えまーじぇんしー【六】

 ディアフォールの方はこれ以上確認することはなさそうだ。

 僕はまた全体を見渡して場を整える作業に戻る。


 勇者の組の数は、今は51を示していた。なんとか落ち着いてきて、数字は横ばいから、減少傾向に移り始めたみたいだ。今の時間が午後六時を少し回っているのを見て、入場制限がかかったためだと分かった。


これ以上忙しくならないことに安心する。


廻廊が使えないことに注意する必要はあるけれど、あとはしっかりとクロージングまで面倒を見るだけだ。


「あのブロック下げてあげたいね。ほら、39番さん。結構長くいるのにほとんど収穫ないじゃん」


 メアが口を開いた。僕とは別の画面を操作して見つけたらしい。

 どうやら39番の組を宝箱が設置されているブロックまで案内したいようだ。


「あれはあれでいいの。アクティビティログ見たら分かるけど、モンスターとの遭遇率に比べて戦闘率が低すぎる。意図的に戦闘を避けてるんだ」

「なんで? 疲れてるから?」

「確かに滞在が長いから回復アイテムも切れ始めてる可能性はあるけど、ほら。ステータスもちゃんと見て」


 メアはひとつの情報だけみて状況を判断する傾向がある。着眼点自体は悪くない。


「元気だね」

「元気すぎるよ。レベルも、このダンジョンに潜る必要のないレベルだし」


 ディアフォールの討伐イベントに参加しに来た可能性もあったけど、直前のログで大部屋をやり過ごしているところを見ると、それも違うみたいだ。


「宝物探しに来たのかしらね」

「だと思う。だから、そう簡単に渡してあげない」


 たまにこういう勇者達ゲストがやって来る。ダンジョンを簡単にクリアできるレベルになってからもう一度やって来て、僕たちが宝物プライズとして配置する財宝や装備、アイテム類の回収だけを目的とする。


「イングラータっていうんでしょ」

「あら。どこで覚えたの、そんな言葉」

「前にお兄ちゃんが言ってた。『さっさとあのイングラータをぶっ飛ばして来い』ってリックねえに」

「もう、またメアちゃんに変な言葉教えて」

「僕そんな言葉遣いしないよ!?」


 ルルコットが非難の目を向けるので慌てて弁解する。嫌いな客だからといって強制排除なんてしないし、今だって出来るだけ穏便に帰ってもらおうと地道に宝物(プライズ)の出現率をコントロールをしたり進行方向をそっと誘導したりしてたところだ。


「――あれ? ねえねえ、ちょっと見て」

「こんどは何」

「ほら、さっきの39番。帰っちゃった」


 メアが言う。


 39番の反応が消えていた。


「ホントだ。聞こえちゃったのかな」


 ついさっきまで見ていたのに、一瞬目を離した隙にいなくなってしまっていた。

 勇者達は、自らの力で転移門を開いて事前にマークしておいたどこか別の場所に飛ぶこともある。このダンジョンの中をマーク地点にすることはできないから、戻っては来れないんだけど。


「ねえ、これ――」


 ルルコットがタッチパネルを操作して、手を止めた。



『死亡』



 39番の勇者のステータスに、そう出ていた。


「――そんな、なんで」


 急いでパネルを叩いて計測機の画面を開く。さっきまで勇者がいたブロックからは、転移門を開いたときに生じる魔力のひずみは検知できなかった。そこにはトラップも仕掛けてなかったはずだ。あったとしても、あのレベルのパーティーの勇者が一瞬でやられるような仕掛けは、このダンジョンにはない。それから念のため確認したけど、モンスターが出現した痕跡もなかった。


「変だよこんなの」


 画面を切り替えて勇者が消えたブロックを表示する。


 何もない。


 わずかに、光の泡沫が残っているのが確認できる。パーティーが神殿に転送されるときの残滓だ。ここで勇者が死んだのは間違いなかった。


「あ、まただ。今度は41番」


 事件が起きたブロックより少し先、また同じ状況が起きているのをメアが見つけた。

 今度はすぐに画面を切り替えたけど、さっきと同じ光景。一瞬、画面の端を黒い何かが横切った気がした。


「どうしてかしら……今日は初めてのことばかりね」


 ルルコットが僕の横で原因究明のための痕跡探しを手伝ってくれる。


 ルルコットの言う通りだ。このダンジョンの運営を任されてから一か月ちょっとで、こんな大きなトラブルに立て続けに見舞われるなんて。何かに呪われてるとしか思えない。これだったらコノハさんとリメディア湖畔でのんびり過ごしてた頃の方がよかったと思えてくる――

 

 ふわっと、風が流れた。

 

 急に扉が開いたことで、この部屋の空気の流れが変わったらしかった。


「よーう、戻ったぞー」


 緊迫した場に似つかわしくない、明るい声が響いた。


「あ、リックねえ! おかえりー」

「リック!」


 リックフィル・リッツェンリール。

 僕は短くリックと呼んでいる。

 上半身は布を何枚か巻いただけのような格好で、下はだぼっとしたカーキ色のズボンと頑丈そうな茶褐色のブーツを履いていた。


「みんな揃ってたんだな――いや、セリナがいないのか」


 頭の上の耳を、ひくひくと動かし、後ろ手でドアを閉める。リックは猫狼族ミャオウルフだ。鋭敏な五感と並外れた身体能力を持つ。褐色の肌は、ただの個性。


「どこに行ってたの?」

 ルルコットが聞いた。

「兄の方に仕事を頼まれてたんだよ」


 リックは母上との付き合いが長く、それで母上の僕たちに対する呼び方がうつってしまった、と言っていた。リックは僕のことを『兄』とか『お兄ちゃんの方』とかって呼ぶし、メアのことはそのまま『妹』と呼ぶ。


「ごめんリック、今トラブルが起きてて手が離せなくて。報告を聞いてる時間がないんだ」


「おう、いいぜ――今日は朝からずっとトラブルだな。こっちは問題なく終わったし、特に報告することもねえよ」


 ルルコットとは対照的な、少し乱暴な言葉遣い。これはこれで接しやすくて悪くない。


「ありがとう」


 お礼を言って、僕はすぐに作業に戻った。リックはこういった作業に向いていないので、手伝いはお願いしない。


「で、どうしたんだ?」

「えっとね――」


 手が離せない僕に代わって、メアが状況をリックに話している。


 録画が見られればすぐに原因が特定できるのに。動力炉に異常が見つかった直後に余計な魔力消費を抑えようと止めてしまっていた。無いものは無いで仕方ないので、僕はもう一度マップを見直す。最初に事件が起きた地点と、次に事件が起きた地点をポインティングし、それぞれで事件が発生した時間を表示する。計算すると、人が走るよりも少し遅いくらいの速度が導き出された。


「何かが動いてる……?」


 単に計算してみただけだけど、そう考えられなくもない。今できることも多くはないので、とりあえずその前提で調べてみることにした。


「ルルコット」

「ええ」


 一番大きなマップに、二番目の事件発生地点から同心円を描く。それから、数あるモニターに、予想される進路上のブロックを片っ端から表示していく――


「お、さっそく犠牲者が出始めたのか」


 ふと、背後のメアとリックの会話の中で気になる言葉が耳に入ってきた。


「え、今」


 なんて言ったの?


思わず、手を止めて振り返る。リックが言葉を繰り返した。

「犠牲者が出たか、って」

「何か、知ってるの?」

「知ってるの、って変なことを聞くんだな。兄が俺に頼んだんじゃねえか」


 言ってる意味がわからない。


 僕がリックに頼んだのは、小型モンスターの在庫集めと配置だけだ。こんな事態を引き起こすはずもない。何しろモンスターの反応もなかったんだから――


「ちょっと待って、まさか」


 壁に走って、備え付けてあるキャビネットの引き出しを探る。一段目、二段目。

――あった。


「ちょっとリック、これ握って!」


 見つけた目当てのものを放り投げる。その軌道が放物線を描く。


「いいけどなんだよ急に」リックがそれを宙で受け取った。「なんだこれ――って痛っ」

「ちょっと痛いけど我慢して」

「先に言えよもう……」


 そう言って口を尖らすリックの左手からひったくるようにそれを回収する。少し大きめの、特殊な金属でできたカプセルだ。

 握った者の魔力を吸収し、記憶することができる。


 急いでタッチパネルに戻り、いくつか操作してまた別の機械の口を開くと僕はその口めがけて指で挟んでいたカプセルを放り投げた。カプセルはどこにも当たることなく、まっすぐ吸い込まれるようにして開いた口に入っていった。その口はカプセルを飲み込むとひとりでに閉じた。画面の端にロードの表示が出る。間もなく完了になった。


黒い、大量の点が第二階層J11ブロック上に表示された。


「「うわっ」」


 メアが思わず声を上げる。僕の声と重なった。

 黒点は、モンスターを示す。


「ねえ、なんで急に表示されたの?」

「リックの魔力に調律チューニングし直したから。普段はコノハさんの魔力でモンスターの場所を拾ってるんだ」


僕の説明でまだメアの頭にはてなが残っていたけど、今は構ってる余裕がない。


「リック……何やったの?」

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