えまーじぇんしー【四】
メアは最近気を抜き過ぎてる気がする。
「こんなんじゃまだ任せられないよ」
僕は呟いて、タッチパネルの操作を始めた。
コノハさんとは普段業務用の通信でしか連絡を取ることがないので、プライベート網での連絡がつかない。
S4ブロックではボスイベントが終わって、20番勇者隊のクレアゴン市街への転送が始まったところだ。部屋自体の損傷が少なかったから今回はこのまま次の準備に移る。
素早く術式と座標を打ち込み、勇者達の転送が完了するや否や別の転移門を出現させ、通称『ボス人形』を送り込む。それは高密度の魔力を織り込んだ傀儡人形の器に、僕の魔力を注入したお手製の人形だ。
さっきの段ボール倉庫とは別の場所に、一定数ストックされている。僕の魔力を注入すると、傀儡人形はなぜか僕のお父さんに似た造形になる。
子供の姿より大人の姿の方がボスっぽくていいんだけど。
転送が完了すると、ボス人形はプログラムに則って倒されて横たわっている人形の回収を始めた。再利用のためだ。自分が出てきた床の魔方陣に、今や黒と青の石の塊になった人形を横たえて、逆転送を始める。
「ギリギリ、クリアできないレベルかな」
一つ前のブロックまで迫った22番のパーティーのステータスを見て思う。
このダンジョンの踏破率は、三割を少し切るくらいに設定している。勇者達の冒険シナリオ全体から見れば、ここはちょうど中盤の締めのような位置付けだ。
ボスを倒した時に手に入る『青い爪痕がついた黒水晶』があれば、ガーランド地方のすべての神殿に立ち入りが可能になり、そこからようやく四天王の攻略を始めることができる。だからあまりにも低いレベルで四天王に挑戦し始めないようここでふるいにかける必要があるし、かといって足止めをし続けるのもよくない。後続のシナリオに勇者が足りなくなってしまうから。
そして、22番の勇者の組がようやくボス部屋に足を踏み入れた。
『ふはははは、よく来たな。勇者ども。ずいぶんとこのダンジョンにてこずったようだな? 待ちくたびれたぞ』
ボス人形が玉座から立ち上がって決められたセリフを話し始めるのがスピーカーから聞こえる。
勇者のパーティーの四人それぞれが、武器を構える。
「『待ちくたびれたぞ』って、ちょうど今準備が終わったとこだったんだけどね」
部屋にトラップをひとしきり仕掛け終えて、人形が玉座に座った直後に
「護衛がいない魔王ってどんなだよもう……」
本当なら、主格のモンスターを何体か配置するのが決まりだ。メアが在庫を切らしてしまったせいで今は裸の王様状態だけど。
ここまでをすべて右手だけで準備しながら、左手でもう一つのブロックでのボス戦を同時並行で準備していた。スピーカーを切り替える。
『ふはははは、よく来たな。勇者ども。ずいぶんとこのダンジョンにてこずったようだな? 待ちくたびれたぞ』
さっきと全く同じセリフが、また別のブロックで流れている。
数字を見ると、組の数はまだ50前後で推移している。ピークで56組まで膨れていたのは落ち着いたものの、王都側の警備兵が入場規制をかける午後六時を過ぎるまでは全く気を抜けない。
縦19ブロック×横19ブロック×地下4階層の計1444ブロック、空白や大部屋を除いて約1400ブロック。50組が動き廻るから平均して約30ブロック弱しか周囲に割り当てられない。
それが55組まで膨れると、割り当て可能ブロックは25ブロック程度にまで減る。
廻廊が動かせないせいで勇者達の進行方向はある程度固定化されること、主格のモンスターがいないせいで戦闘時間の平均が短くなることを考えると、勇者達の時間当たりの移動平均ブロック数は、最低でも20ブロックを超えてくる。
運が悪いと勇者達が鉢合わせてしまう可能性は十分にある。
「
幸い、モニタールームを離れていた間の自動運転では問題は起きていなかった。それでもシナリオの歪みは至るところで起きてしまっているから、それを急いで解消していく。
「あら、もうほとんど大丈夫そうじゃない」
「うん。それも実は廻廊が止まった直後に――ルルコット」
手を止めて振り返る。いつの間にか戻ってたみたいだ。
床に落としていったバスタオルは、今はルルコットの腕にかかっている。さすがに着替えたらしかった。
いつどのタイミングで着たのかは聞かないことにした。そして僕はルルコットから目をそらした。
服を着ているといっても、下着姿の上からシースルー素材のカーテンをまとったくらいの格好だ。水の精霊を使役するルルコットはもともと湖や海にいることが多いから今着ているものも水着みたいなもので慣れているんだろうけど、正面から見るのは僕の方が恥ずかしい。
「ここ?」
ルルコットがモニターを左の手で指差しながら尋ねてくる。右手をついて身を乗り出したせいで、ルルコットの胸が僕の頬のすぐ横にくる。
さっき僕が言いかけた話の続きを聞いてきてるんだと察して、首を一切動かさないように気を付けながら正面のモニターを見つめて答える。
「う、うん」
ルルコットが指差したのは、第三階層にある大部屋。マップのそこには緑の点が密集している。つまり、ここには勇者のパーティーが何組も集まっていることを示している。普通は絶対こうならないし、させないけど、強敵を皆で倒すような場面を用意するときは別だ。
「ヴィリーゲル地区でイベントのお触れを出してもらったんだ。午後になってすぐに。そのおかげもあって」
「リメリーさんにお願いしたのね」
通常ルートだと申請から承認が下りて交付されるまで最短でも一週間以上かかってしまうから、今回はルルコットの言うように裏ルートを使ってこんな感じの限定告知を出した。場所はもちろんこのダンジョン。
「雷獣ディアフォールの討伐。ミッションランクはSS。報酬は非公開。本当はこういうのマナー違反なんだけど……」
勇者ギルドが公開する高ランクのミッションだと、達成時の報酬が未公開なのは珍しくない。それ自体は悪いことではなくて、実際にはクリアできないミッションというのがよくない。
「まあ、もう三時間以上経ってるじゃない」
雷獣ディアフォールを配置したのは、イベントが告知されたのと同じタイミング、午後一時半過ぎ。今は午後五時になろうかというところだ。
「本当にこういう時は頼りになるよ」
「八組も同時に相手してるのね」
離脱や再参戦もありながら、今現在部屋にいるのはルルコットが言う通り八組だ。
ここでディアフォールが足止めしてくれてる組は、少なくともこの戦場から離脱するまで僕の方で動きを把握しておく必要がなく、管理負担の面ですごく助かっている。
「うん、見た目はね。実質そんなにいないんだけど」
タッチパネルを操作して、第三階層のマップのA1からC3をぶち抜いて作られた大部屋の様子を映そうとした、ちょうどその時。
「あれ? ルルコット、戻ってたの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます