24.

 目の前に、巨大な壁があった。

 豪雨で限定された視界の中で、右を見ても左を見ても壁がどこまで続いているのか分からなかった。

 フロントガラスに顔を付けるようにして見上げても、多量の雨粒にかすんで、壁の上端は見えなかった。

 一体いったいどれほどの幅があり、どれほどの高さがあるのか……とにかく、とてつもなく巨大な壁だという事だけは直感できた。

 威圧するような物凄い存在感だった。

 僕らが走って来た道は、その大きな壁に対して、ほぼ垂直に接していた。

 巨大な壁の、道路と接している部分には、半円形の『穴』が開いていた。

「トンネルの、入り口?」サトミが呟いた。

「そうかも知れないけど、分らない……これが一本道の終着点で、トンネルを抜ければ森を出られるのか……それとも、トンネルの向こう側にも『迷いの森』が続いているのか」

 目をらして『穴』の奥をのぞいてみた。真っ暗で、中がどうなっているのか確認できない。反対側の出口らしきあかりも見えない。

 これがトンネルだとしたら、向こう側の出口は大分だいぶ遠くに……こちらからは見えないほど奥深い所にあるという事か。

 この目の前にそびえる巨大な壁のようなものは、『壁』というより『崖』と言った方が相応ふさわしいのかも知れない。

 ジムニーを徐行させ、そろそろと『壁』(あるいは『崖』)の横っ腹に開いたトンネルの入り口のみたいな暗い穴に近づいていく。

 遠くからは雨でよく見えなかったけど、近づいてみると、壁面に何か浮き彫りレリーフのような物が見えた。

「人間の化石だ……」僕はその浮き彫りレリーフを指差して言った。

 壁(あるいは崖)の側面をビッシリとくすその浮き彫りレリーフは、だった。

 ……いや、正確には『異世界人』か。

 温泉で会った〈記憶する者〉たちとも、さっき現れた全身緑色のうろこに覆われた妖怪〈親子オヤコモドキ〉とも違う、そして、もちろん僕ら人間とも違う姿の、異世界人たちの化石だった。

 僕ら人間よりも細く、背が高く、頭蓋骨が縦に伸びていて、眼窩がんかが三つあった。

 その、人間に似ていながら人間とは明らかに違う生物種族たちのむくろが、半身を『壁』の中に埋没させ、半身をこちら側に向けた形で固まっていた。

「いやっ、気持ち悪い」サトミが壁から目をらす。

 僕はブレーキを踏んで、巨大な壁に開いた穴……あるいは、崖下に穿うがたれたトンネルの入り口……で、一旦いったん停車した。

「さて……」豪雨が自動車くるまの車体を叩き続ける中、ジムニーの狭い車内で、僕はサトミを見た。「なんだか怪しいトンネルだけど、どうする? 奥へ進んでみるかい?」

「どうする、って言われても……運転しているのはケンゴウくんなんだから、ケンゴウくんが決めてよ」

 時計を見た。

 まだ日暮れまで時間がある。

 燃料計は……半分を割り込んでいる。あと残り三分の一って所か……まだ、百キロ以上は走れるはずだ。

「じゃあ、入るよ」そう宣言し、僕はギアを入れてアクセルをそろりと踏んだ。

(トンネルの長さが百キロもある……なんて冗談は無しにしてくれよ)

 ここは僕らの知っている世界じゃない。

 僕らの知ってる常識は通用しない。

(真っ暗なトンネルの中でガス欠になって立ち往生……とか、ホントそういうのだけは頼むから勘弁してくれ。洒落にならんぜ)そんなことを神様だか仏様だかに祈りながら、ゆっくりとジムニーを進めた。

 一つもあかりの無い真っ暗なトンネル内に入り、ヘッドライトをけた。

 すぐにハイビームに切り替える。

 半円筒形のトンネルの壁・天井も、石化した異世界人の死体でビッシリ埋まっていた。

 後続車がヘッドライトを点灯させ、その光がバックミラーに反射した。

(そういや、後ろからけられてたんだっけ……あの大型拳銃を持った目つきの鋭い男が運転する240Zも、トンネル内に入ったってわけか)

 壁も天井も異形の者たちで埋め尽くされた不気味なトンネルの中じゃ、僕らの後をける謎の自動車くるまさえも、頼もしい仲間に思えてくる。

「なんか、寒いね」真っ暗なトンネルをしばらく進んだ所で、サトミが言った。

「うん」僕はうなづいた。「きっとトンネル内の温度が低いんだ」

 メーター横の液晶表示を外気温モードにしてみた。

「さっき森の中で確認した気温より七度も下がってる」

 ヒーターを入れた。

 当たり前の話だけど……トンネルに入って百メートルも奥へ進むと、激しい豪雨の音は全く聞こえなくなった。

 その代わり、天井で結露した水滴がポタリ……ポタリ……と落ちて来て、ジムニーのフロントガラスを打った。

 最速にしていたワイパーを間欠モードまで落とした。

 石になった無数の異星人が壁に塗り込められた長い長いトンネルを、ヘッドライトのあかりだけを頼りに冷気と闇をき分けながら、僕らは奥へ奥へと進んだ。

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