あなざーだんじょん【二】

 まとめると、こうだ。


 入場者は魔力が無くても何の問題もない。

 武器は全て貸し出している。

 出てくるモンスターに危害を加えられることはない。

 時間が来たらアナウンスが流れ、勇者達は昇降機で退場する。

 勇者達が冒険で得たアイテムの内、使わなかったものはタワーで保管する。これは次に来た時に引き出すことができるという。


モニター越しに実際の様子を見せてもらったが、勇者達が見たことのない武器で、飛び回るバンパイアバットを撃ち落とし、襲い掛かるインプの群れを迎撃していた。ツインギアと名の付いた、銃剣という武器らしい。

 小型の大砲筒が据え付けられた剣の形をしたもので、柄が少し折れ曲がっている。砲身からは、魔法弾が放たれる。


「フロアを経るごとに、敵の動きは複雑に、より素早くなっていきます」


 敵と言っても、俺たちの知るモンスターとは全く姿が違っていた。メアとシュナをして可愛いと言いわしめる始末だ。強いて言えば似ているというだけで、バンパイアバットもインプも、醜悪さの欠片もない、丸みを帯びた愛玩動物の風体に成り下がっていた。いつか見たあのウサギも出てくるのかと冗談半分で思っていたら、二十五階の最後の部屋で本当に出てきた。メアとシュナが歓声を上げた。


「これ、どうやって消してるんですか?」


 シュナがアルワイズに質問する。


エネミーのことでしょうか? 消していると言うよりも、実を言いますとこれ、実体はないのです」


「実体が、ない?」


 俺も気になっていたところだ。

 魔弾や刀身が当たって消滅させられるのは分かるが、勇者達の体に触れても消えてしまうのはどういうわけか理解できなかった。


「はい。表現が難しいのですが、魔力の殻だけで動いている、とでも言えばいいでしょうか。かつては固有の魔力核と魔堆粘土で一つ一つ手作りしていたものですが――」


 それはこちらの世界と同じ作り方だ。


「――今は磁性気体を含むいくつかのガスで中身を作り、外側をコンピュータ制御されたレーザーで射出される魔力で覆うことで、エネミーを形作っているのです。この方式であれば、消費する魔力も極微量で済みます。生成はボタン一つで。操作は、フロアの磁場を操作することで、敵の向きとスピードを制御することができます。全ては、このコンソールブースから操作が可能になったのです」


 俺をそっと見上げるシュナ。

 悪いが、俺も半分も理解できなかった。

 今この場でこの状況に一番付いていけているのは、おそらくメアだろう。タッチパネルにつうと指を這わせ、タン、タンとリズムよくキーを叩いている。


「ねえ、できてる? どう!?」

「おお、お姉ちゃんセンスいいな。二十階台だから操作はまだ簡単な方だけど、最初からこれだけできれば十分だよ」

「ホント!? やった!」

「あ、お姉ちゃん! 手は離したらダメだってば!」


 ぐいと身を乗り出したレットがメアに覆いかぶさるようにしながらタッチパネルに手を置く。


「わわ、ごめん」


 その操作がそれぞれ何を意味するかは俺には分からないが、モニターの勇者達の動きが乱れたように見えたので、予定外の何かを起こしてしまったらしいことだけ分かった。今はもう落ち着いていた。

 

 正方形の部屋の中に次々と湧き出すモンスターを一定数倒すと、ドアが開き、次の部屋に進むことができるという仕組みだった。そして五部屋進むと、その先に昇降機が現れてさらに一つ上のフロアに挑戦できるようになる。


 モンスターが勇者達に触れるたびに減少するゲージが画面上に見えている。聞くと、誰か一人でもこのゲージがゼロになると、退場ゲームオーバーになるという。両親と二人の息子という組だったが、まだゲージはどれも余裕があった。


 くぐもった、電子音が鳴る。


 レットは何の反応も示さず、変わらずメアと操作を楽しんでいる。


「すみません、少し失礼します」

 アルワイズがポケットから小型の通信機を取り出し、ディスプレイを確認すると俺たちに一声掛けて部屋から出て行った。

トラブルだろうか。


「ここ以外にもコンソールブースがあるのか?」


 同時に五組まで案内すると言っていたことを思い出す。


「うん、そうだよ。ブースの数で言えば三十はあるんじゃないかな。二時間で入れ替わりだから十機あれば足りるんだけど」

レットは振り向きもせずに答えた。


「誰が一番上手とかあるの?」

「おれに決まってるだろ」

「そうなんだ。お姉ちゃんよりも?」

「お姉ちゃんって、フィンのこと? フィンはこれやらないからな」


 半開きになった部屋のドアが、廊下で小声で話すアルワイズの声をかすかに通す。まだしばらく掛かりそうだった。


「これはいったい、どう理解すればいいんだ」

 二人に投げかける。

 勇者と、モンスターと、ダンジョンと、あらゆるものの定義が俺が知っているものと異なっている気がする。


「どうって、私にもよくわかりません……」

「ありのまま理解すれば、いい」


 答えに窮するシュナと、淡々と答えるセリナ。

 ありのままと言われてもな。


「……俺が聞いている限りでは、勇者達が挑戦する理由が見当たらないんだが」


 次の神殿に挑戦できるのでもなければ、ギルドから特権を新たに得るわけでもない。得た宝物プライズを持ち帰ることができないので、他のダンジョンで使うことはおろか換金すらままならない。ましてや、フロアを一つクリアしたことで世界が平和に近づくわけでもまったくない。


「じゃあ、聞いてみれば」


 セリナがそう言ったところで、ちょうどアルワイズが戻ってきた。


「すみません、急な来客が入ってしまいまして――」

 

 アルワイズは会った時から頭を下げてばかりに思える。


「――これからすぐ向かわなければならなくなりました」

「え、こっちのお客さんどうすんだよ」


 レットが一瞬振り返って言い、すぐにまた画面に注意を戻した。言葉ほどにはこちらに興味がなさそうだった。


「本当に申し訳ございません、ルルコット様の主でありますから、大事な、大事なお客様であることは重々承知しておりますが――」


 アルワイズにとってのルルコットは一体どんな存在なのかと気になった。

 

 代わりの案内の者を今呼んでいるところだと言うアルワイズを無理に引き留める理由もない。


「正午には、一度戻りますので」


ここで一旦見送った。丁寧に頭を下げた後、駆け足でこの場を去っていく。



「聞きそびれたな」


いいタイミングで離れられてしまった。


「ん? なんか気になることでもあった?」


 俺の言葉を聞いていたのか、レットが手を止めてこちらを振り返った。ちょうど勇者達はフロアを一つ上がっているところだった。


「ああ。勇者達が、どうしてこのタワーに挑戦したがるかが分からなくてな」


 この少年からちゃんとした答えが返ってくる気がしなかったが、代わりの案内の者が到着するまで時間があった。


「おじさん、変なこと聞くね。楽しいからに決まってんじゃん」


 メアが噴き出した。シュナは頑張ってこらえていた。



――『おじさん』?



「そうだよねー、おじさんには分からないよねー」


 相手にすると面倒なメアを無視する。


「『楽しいから』って、まさかそれだけのためにこの勇者達はここで時間を無駄に過ごしているのか?」


「自分の楽しみのためにお金と時間を無駄に使うのは当たり前だろ?」


 もうレットはこちらを向いていなかった。次のフロアに踏み込んだ勇者達に、偽のモンスターをけしかけることに夢中になっている。


「お金? お金払ってるの?」


「なんだ、お姉ちゃんまで。入園料と入城料、それからセーブデータを作る分は払ってもらってるぜ」

 入園料とは、この街に入るのにお金がかかるということだろうか。そこから、さらに城に入るために金が必要だというのか。そしてさっきから言っているセーブデータとはなんだ。

 

 意味を十分に咀嚼できていないままに、総額で一体いくらかかるのかと聞こうとしたその時、第三者の介入が走った。


「レット。説明するんだったらちゃんと正しく説明して」

「げっ、フィン」


 音もなくこの部屋に滑り込んでいた。

 髪はツインテールに結わえられ、白のボタン止めの襟付きシャツに、下は紺のミニスカートを履いている。

 ソックスとスカートの間からは白い肌をしたふとももをのぞかせていた。

 レットとは逆に、最初見たときよりも幼い印象を受ける。


「お父様に、急ぎでと頼まれたから、着替える時間がなかっただけです」


 俺の目線を感じてか、何も聞く前に答えを返す。儀礼の場では俺たちを客人として見た丁寧な言葉遣いをしていたのが、今は少し崩れていた。


「代わりの案内役って、フィンのことだったんだ」


 メアがレットに対する接し方と変わらないやり方で投げかける。

 果たしてそれは間違いだったらしいことが分かる。


「フィニーア・ブランシュタイン。私の名前。フィン、じゃないから。気軽に呼ばないで」


 あまりにもな物言いに、メアは「お、おうぅ」と返事をしただけだった。


「随分と打ち解けた言葉遣いね」

「気を遣わなくていいと、お父様に言われたので」


 セリナとフィンは口調こそ似ているものの、フィンの方がはっきりと声を出して話す分、気の強さがよりいっそう感じられる。


「こっち」


 セリナから目線を切り、俺の脇をすり抜け部屋の外に出る。


「何が気になってるかは分かってます。説明しますから、ついてきてください」


 案内役がフィンに任されているというのだから、俺たちはそれに従う他ない。魔力の殻で動かしていると言っていたエネミーの生成と操作のより細かい仕組みをまだここで聞きたいところだったが、既にフィンが歩き始めてしまっている。仕方なく俺はコンソールブースを後にした。


「……いってらっしゃーい」


 とても小さな声でレットが俺たちを見送った。

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