにです。これが無ければ私も出られたのですが……」
フィンは竜翼を持っている。先に助けを呼んでもらうことも、この仕掛けが無ければ可能だった。
「何か外との連絡手段はないのか?」
フィンが首を横に振った。
通信機は元の世界に置いてきている。セリナの魔法で、電波を飛ばして遠隔の相手と会話するものはあるが、鉄板や岩盤に覆われた地下深くまで電波が届くとも思えなかった。
「進むしかないのか」
暗い洞窟の横道を睨む。
「どこからか、出られるんですよね?」
「はい。踏破すると、お城の裏、ダンジョンタワーが立っているよりもさらに奥の森から出られます」
脳内で居室の壁で見た鳥瞰図を思い起こす。
今落ちてきた場所は南東の離れ塔にある倉庫だ。向きを間違えていなければ、大体の向かう先は分かる。森のどの位置から出るかまでは分からないが、普通に直線距離で歩いて二十分から三十分程度の距離に思える。
「ここで待つか」
一時間か二時間か。セリナならどれだけ長くても半日あれば見つけて助けに来てくれるだろう。ルルコットが『航りの門』を開く時間まで、時間はまだ二十時間弱残っている。焦る時間でもない。
「え、待つの!? さっとクリアして出ようよ」
「話を聞いてなかったのか。罠が残ってる、モンスターも徘徊してる。万が一分断されたときに単独で対処できない限り、踏み込むのは危険だ」
「だめです、待てません」
フィンが声を上げた。
「複数の勇者のパーティーが連続で罠に捕まったときに合流されてしまわないように、この部屋にも仕掛けがあるんです」
ただでさえ高レベルの勇者が手を組んでしまえば地下の攻略でさえ容易くなってしまう可能性もある。ここを荒らされては本末転倒だ。
理屈は分かる。そしてその仕組みは――
「……ガスか」
「はい。睡眠ガスではなく、毒です。落下の仕掛けが作動してから、三十分で発動します」
天井が鉄格子だけでなく鉄板でも密閉されたのはそういうわけか。
「その通路も封鎖されるんだな」
一本道を指さす。
「はい」
仕掛けられた側の気持ちになるのは初めてだ。
「進むしかないことは分かった」
左腕の魔導装身具を解放する。
ミスリルの鎧甲が左右に開き、組み込まれた転移の魔法陣が発動する。
青白い円型の紋様が空中に浮かび、魔導書が呼び出された。
右手で掴み取ると魔方陣は消え、魔導装身具も元の形に収まった。
「おおお、すごい、なにそれ?」
「装身具に魔法式を組み込んでる。戦闘は想定していなかったから攻撃系のものでないのが残念だが」
部屋に置きっぱなしだった魔導書を転移魔法陣で手元に取り寄せた。それだけの術式しか組まれていないが、この中にしまってある魔法具が何かの役に立つはずだ。
「先にこれだけ出しておくか」
さっそく頁を開き、指輪を一つ具現化した。リングと石が一体化した形状をした指輪だ。石は空をそのまま閉じ込めたような澄んだ水色をして揺らいでいる。
「魔法粒子の濃度に反応する」俺はそれをシュナに手渡す。「色は黄色から赤へと変わる。魔法核にも反応するから、要は色が変われば 近くにモンスターがいる合図になる」
シュナがそれを人差し指にはめた。明らかに大きかったが、リング部分が収縮してぴったりのサイズに収まった。
三十分と言っていたが、時間通りに作動してくれる保証はない。何しろろくにメンテナンスがされていないのだから。
「出よう」
「よし、ゴーだよ!」
「こら待て。勝手に進むな」
メアを掴んで引き戻す。
「厳密にやる必要はないが、隊列は組んだ方がいい。道が狭いから縦列しか組めないが。シュナの使い魔を先頭に置きたい。どれくらい保つ?」
「一体だけなら、七十二時間は保ちます。二体ならその半分になっちゃいますけど」
「……そんなにか」
召喚士や操霊士と違い、魔導錬成を保ち続ける必要がある。俺が知る限りでは、三十分から長くても十二時間程度だ。錬成維持の魔力ロスが少ないのか、そもそも保有する魔力の絶対量が多いのか。とにかく、十分だ。
「なら、二体だ。先頭のゴーレムは十メートル離す。それから二体目を歩かせてくれ。次にメア。シュナ。フィンがその次だ。最後列には俺がつく」
「待ってください、私はまだあなた方を信用したわけではありません!」
フィンが、俺の指揮に異議を唱える。
パーティーとして動くので従ってくれないと困る。時間もないので議論する気はなかったが、フィンを一人別にして動くのもどうかと思えた。
「別に、一人でいいなら勝手にすればいいけど」
メアが言った。
「ダンジョンの中ではお兄ちゃんの言うこと聞かないと、ホントに死んじゃうよ?」
らしくない、静かな口調にフィンが怯む。
頼むからもうこれ以上揉めないでほしい。
「俺はフィンを危険にさらすつもりはない。一人でいいという気持ちも分かるが、今は俺たちに協力してほしい」
何か言おうと二三回口を開けては閉じを繰り返した後、フィンはしぶしぶといった様子だが、ただ一度、頷いた。
「お兄ちゃん、ずっと思ってたんだけど」
「なんだ?」
「その姿でその口調って、ただの生意気な子どもだよ?」
「今言うべきことかそれ」
俺だって分かっている。
セリナの魔法を解こうと試みたが、まだ効果が弱まっていないらしく、自力での解除ができなかった。
「私は、こちらの言葉遣いの方がかっこよくて好きですよ」
「シュナちゃんは命令されるの好きだもんね」
「ひぇっ!? そ、そういう意味じゃないですっ!」
「不安……」
フィンが小さく呟く。先程の決断を早速後悔していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます