25.

 トンネルは長く、いつまでたっても出口は見えなかった。

 感覚としては、どこまでも真っ直ぐに奥へ奥へと伸びているように感じた。

 けど、出口が見えないということは、実際には人間に知覚できない程ゆるやかに左右どちらかに湾曲しているのかもしれなかった。

(あるいは、地球の丸みに合わせて下へ下へと湾曲しているのか……ここが地球上の何処どこかだったなら、って前提だけど)

「なんか、また寒くなったね」とサトミ。

 外気温計を見ると、確かにさっきより気温が下がっていた。

 ヒーターの風量を目盛り一つぶん強くした。

 暗闇の中、ヘッドライトだけを頼りに奥へ進む。

 視界に浮かび上がるトンネルの壁は、相変わらず、折り重なった異世界人たちの化石でくされたていた。

 さらに車内の温度が下がった。

 ヒーターの風量をさらに強くした。

 外気温計は……なんと、れい度を下回っていた。

 そういえば、さっきまで天井からポタポタれていた結露のしずくが、今は垂れて来ない。

(トンネル内の温度が氷点下になって、天井の水気も凍ってしまったのか……)

 ……そう思った瞬間……

 いきなりハンドルの手応えが無くなった。

 後輪がわずかにズルッと横に滑った。

(しまった!)

 路面が凍結していた。

 油断した……まさか、トンネルの外と中でこんなに温度差があるとは思わなかった。

 スリップして、トンネルの壁に……あの異世界人が浮き彫りされた『地獄の門』のような壁に激突するという最悪の事態が脳裏に浮かんだ。

 反射的にギアをニュートラルに入れ、軽く触れるか触れないかという程度の弱い力でブレーキ・ペダルを踏み、少しずつ少しずつ踏力を強めていく。

 ハンドルは中立を保持するだけで精一杯だ。

 比較的低い速度で走行していた事、トンネルが何処どこまでも真っ直ぐに伸びていた事(つまり、自動車くるまの慣性の向きとトンネルの向きが平行だった事)、そして何よりトンネル内に障害物が無かった事が幸いして、長い長い制動距離の果てに、僕は、愛車ジムニーを何とか無傷のまま停車させることが出来た。

 自動車くるままった瞬間、僕は思わずステアリング上部に額を押し付け、大きな溜め息をいてしまった。

 そこで後続の240Zの事を思い出した。

 いくら僕がスリップを回避しても後続車に追突されたんじゃ元も子もない。

 バックミラーを確認する。

 はるか遠くに、ヘッドライトの明かりが見えた。

 最初は、近づいているのどうかも分からなかった。

 しばらくジッと見つめて、人間が歩く程度の遅さでジリジリこっちへ近づいていると確認できた。

やっこさん、スリップする前に凍った路面に気づき、速度コントロールしたって訳か……僕なんかより遥かに注意深いし、たぶんドライビング技術も上だ)

 じっくりと時間をかけ安全な速度で進んで来た240Zは、ジムニーの真後ろに縦列駐車のような格好で停車した。

 240Zのドアが開いて、あの目つきの鋭いレインコートの男が現れた。

 僕も車外へ出ようとドアノブに手を掛けた。

「どうするつもり?」サトミがいてきた。

「あいつと話してくる」

「大丈夫なの? 危ないやつかも知んないじゃん」

「向こうは僕のジムニーなんかよりずっと高性能な自動車くるまに乗ってるんだ。僕らに対して何らかの悪意を持ってるなら、とっくの昔にいるさ」

「……でも」

「さっきも助けてくれたじゃないか」

「……」

「確かに、現段階では敵か味方かも、何を考えてるのかも分からない奴だ。でも、だからこそ、話してみるべきだと思う……はっきり味方だと断言は出来ないけど……少なくとも敵ではないって方に賭けてみるよ」

自動車くるまに鍵をけて籠城した方が良くない?」

「〈親子オヤコモドキ〉とかいうバケモノを倒した、あのド巨大デカい拳銃を見ただろ? あんなので撃たれたら、このジムニーの窓ガラスなんて障子しょうじ紙みたいに破れてっ飛ぶよ……繰り返すけど、少なくとも敵じゃないって方に賭けるんだ。それ以外に僕らには選択肢が無い」

「……」サトミは、一瞬、迷っているような表情を浮かべ、それからジャケットの下に手を入れて自分の光線銃を取り出した。

 僕は、撃たれるのかと疑い、身構えた。

「はい。これ」彼女が銃を逆手に持ち替えグリップを僕の方へ向けて、差し出した。

「え?」

「これを持って出て。この銃身に付いてるレバーが安全装置兼威力調節器。『S』のポジションで引き金がロックされる。『L』が威力・弱。およそ三十分間気絶させられる。『M』が威力・中、およそ一時間気絶。『H』が威力・大で撃たれると死んじゃう……分かった?」

「うん。分かった……けど、良いのか?」

「良いから、良いから……早く受け取って」

 僕はサトミから銃を受け取った。「ありがとう」

「気をつけて」

「うん……」

 ドアを開け、ジムニーの外に出た。

 寒い……

 確かに、トンネル内の温度が氷点下まで下がっているというジムニーのセンサー表示に間違いは無さそうだ。

 ……と、思った瞬間、足元がツルッとすべって、自分の自動車くるまの横でコケてしまった。

「大丈夫?」車内のサトミが驚いて叫んだ。

 僕は、心配そうな顔の彼女に苦笑にがわらいを返して立ち上がり、運転席のドアを閉めた。

 凍った路面に足をって立ち、ごしでソロソロと振り返り、男と正対した。

 そしてサトミの銃を持った右手をゆっくりと持ち上げ、安全装置のレバーを親指で『L』の位置にセットし、先端の光線発振器を男に向けた。

 レインコートの男はダランと力なく両腕を垂らしたまま、僕に銃を向けられた事を気にする風でもなく、無造作に240Zの横に立っていた。

 両手のどちらにも、例の大型拳銃は持っていなかった。

(あのレインコートの下に隠し持ってるんだろうけど……それにしても……こんなツルツルの凍結路面で、よくあんな風に安定して立っていられるもんだな……滑り止めの付いた靴をいているのか、それとも、よほど運動神経とバランス感覚が優れているのか……)

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