7.

 真夜中、前方の霧の中から次々に人が現れ、僕のジムニーの横を通り過ぎて後方の霧の中へ消えていく。

 男、女、老人、子供……

 彼らは例外なく、ジムニーの横を歩きながら、窓から車内の僕を舐めるように凝視した。

(こいつら、何なんだ?)

 そこでハッと気づき、あわててドアロックが掛かっているか確認した。

 こんな気味の悪い連中が自動車くるまのドアを開けたら、と思うと背筋が凍った。

 ……大丈夫。掛かっている。

 集中ロックだから、運転席側の施錠さえ確認すれば、全てのドアとハッチが施錠されていると考えて良い。

 僕は、少しだけ、落ち着いた。

 相変わらず窓から車内をのぞいてくる青白い顔たちから目をらし、僕はうつむいてステアリング・ハンドルの下を見つめた。

 今のところは『無遠慮に車内を覗き込まれる』以上の実害は無い。

 しかし、こいつらが束になって、石で窓ガラスを割るなりの物理攻撃を仕掛けてくれば、僕のジムニーなど一溜ひとたまりもないだろう。

 顔を下に向けたまま目だけを動かして、おそる恐る窓の外を見た。

 霧の向こうから次々と現れる連中の数は、さっきより確実に増えていた。

 青白い顔の大学生風の男と目が合った。

 僕はあわてて視線をらし、自分の足元を見つめた。

(チクショウ、数が増えてんじゃねぇか……)

 とにかくこの場から逃げようとも思ったが、下手へたに動いて奴らを刺激するのも嫌だった。

 それに……これは直感だけど……仮に車を発進させても、この人間のむれが素直に道を開けて僕のジムニーを通してくれるようには思えなかった。

 エンジンを切った。

 僕は、もう、考えるのをめたくなった。

 現実逃避して、とにかくこの状況が過ぎ去ってくれるのをひたすら待つ事にした。

 靴をいで、寝袋を敷いたままの助手席側から車内後部へまわって、後部ハッチと窓に黒い幕を貼り付け、中を覗き込む奴らの視線をふさいだ。

 前席との境にも仕切りの幕を垂らし、幹線道路で寝たときと同じように、車内後部を外界から(視覚的に)隔離した。

 本質的な解決じゃないって事は、分かっていた。

 ただ目をふさいで閉じこもっただけだ。

 でも、もう今夜は疲れた。

 何も考えず、外界から切り取った(という錯覚に浸れる)小さな空間に閉じこもりたかった。

 さいわいにも、外を歩く連中が僕のジムニーに物理的攻撃を仕掛けてくる気配は無かった。

 窓を黒幕でふさいで車内後部の小さな暗闇の中に居れば、そこは静かで、心をざわつかせる何物も無い真っ暗な空間だった。

 体を丸めて横たわり、僕は、ただ暗闇を見つめた。

 静かだった。

 眠気が差して来た。

 ゆっくりと重みを増していくままに、目蓋まぶたを閉じた。

 意識が薄れていく。

 本能の欲求に従う心地良さだけが最後に残り、やがてそれも消えて、僕は眠りの中へ落ちていった。

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