8.
小学生時代、僕は宿題が苦手だった。
「宿題が好き」なんて言う小学生は
……でも、僕は駄目だった。
僕の場合、「宿題をやらなきゃ」という気持ちばかりが先行して、机の前には座るけれど、なかなか鉛筆を持つ手が動かず、たまに動いてもノートに
それで、最終的にどうなるのか、どうするのかといえば、すべてを投げて布団の中に潜り込み、
宿題も、学校も、僕をなじる先生の顔も消え去って……つまり世界そのものが消え去って、時間も止まって、ただ安らかな無の空間を漂っているような気分になれた。
もちろん、それは
つまり……
『現実逃避では何も解決しない。しかし、逃避している間だけは、とりあえず楽になれる』
……ということだ。当たり前の話だが。
* * *
遠くで小鳥の鳴く声が聞こえた。
小鳥の声がだんだん近づいてくる。
いや、逆だ。
だんだん僕の意識が浮かび上がって、現実の水面へ近づいているんだ。
眠りの暗い水中から、現実世界へ顔を出した。
目を開けた。
あいかわらずの真っ暗闇、ではなかった。
弱い光が、空間を照らしている。
ジムニー車内後部。
窓に貼った目隠し布の
車中泊の時の習慣で、ついうっかり窓を
(まだ、あの不気味な住人たちが歩いているかも……)
布を少しだけ折り曲げ、
誰も居なかった。
公園と道路を分ける柵の向こう側で、夜露に濡れた木々が朝日を浴びて細かい反射光を放っていた。
(誰もいない。霧も無い。太陽が昇って町を照らしてる)
僕は急いで全ての窓の黒幕を外し、朝の光を車内に呼び込んだ。
運転席に移り、ドアを開け、靴を履いて外に出た。
良い天気だった。
大きな公園から、朝と木と夜露の香りの混ざった弱い風がさらさらと流れて来て、僕の鼻をくすぐった。
五月上旬の、名も知らない町(ナビは信用できない)の、誰もいない公園脇の、誰もいない路上に、僕は立っていた。
「ははは……」
独り笑いが込み上げてきた。
「初めてだな……現実逃避して良い結果が出たの、初めてだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます