四章 あなざーだんじょん
あなざーだんじょん【一】
朝は案外早く目が覚めた。
バスローブがはだけてあられもない姿になっているメアに布団をかけなおし、顔を洗って身支度を整える。鏡に映る自分の姿を眺め、慣れないながらも長く伸びた髪の乱れを直す。メアは流れるような赤茶毛なのに、僕は縮れた黒髪だ。形質も魔力と同じ遺伝経路を辿るみたいだった。
着替えを済ませ、朝食のメニューを眺める。メアの分まで電話で余分に頼むと、電話を切った直後にノックの音が聞こえた。
「いくらなんでも早すぎでしょ」
料理の準備も僕の知らない何か特別な技術があるのだろうか。魔術か何かで作られた食事を食べさせられるのかと思うと、少し気分が悪くなる。
「はーい」
部屋の扉を外開きに開けると、ネグリジェ姿のセリナさんが立っていた。
「おはよう」
「――おはよう、じゃないから! ちょっ、早く入って!」
ぐいと手をつかんで、部屋に引き入れる。誰にも見られていないか廊下を確認してから扉を閉めた。
「なんて格好してるの、もう」
淡い黄色の、もうこれはほとんど下着姿だ。隠すところは隠されているものの、全体的にレースで覆われているだけで、肌色が透けて見える。ルルコットもそうだけど、お父さんの配下はどうしてみんなこういう格好ばっかりするんだろう。お母さんは怒らないのかな。
「照れてる?」
「変なこと聞かないで」
恥ずかしがるべきはセリナさんのはずなのに。
お願いだから体をこれ以上寄せないで。
「それで、何しに来たの」
「あ、そうだった」
おでこに指が向けられ、細い閃光が走る。短いフラッシュに瞬きをし、ちくっとした痛みを感じた。
「いたっ」
「十二時間以上経った。効果が切れてるかと思って」
セリナさんの針は、解ける条件が二つある。一つは、今言ったみたいに半日以上経過したとき。もう一つは、掛けられた側が意識的に抵抗して操作に打ち勝ったとき。効果が薄れているときは、自分の意思で解きやすくなる。
「ありがとう。これからはやる時に一声かけてからにしてほしいんだけど」
「それだと断られるかもしれないと思って」
「僕の意思は無視なんだね」
「じゃあ。また九時半に」
セリナさんはそのままの姿で部屋から出て行った。食事が届いたのはそれから十五分後くらいだった。
◆
時間通りに部屋に迎えが来て、俺たち四人は予定されていた通りダンジョンタワーへと案内された。城の大階段の裏に通路が隠されていて、通常勇者達が通るのとは違うルートでタワーに向かう。
しっかりと整備はされているものの、城の廊下とは全く違い、装飾どころか照明も最低限に備えられた、業務用の地下道と呼ぶにふさわしい道をしばらく歩かされる。天井や通路の脇には剥き出しのパイプとコードが這っていた。
上りはなく、いくつかの階段を下り続け、鉄の重厚な扉に行き当たった。
二人の案内人が左右に分かれ、脇にある円柱型の装置に手を乗せる。青い光が魔方陣のような紋章を浮かび上がらせ、重苦しい音を響かせながら左右にスライドして扉は道をあけた。
「お待ちしておりました」
受付か、応接か。円型の部屋だ。
中央に立つアルワイズが俺たちを迎えた。
全面木造りに見えるが、地下なので木は壁材としてだけ使われているのだろう。温白色の照明は俺たちのモニタールームと変わらないが、木のパネルだけでこうも雰囲気が変わるとは。木材は調湿の目的で使われることが多いため、空調が完備されている部屋では不要だと考えていたが、なるほどこういう使い方も悪くない。
「普段内部の者しか使いませんので、お見苦しい点もございますが、そのあたりはご容赦ください」
エアフローだろうか魔導経路だろうか、先ほどの通路と同じく天井にはパイプが大小様々走っていた。ただそれらも木の色に合わせて塗られており、意外と気にはならなかった。
「配下の者には、普段と変わらず職務に励むよう指示を出しております。ご無礼は承知の上ですが、その方がより私共の運営をお伝えできるかと思いまして」
俺たちが気もそぞろに辺りに目をやっているのを見て、アルワイズが言葉を添える。
いくつものデスクテーブルや椅子、カウンターが備え付けられているこの部屋の中で、今も大勢の配下が業務をこなしていた。
「だいぶ雰囲気違うね」
メアが言う。俺たちのダンジョンと比較した言葉だろう。それぞれがそれぞれの場所で作業を行うので、こうして大勢が一か所に集まることがない。
「勇者様御一行をお迎えするための準備は、基本的にこちらの部屋で行っております。何かあった際にすぐに情報連携ができますから。実際にご案内が始まる頃には銘々の現場に向かうことになります」
こちらのやり方はといえば、俺がルルコットやコノハに直接指示を伝えているだけだ。重大なイベントがある際は皆を集めることもあるが、基本的には個別のやり取りで完結させている。
確かに、配下がそれぞれの間で情報を気軽にやり取りできるのはいい。自分の領分でなかったとしても、機器の動作不良やギミックの設置漏れに気付けるかもしれない。特にダンジョンの中をくまなく走るコノハやリックの部隊は密に情報連携をすべきだ。
「メアにはちゃんと朝起きてもらわないとな」
「え、なんで急に私の話?」
あとになって「そんな話聞いてない」と一番言いそうだから。
「では、そろそろ十時になりますので、最初の組が入場される頃です。『コンソールブース』へご案内いたしましょう」
この部屋からはいくつもの通路が伸びていて、俺たちはその内の一本を奥へ進んでいった。途中、いくつかの部屋があったがそのどれにも入らず、突き当りまで辿り着いた。
「入りますよ」
アルワイズが二度ノックし、ドアを開けた。
「おう、来たか! 待ってたぞ!」
部屋の角を使ったL字型のデスクの前、キャスター付きの椅子に座った少年が首を反らしてこちらを見る。
「あれ、レットじゃん」
「おう、まあ座れよ」
軽いやり取りを交わす。
いつの間にそんなに親しくなったんだ。
「ああ、またそんな言葉遣いを……机も散らかして……」
アルワイズが悲壮な声を上げる。このやり取りにも段々慣れてきた。
雰囲気こそモニタールームに似ているが、遥かに小さい。こうして六人が入れているくらいだが、椅子がもう二つ余分にあるだけで全員が満足に腰かけるほどのスペースはない。
「座るって、椅子足りないけど」
「適当に、この辺とか」
デスクの上のコップやら雑貨を脇に押しやり空間を作る。何の疑問もなくそこに腰かけようとしたメアを止める。
ここはこういう場所なので、狭苦しく申し訳ないですが立ったままで、と平身低頭するアルワイズ。
「お、来た来た」
キーとタッチパネル、スイッチが組み込まれたコンパクトな複合コンソールを前に、レットが構える。
その姿は、最初謁見の間で目にした少年より幾分か大人びて見えた。
一つのモニターの中の分割された一画面。一組の親子連れがそこには映っていた。背景から見るに城のどこかの一室らしかった。鎧も武器も持っている様子がなく、パークの中で見かけたような一般人にしか見えない。
弟と見える子供が、その部屋の中央に置いてある台座にリストバンドをかざした。
「えっと、こいつらは。二十四階からか。なかなか進んでるじゃん」
レットの言葉遣いは直る様子がない。
「二十四階? 一階からじゃないの?」
メアも負けてはいなかった。
「ああ、セーブデータ見る?」
カタカタとキーを弾き、表示された画面を正面に引っ張ってくる。
「何これ、どうやって操作するの? わ、なんか出た」
「おい、触るなよ。教えてやるから」
二人の会話が始まってしまった。
これはこれで置いておいた方がお互いのためになるのかもしれない。心を削られ続けているアルワイズと二言三言、お互い苦労しますね、のような意味の会話を交わし、メアは別の世界に置いておいて、俺たち向けに改めて説明をお願いすることにした。
「私共のタワーは、一時間おきにお客様をご案内しております。挑戦時間は、九十分から最大二時間でご退場いただいております」
ダンジョンタワーへの挑戦は、今日の分はすでに予約でいっぱいとのことだった。一日の延べ入場は五十組までに制限されており、一度に別々の入口から五組まで、一時間おきにしか入場させていないのだという。
丁寧に説明を受けたが、その後の言葉は俺の想像を遥かに超えていた。
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