26.

「レーザー荷電式スタンガンのたぐいか? 出力によっちゃ『気絶』だけでは済まなそうな代物シロモノだな」レインコートの男が言った。「挨拶あいさつも無しに、いきなり物騒なモンこっちに向けんじゃねぇ」

「いったい何者だ? なんで僕らの後をけ回すんだ?」光線銃を突きつけたまま、僕は240Zの横に立つ中年男にたずねた。

「他人に名を尋ねるなら、まず自分から名乗れよ……と、言いたいところだが、こんな気色の悪いトンネルん中で気取ってもしょうがないか……梅塚うめづかデンジュウロウってんだ。よろしくな」

「変な名前だな。それ、本名か?」

「疑うくらいなら、最初からくな」

「何者だ?」

「警察庁・警備局・異世界探索課の警部だ……いや……だった、と言うべきか」

「警察庁の刑事?」

「ああ、そうだ……ただし、もう随分ずいぶん長い間、本庁と連絡が取れていない……今は、ただ目的もなく異世界から異世界へ転々と放浪しているだけの旅鴉たびがらすさ」

「元の世界には戻らないのか?」

「戻らないんじゃなくて、んだ。お前らが何処どこから来たのかは知らんが、自分の故郷に帰るのはあきらめた方が良い……その様子じゃ、お前の世界にも『警視庁』という役所が存在しているらしいが、たぶん俺の知っている『警視庁』と、お前の知っている『警視庁』は別物だ。俺の生まれ育った世界と、お前の世界とは、互いに似て非なる『別の世界』である可能性が高いからな」

「そんな……」

「さあ、こっちは名乗ったぞ。今度はお前の番だ。名前ぐらい教えろよ」

 ちょっと迷ったけれど、ここは正直に自分の名前を言うことにした。「猪狐狸いのこりケンゴウだ。イノシシにキツネにタヌキって書いて、猪狐狸いのこり

「それ、本名か?」

「疑うくらいなら、最初からくな……って言ったのは、あんただろ」

「そりゃ、そうだな……ごもっとも」

「何で、僕らの後をける?」

「別に、けてた訳じゃないさ。長い長い一本道で、たまたま、お前の自動車くるまが前を走っていた、ってだけだ」

「……」

「納得できない、って顔だな」

「ここまでの道は、ほぼぐかつ平坦な舗装路。あんたの240Zなら僕のジムニーを簡単に追い越せたはずだ。なぜ、付かず離れずの間合いで僕らをけた?」

「視界三十メートルの豪雨の中で、危険を冒してまでお前らを追い越す意味は無いだろう」

「……」

「またもや、納得できない、って顔だな……じゃあ、こういう理由は、どうだ? 『進行方向に何があるかも分からない未知の道路で、お前らの自動車くるまを先に行かせて危険を回避するつもりだった』……と」

「僕らに〈露払つゆはらい〉の役目をさせた、ってことか?」

 僕の問いに、レインコートの中年男……梅塚うめづかデンジュウロウはうなづいた。

「俺がこの凍結路面に気づけたのも……」梅塚が自分の足元を見て言った。「先行するお前らのジムニーの姿勢が乱れたからだ。お前らが先にスリップしてくれたおかげで、後続の俺は路面の異常に気づいて安全速度までスピードを落とすことが出来た」

「ずいぶんだな……じゃあ、あの〈親子オヤコモドキ〉とやらを倒して、僕らを助けてくれたのは何故なぜなんだ?」

「あの化け物には、何度も遭遇して、何度も撃ち殺している……『親子に擬態する』ってトリックを知っていれば、それほど恐い相手でもない。あんな雑魚ざこに、せっかくの〈露払つゆはらい〉役を食われてしまうのは損だと思ったんだ」

(全く、いけしゃあしゃあと言ってくれる)僕は、顔色ひとつ変えずに憎まれ口を叩く梅塚を見て思った。

「いい加減、銃口を下げてくれないかな?」梅塚が、僕の手元を見て言った。

「それは、まだ無理だ……梅塚さん、あんた、そのレインコートの下にド巨大でかい拳銃を隠し持ってるんだろ? 悪いけど、僕は、まだあんたを完全に信用した訳じゃない。銃を持ってる〈信用できない相手〉に背中を見せるほど、僕は馬鹿じゃない」

「ふんっ、若造が一端いっぱしの口をくじゃないか」梅塚の顔ににがい笑いが浮かんだ。「じゃあ勝手にするが良い」

 梅塚が一歩、二歩と凍結路面を踏んで僕の方へ近づいてきた。

 薄く張った氷の上を歩いているというのに、少しもフラついたり滑ったりしない。

「来るな……それ以上近づくな」僕は少しだけ語気を強くした。

 その僕の言葉を無視して、レインコートの男はジムニーの後輪の横に蹲踞しゃがんでタイヤの表面をジッと見つめた。

「なるほど、全地表面対応オール・テレインタイヤか……それにしても、この凍結路面で、よく安全に停車できたものだ」彼は独りごとをつぶやくように言いながら立ち上がり、クルリと体の向きを変え、今度はトンネルの壁の方へ歩いて行った。

 240Zの男は、無数の異世界人の化石がビッシリと埋まった黒灰色こくかいしょくの壁をしばらく見上げた後、僕の方を振り向きもせずに「おーい、こっちへ来てみろよ」と大声で言った。

 ヤツの言葉に従うのはしゃくだったけど、一方で、あの不気味な壁には、僕も少し興味を覚えていた。少し迷ったけど、結局、近くで壁を見たいという気持ちの方がまさった。

 フラつきながら、一歩一歩、慎重に氷の上を壁に向かって歩いた。

(くそっ、何で、ヤツはこんなスケートリンクみたいなツルツルの路面を普通に歩けるんだ?)

 心の中で悪態をきながらユックリと壁に向かって歩き、何とか転ばずに梅塚の横に辿たどり着いた。

「良い加減、それ、仕舞しまったらどうだ?」梅塚が、僕の持っている銃を指差して言った。「手がだるいだろ?」

 怪しい男だが、これまで敵意や殺気を感じたことは無い。

 信用しても良いのか? と一瞬だけ迷い、その自分自身の迷いを断ち切るように、僕は、あらためて拳銃を持つ手に力を入れた。

「用心深いのは悪いこっちゃ無いが……」彼は、横目で僕の顔を見て言い、それから視線を上げて壁の上の部分を見た。「しかし、何事もを越えるとイヤミだぞ」

 僕もつられて壁を見上げる。

 半円筒形のトンネルだから壁と天井の間にハッキリした境目は無いけれど、とにかく壁から天井までビッシリと石化した人型生物の死骸でくされていた。

 僕ら人類より背が高く、手足が細長く、頭部も上下に長く、顔には眼窩がんかが三つあった。

(……あれ?)

 間近で見るまで、僕はそれらを異世界人の化石だと……つまり、長い年月をて石化しただと思っていた。

 皮膚も内臓も目玉も腐り落ち、骨だけになった死体のれのてだと思っていた。

 けれど、実際には、目の前の壁を埋め尽くしているのは、骨だけになった化石ではなかった。

 硬質化した皮膚が全身を覆っていた。

 腹部には内臓を思わせる膨らみがあり、眼窩がんかには目蓋まぶたのようなものがあり、目蓋の内側には眼球が収まっているような気がした。

(恐竜やマンモスの化石にも、皮膚や体毛ごと石化したものがあるって話は聞いたことがあるけど……)

「インテユニ人だ」相変わらず壁を見上げたまま、梅塚が言った。

「え?」僕は梅塚を見た。

「インテユニ人だ」もう一度、梅塚が言った。「通称『インテユニ世界』と呼ばれる異世界に住んでいた知的生命体だ」

「これだけ多くの化石があるって事は……大昔に、何らかの大規模な自然災害があったのか? それで絶滅した、とか?」

「え?」

「確かに石みたくカチンコチンに固まってるけどな……こいつらは。それどころか

「どういう意味だよ?」

「だから、って言ってんだよ」

 まさか。この壁に埋め込まれた無数の異世界人の化石が……みんな、生きている……だって?

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