あなざーだんじょん【三】

「ねえ、どこに向かってるの?」


 メアがフィンではなく俺に尋ねる。


「さあな」


 さっきのやり取りで苦手意識を持ったらしく、フィンとの間に俺を挟む位置を歩いてついてくる。

 コンソールブースから一度あの円型の広間に戻ったあと、また別の通路を選んだ。今はずっと階段を下り続けている。俺の記憶が正しければ、城の方に戻る向きに歩いている。進むにつれて、天井のパイプの本数は減り、より太くなっていくことに気付いていた。

 何かの中心部に近づいている。


 フィンが足を止めた。


 円いハンドルが据え付けられた、少し小さめの鉄の扉が行く手を遮っていた。

 

 すぐに扉を開けずに、フィンは脇に備え付けられた制御盤のパネルを開いた。四角いスイッチを順に押すと、上のランプが一つずつ点灯する。空気が漏れる音が聞こえ始めた。


「酸素か」


 計器の針が徐々に右に倒れていくのを眺める。


「……意外です」


 目を丸く開いたフィンが俺を見る。青く透き通った瞳をしている。


「何だ?」

「あなたのことはダンジョンマスターと聞いていましたので。細かい設備の仕組みは知らないものだと思っていました」


 はきはきと失礼なことを言うフィン。

 言葉の中身はともかくとして、言葉遣いだけは丁寧なものだった。


「何を勘違いしているかは知らんが、ダンジョンを支配している者がダンジョンマスターじゃない。ダンジョンのすべてを把握し掌握する者をダンジョンマスターと呼ぶんだ」


これだけ地下の、それも長時間密閉されていた空間に入る時は言われなくても気を付けるべきことだ。俺が運営しているダンジョンも、エアフローには細心の注意を払っている。


「この前壊れてたじゃん」


「こら余計なことを言うな。それにあれはメアのメンテナンス不足だろう」


 そうこうしている間に、計器の針が十分に右に触れる。

 それを確認してから、原始的なやり方でハンドルをひねり、ゆっくりと圧を解いていった。手前に開いた扉は、その厚さが五十センチを超えていた。

 フィンが先に奥へ入り、電気を付けて辺りに異常がないことを確認してから俺たちを招き入れる。

 くぐった扉の低さとは対照的に、そこには巨大な空間が広がっていた。


「あ、これ!」


 見たことある、と叫ぶメア。


 視界を圧倒する、重厚な機械設備が鎮座していた。

――魔導動力炉だ。


俺のダンジョンにあるものよりも一回りも二回りも大きい。今は稼働している様子はないが、五機。

その他にもラジエーターや冷却設備、形から熱機関らしいことは分かるが具体的な用途が分からない機械などがいくつも存在していた。


「あなた方の世界のことは、お父様からお聞きしました」


 まだ互いの交流の場が設けられた記憶はないが、ルルコットの知り合いだと言うのだから既に情報交換は活発に行われているのだろう。こちら側としても事前に色々と教えておいてもらいたかったのだが、ルルコットの性格の悪いところが出てそれは叶わなかった。


「今はただの居住区に成り下がっていますが、私たちの城は元は立派なダンジョンでした」

「お城って、昨日泊まったあのお城のこと?」

「他に、どの城があると?」


 なぜかメアには冷たいフィン。

 ただ、フィンの言葉は俺にとってもにわかには信じがたかった。客間もダイニングも浴場も整備されたあの城が、元々は勇者が探索するダンジョンだったと言っている。


 探索するには快適すぎる。


「この設備を見れば信じてもらえると思ったのですが」


 確かに俺たちのダンジョンの規模を優に凌駕する。ただそれも、設備が動いていればの話だが。


「それが今は稼働していないのはどういうわけなんだ? 城はともかく、『ダンジョンタワー』と呼ばれているあれは、この設備を使わずにどうやって運営されている」


 質問が次から次へと湧き上がってくる。

 フィンは、それら全てに答えをくれた。


 大きな原因は、この世界の魔王がすでに年老いて弱体化してしまっていることにあるという。

 

 魔の力が矮小になり、支配が及ぶ範囲も狭まっていき、人々にとっては身に迫る危機が薄れていく。

 それは、国という国が勇者に対する優遇の度合いを下げ、特権の範囲を絞り、資金援助の口すらきつく縛ることに繋がっていく。

 そうして、この大陸での勇者の数がみるみる内に減っていってしまったのだった。


 ダンジョンの経営者にとっては大打撃だ。


 仕入れ在庫と設備稼働の負担は残り、倒れた勇者達の残存装備の売却益や魔王からの討伐報酬は大きく目減りする。

 ダンジョンによっては例えば神殿からのキックバックや国王からの裏金うらがね、村々の襲撃益など収入源は他にいくつもあるだろうが、いずれも魔王の力の弱体化と勇者の減少に際してしまっては十分に得られる見込みはなかった。

 配下を抱えておくのも、ただではない。



 そうして辿り着いたのが『ブランシュタイン・キャッスル・パーク』だった。



 ダンジョンという形を保つために、もはや勇者だけをあてにするわけにはいかなくなった彼らは収益の源を『一般人』に求めた。何の能力も持たない、ただの『人』に。


「銃剣『ツインギア』とモンスターの代わりとなった『ブランケットエネミー』は、どちらもお父様が開発しました。たとえ子供であっても、勇者になれるような仕組みを作ったのです」


 開発されたそれらは、ごく微量の魔力で、それも市場で買うことのできる一番安価な回復薬から抽出した魔力でも動くような仕組みだった。


 ただそれも、最初からダンジョンタワーとして成り立たせることを目的としてつくられたものではなかった。

始まりは近くの村に作った、小屋めいた小さな娯楽施設だったという。例えるなら街の観劇場が役割としては近いかもしれない。勇者の数こそ減ったが、ゼロになったわけではない。人が集まればそれだけ勇者が集う割合が増える。そして、子供の頃から勇者のまねごとをしていれば、大人になった時にも勇者を職業として選択する割合も増えるのではないか、と。

 そんな淡い期待を持ちながら、アルワイズが身分を偽って、つまり魔族であることを隠して、村に無償で提供した施設だった。


 そして評判は広まり、村に人が集まっていく。


「そうやって当初の目的から外れて拡大していった結果がこれというわけか」


 ここまで話を聞けば、結末は想像に難くない。


「村の人達は、お父様に施設の拡大を願い入れました――決して少なくはない金貨をもって」


 そこから目指す先は変わってしまった。


 

 ルルコットは城のリニューアルという言い方をしていたが、それはこれまでのダンジョンを完全に廃して、娯楽施設としてダンジョンタワーを経営していくことを決めたアルワイズの決心を意味していたのだろう。



「いい話じゃん」


 ちゃんと話を聞いていたのかいなかったのか、メアがそんなふうに言った。


「パパが頑張って立て直したんでしょ?」


 なるほど、そう取れなくもない。

 無論、本懐ではないだろうが。


「こんなの、私にとっては壊されたのと同じ」


 感情を精一杯噛み殺して、フィンは言う。


「私たちはここでこうして施設を運営することを見逃してもらうために、かつてブランシュタイン家が仕えた主に対してお金を払っているの――これが私にとってどれだけの屈辱か、あなたに分かる?」


 仕えていたのは、魔王かその眷属か。いずれにしても、昔と同じ関係というわけにはいかないだろう。


「メア、やめておけ」


 わ、の形に開いたメアの口を物理的に塞いだ。喧嘩になるのは目に見えていた。


「言いたいことがあるなら聞きますけど」


 メアの性格を知ってか知らずか、フィンが煽る。

 もごもごと、唇が俺の手の中で暴れる。鼻までは塞いでいないので呼吸に不便はないはずだ。俺は手を離さずに言う。


「じゃあ、俺から一つだけいいか」

「なんですか?」

「アルワイズの口から、彼自身がどういう思いでタワーを作り上げたかは聞いたことがあるのか?」


 フィンは質問の意図を図りかねる顔をした。


「――ないですけど」

「その答えなら、もう一つ聞きたい。アルワイズに、フィン自身がどうしたいかを伝えたことはあるのか」


 少しの沈黙。


 メアはいつの間にかおとなしくなっていた。


「……さっき一つだけと言いました」


 フィンはそう言って俺の問いには答えてくれなかった。


「そろそろ、時間」


 さっきまで静かにしていたセリナが場の空気を変えた。時間はというと、ちょうど正午になろうというところだった。アルワイズが一度戻ると言っていた時間だ。


「そうですね。様子を見てきます」


 俺たちは一度この場を離れた。

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