えまーじぇんしー【五】

 メアがショートパンツを履いて戻ってきた。グレーのフード付きのパーカーを羽織っているのでおなかはいいとして、それだと足が冷えると思う。裸足だし。


「どうだった?」


 メアがルルコットに聞く。


「あ、そうだ、動力炉!」何かに気を取られてすっかり忘れていたのをメアの言葉で思い出した。「廻廊は戻った?」


 そう聞きながら、操作して様子を確かめようと慌ててタッチパネルから動力制御パネルの前に移ろうしたところで、ルルコットに腕をつかんで引き戻された。


「むぐ」


「まだ触っちゃだめよ」


「むぐ――もご」


「予備機を起動したからプラントが枯れないくらいの魔力は供給されるようになったけど、まだ本番系は戻っていないの。廻廊に使っちゃうと、今度こそ足りなくなっちゃう」


 わかったから、離して!


「ん――――」


「今直してもらってるところだから、日が落ちる頃には戻ってると思うんだけど」

「ねえルルコット、そろそろ離してあげないと、お兄ちゃん苦しそうだよ」

「あら、ごめんなさい」


 ぷはっ――


「――ううん、大丈夫」


 大きく息を吸い込む。シルクの生地とやわらかい弾力の感触が顔に残っている。本当に息が止まるものなんだと変に感心した。


「よかった――」



「お兄ちゃんの変態」



「その良かったじゃないから! 動力が夜には戻りそうでよかったって言ったの!」


 最悪徹夜になるんじゃないかと心配してたけど、何とかなりそうだ。

「ふーん……あ、うわっ、すご」

 メアが呟いた。僕の方に興味を失って、画面に目をやったところだった。さっきちょうど表示を変えた画面だ。


魔法や弓矢が飛び交う戦場の中心に、雷獣ディアフォールはいた。


 四足歩行と二足歩行のちょうど中間のような姿勢を取っているせいでわかりづらいけれど、体を完全に起こした時の体長は五メートルを超えるほどだ。銀灰色の体毛に覆われ、首元にはマフラーのような純白の毛が逆立っているのが見える。鋭く細い面長の顔とは対照的に、前腕ぜんわんは太く厳つく、飛んでくる火球や光弾をこともなげに薙ぎ払う。


「生存は二十三? でも戦えてるのはもっと少ないわね。じゅうご、十六人かしら?」


 大画面の他に、いくつか別角度からの画面を呼び出しながら、ルルコットが今立っている人間を正確に数え上げた。


「うん、正解」


 すごい。僕はそんな高速に把握できない。

 死んでいる人間と生きている人間はステータス表示に数字で出てくるけど、生きている人間の数が実際に戦っている人間の数と一致してるとは限らない。生きてても起き上がれないほどのダメージを受けて倒れてたり、瀕死状態で戦線離脱している場合があるから。


「今回は八組全部が四人ずつのパーティーだったから、九人が現状死亡の状態ステータス。残りの二十三人が生存、でもその内六人が戦闘不能状態」


 だから、実態を正確に掴むためにも目視で生存者の内訳をこんな風に把握する必要がある。メア向けにまとめて説明したつもりだったけど、全く聞いてないね。


「あ、危ない!」


 映画でも見ているような感じで、メアが声を上げた。

ディアフォールの死角から黒い炎を纏った大剣を掲げた剣士が迫る。


「『業炎の太刀』ね」

 ルルコットが見定める。

「うん。こんなレアアイテムどこで手に入れたんだろ」


 振り下ろされた刃がディアフォールに触れる。けれど、それが傷をつけることはなかった。


「――あれ?」


 メアが少し間の抜けた声を出した。


「魔法武器は、ディアフォールに通らない」


 鉱石から錬成された武器ならまだ可能性はあった。それか、この剣士が『業炎の太刀』の力を最大限まで引き出せていれば、あるいは。

剣士は慌てて体勢を立て直そうとし、周囲の魔導士や弓兵が援護射撃を行うが、退避は間に合わなかった。直後、ディアフォールの頭部に生える三本の角が金色に光り、画面いっぱいが白色の輝きに包まれた。


「きゃっ――」


スピーカーをオンにしていたせいで、轟音がモニタールームに響いた。驚いたメアが小さく悲鳴を上げる。

現場はさらに凄惨だ。

ディアフォールが千千ちぢに放った雷に打たれ、戦士数名と魔法で援護していた白魔導士と黒魔導士それぞれが岩壁まで飛んだ。


「これで勇者を誰も倒してしまってないのがすごいよ……」


 今現場には八組いるので、勇者も八人いる。その誰もがこの惨憺たる戦場でちゃんと生き残っている。勇者の仲間はどんどん倒れていく中、勇者だけは死なないようにディアフォールがコントロールしている。こんな密集した状態で勇者が一人でも死んでしまったら、契約不履行の魔法が発動してこの場にいる全員が神殿まで飛んで行ってしまう。


「あれは?」


 メアが指差したのは、部屋の隅でうつ伏せに倒れている剣士だ。その右手の甲には、メリムハルト王国の紋章が刻印されているのが見える。


「死んでる?」


「いや、生きてるよ」


 メアにも分かるよう、画面にステータスを表示する。単純に立ち上がれないほどのダメージを受けているだけだった。


「なんだ、まぎらわしいね。ぱっと見じゃわかんないじゃん」


 リックだとこううまく生き死にをコントロールできないだろう。勢いあまって倒しちゃいそうだ。


「でもディアフォールは戦いながら紋章の有無をちゃんと見て攻撃を加減してるんだよ」


 この部屋に入ってきたタイミングでパーティーの中で誰が勇者の紋章を持っているかを見極めて、戦いの最中も覚えていたり確認する必要がある。時には装備を変えたかどうかも見ておかないといけないし、さっきみたいな無差別攻撃を放つときはすべての勇者の位置をちゃんと把握しておく必要がある。威力の調整ももちろん必要だ。


 ディアフォールは厳つい見た目とは裏腹にとても繊細な魔力コントロールを行っている。


「紋章? 何の話?」


 メアが不思議そうな顔をする。あれ、違った?


「見分けが手の甲だからわかりづらいって話じゃなくて?」


 まぎらわしいというからてっきりその話だと思った。おでことか頬だとわかりやすいとかは考えたことがある。


「それは確かにそうだけど。顔が光ればいいのにとか思ったこともあるけど」

「ひどいね」


 僕だったらそんな勇者はいやだ。


「でもそんなの画面で見れるし、私は別に戦ったりしないから気にする必要もないし――じゃなくて、生きてるか死んでるかの話。ほら、倒れてるだけだとどっちかわからないじゃん」

「いや、勇者に限って言えば――」

「勇者が例えばモンスターに倒されたら、どうなるかしら」


 どう説明しようかと悩んでいると、ルルコットが優しく言葉を添えてくれた。


「あ、そうか! 飛んでっちゃうんだ」


 メアが大きな声を上げた。正解。

 勇者というのは誰でも好き勝手に名乗れるんじゃなくて、メリムハルト王国の神殿で神様と契約を結んで初めて勇者として認められる。

 勇者になると、王国から便利な特権が与えられたり、神様からいろんな能力を与えられたりするんだけど、その代わりに契約に違反すると強制的に神殿に送還されるというごうを背負う。

 それは、七つの誓約と呼ばれていて、勇者の手の甲に刻まれる。実際には魔法の術式になっていて、誓約のどれかが破られると発動し、勇者をパーティーごと神殿に送還するように作られている。術式がどこまでをパーティーと認識するかがちょっと厄介なとこなんだけど。


そして、ちょうど今話しているのは――


「誓約の一つ目ね。『決して何者にも敗れることなかれ』」


 要は、勇者は死んじゃだめ、ってこと。


「だからああやって必死に回復してるんでしょ? うわ、おなかたぷたぷになりそう」


 緑色の回復薬を三本一気に飲む勇者を見て感想を述べるメア。

 この様子だと七つ全部は覚えてないだろうな。言うとまたややこしくなるから別の機会にまた勉強してもらうことにする。


「あれ?」そしてメアが何かに気付いた。「勇者は死んだら飛んでっちゃうから飛んでなかったら生きてるってことでいいけど、じゃあ仲間パートナーの方が倒れてたら死んでるか生きてるか、結局分かんないんじゃないの?」

「正解」


 勇者は見分けがつくけど、仲間の方は見分けがつかない。


「やっぱりまぎらわしいんじゃん」

「でも――あ、ほら」


 ちょうど、ディアフォールがまた一人迎撃したところだった。右の腕で弾き返した光弾が、魔法耐性の無さそうな戦士に直撃する。


「戦いを見てると、だいたい分かるから」


 今のは耐え切れなかったな。とか。


「わかんないよ」

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