●14●「決勝戦」

『今夜23時、夏樹ハイタワービル屋上にて待つ。一人で来い。決着をつけよう』


 刹那のスマホにそのメッセージが来たのは、夜明け前のことだった。

 空は白み、空気はしんと冷たく、静かな時間帯。

 刹那が、阿久根神社の階段の頂上で奏とクラリスの帰りを待っていた時の事だった。

 ――多分、二人は帰ってこない。

 そんなことは分かっていた。彼女達にとって、殺すべき相手である自分がいる所にわざわざ休みに戻りはしないだろう。来るとしたら、自分を殺しに来た時だ。

 それでも、刹那は彼女達の帰りを待ちたかった。

 スマホのメッセージの送り主は、奏。簡潔な文章に、彼女の固い決意が感じられた。

 ――行こう。

 奏がそう思っているのなら、俺も応えるべきだ。刹那はそう思う。

 彼女が悪魔を憎む理由は聞いた。魔王を憎悪する理由も。それはそのまま、刹那の生存を望まない彼女の意志に繋がる。

 刹那自身の願いは、生きることだ。生きて、奏とクラリスと共にもう一度――仲間として、食卓を囲みたい。

 決して交わらない二つの望み。それを通そうと言うのだから――自分の思いを、全力で彼女にぶつけなきゃいけない。そう刹那は感じる。

 

「刹那君、ちょっと来てくれるかな――」


 背後、阿久根神社の祭壇の方から、神楽の声が響く。彼は夜通し作業をしていたようだ。悪魔封印の術式を利用して、魔王の力を封じる符を作れないか――とのことだった。

 ありがたい、と思う。自分は世界を滅ぼすかもしれないのに――それでも自分の願いに答えてくれる人がいる。

 だから、と刹那は決意する。自分は、自分の願いを否定しない。例え正しくなくても、間違っていると世界中に言われたとしても――自分の願いを、最後まで貫くと。

 彼はそう心に決め、まずは叔父を手伝うべく、祭壇へと歩いていくのだった。

 

 ●●●

 

 そして。深夜二十三時。夏樹ハイタワービル屋上。

 正式な開業前で、まだ資材も置きっぱなしの屋上に、二人の人影があった。

 茶髪に黒コートの少年、阿久根・刹那と。

 黒の戦闘服に黒髪の少女、黒咲・奏。

 奏は両手の鉄甲をガチリと合わせながら、刹那を見やる。

 

「――本当に来るとはな」

「奏の頼みだからな」


 刹那は真っ直ぐに、奏の目を見る。

 

「クラリスは、どうしたんだ?」

「アイツは置いてきた。――アイツはお前を殺すことに反対なんだ。今朝から予知やら何やら、忙しそうにしてたが――何も見つからなかった」

「――奏は、俺を殺すんだな」

「ああ、そうだ。オレはお前を殺す。魔王を誕生させるわけにはいかない。世界を滅ぼさせるわけには、いかないんだ」


 奏のツリ目気味の瞳が、刹那の目を見返す。真っ直ぐに。その目に、躊躇いは見えない。そう、刹那は感じた。

 奏の本気。奏の本音。だから、と刹那は口を開く。自分の本音をぶつけるために。


「――奏。俺は、死にたくない。魔王にもなりたくない。俺は――生きたいんだ」

「そうか」


 刹那の言葉に、奏は短く返す。飲み込むように、一息置いてから――確固たる決意を持って、返す。

 

「だがそれは無理だ。テメェの右手の痕が――魔王の力が、それを許さない。魔王の力は世界を滅ぼすことを、宿り主に強制する。それに耐えられないのは、テメェが一番分かってるだろ。お前が生き残れば、魔王になる。だから――殺す」


 言って、奏は胸元からアンプル――天使化薬を取り出す。アンプルの先を折り、中身を一気に嚥下する。

 奏の身体に光が宿り、天使の輪・天使の四枚羽が現れる。

 その圧倒的な存在感に、気圧されながら、刹那もまた、"変身"と唱えた。脳内の回転弾倉式拳銃リボルバー撃鉄ハンマーを起こし、全身に流れる血流を意識する。全身が熱くなり、炎が上がり――炎の中で、髪が赤髪へと燃え上がり、黒金の外骨格を纏い、異形の巨大銃器を構える。

 天使と悪魔。強大な力同士が顕現し、力の余波ぶつかり合う。耐えきれない、とでも言うように地面にはひび割れが一人でに生まれ、バチバチと閃光が走る。

 奏は拳を握り。刹那は銃を構え。二人の間で、戦闘の口火が切られそうになった時――

 

「待てい下郎共。そこの半分悪魔を殺すのは――この我である」


 第三の存在が、屋上に割って登場した。

 

 ●●●

 

 白銀の鎧に身を包んだ、時代錯誤な姿をした青年。右手の甲には五芒星の痕が光っている。魔王候補の一人、マモンである。

 

「魔王戦争、さてどう勝ち抜いたものかと思案しておれば――たった一晩でもう参加者は我とそこの小僧だけではないか」


 彼はバチバチと火花を散らす刹那と奏の間に平然と進み、笑みを浮かべる。

 

「このまま小娘が小僧を殺すのを見届けてやってもいいのだが――それでは漁夫の利で魔王になってしまう。この我が、魔王の座を誰かに与えられてしまう。それは耐えられぬ恥辱だ」


 ゆえに、とマモンは剣を抜き、刹那へとその切っ先を向ける。

 

「小娘、貴様は黙ってみているが良い。この小僧は我が殺してやろう」


 征くぞ、とマモンが剣を振りかぶり、刹那へと突撃する。刹那はそれを防ごうと、巨大銃器を盾に構えるが――マモンの剣が、巨大銃器に叩きつけられることは無かった。

 

「――何のつもりだ、小娘」

「――後から来てゴチャゴチャ言ってるけどよ……」


 刹那へと叩きつけられたマモンの剣は――奏のクロスした両腕の鉄甲によって受け止められていた。

 剣を受け止めたまま、奏が苛立たし気に喋る。

 

刹那こいつを殺すのはオレだ。どこの誰にもくれてやるつもりはない。それに――テメェだって魔王候補の一人だろうが。ならオレの敵だ。――殺す!」


 頑、と剣を弾き飛ばし、がら空きとなったマモンの胸に拳を叩き込む奏。天使と化した奏の打撃は凄まじく――ただの一撃で、マモンを屋上の崖際まで吹き飛ばした。

 

「――なるほど。貴様も死を望むか。ならば望み通りくれてやる……!」


 吹き飛ばされたマモンが忌々し気に表情を歪めながら、立ち上がる。その身体には傷一つ無い。その姿に、奏は昨夜の神楽のマモン評を思い出す。魔王戦争の参加者の中で、最強。彼はそう言っていた。それだけのことはあるようだ。

 立ち上がったマモンを剣を振り上げ、叫ぶ。

 

 「"門よ開け! 我が僕、突撃騎馬兵よここに!!"」

 

 呪文と共に、剣を縦一文字に振るう。空間が断ち切られ、歪み――白銀の光に溢れる穴――門となった。門から影が現れ――重い連続した足音ともに、飛び出してくる。

 影の正体は、白銀の鎧に身を纏った、騎馬に乗った兵士であった。白銀騎馬兵が、槍を構えて奏へと突撃する。

 奏は迎撃しようと、拳を振りかぶり――

 

「"焼滅魔弾バーンアウト・バレット"――発射ファイア!!」

「OOOOOOOOOhhhhhh……! Ohhh……」


 殴ろうとした騎馬兵が、背後の刹那が撃った焼滅魔弾によって炎上する。

 

「――何のつもりだ、刹那」

「奏は、仲間だ。俺はそう思ってる。だから援護した、それだけだ」


 刹那の言葉に、奏は苛立たし気に舌打ちをし――マモンへと完全に向き直る。そのまま背後の刹那に向けて、叫ぶ。

 

「テメェは後だ。まずはこの金ぴか野郎を殺す……!」

「分かった」


 ガチャリ、と異形銃器をマモンに向ける刹那。そんな二人の様子を見たマモンが、牙を剥いて笑う。

 

「いいだろう……二人まとめて我が軍で圧殺してくれる!! "門よ開け! 我が僕、我が軍団よここに"!!」


 呪文と共に剣を無数に閃かせ、空間に数えきれない"門"を作る。門からは地響きのような足音が響き――たちまち、屋上の半分を占拠するほどの軍団が現れた。

 騎馬兵がいる。歩兵がいる。戦車兵や象に乗った兵もいる。多種多様な兵達が、白銀の鎧を纏い――刹那と奏を取り囲む。

 

「さぁ――蹂躙である!!」


 マモンの号令と共に、白銀の軍団が二人に襲い掛かる――

 

 ●●●

 

「"焼滅機関銃バーンアウト・ガトリング"――発射ファイアァッ!!」

「"天拳聖裁"――"流星拳"!!」


 白銀軍団に取り囲まれた二人は背中合わせになり、互いに前面百八十度にいる敵目掛けて攻撃を開始する。

 刹那の異形銃器が無数の火炎弾を放ち、奏の両の拳から光弾が流星群の如く発射される。

 炎と光の嵐は、マモンの白銀の軍勢を撃ち砕いていくが――

 

「"門よ開け――"」


 倒された端から、マモンは"門"を開き、軍勢を追加していく。軍勢は後から後から湧いて出現し、まるで数が減らなかった。

 

「我が無限の兵力――小僧二人で捌き切れると思うな!!」


 ハァーッハッハッハッ、と高笑いのマモン。軍団は無限であり、いくらでも補充は出来る。対して敵は小僧は二人。確かにそれなりの強さは持っているが――所詮は二人。いずれ体力も気力もつき、軍団に押しつぶされるであろう。

 勝ちの決まった勝負。覆す事の出来ぬ物量の勝利。これぞ、王道。マモンは気分よく、高笑いを続ける。

 

「くそ、すっかり勝った気でいやがるぞあの金ぴか野郎……!」

「このままだとジリ貧だからな」


 マモンの高笑いに苛立たし気に呟く奏に、刹那が応える。彼の言葉通り、このままではいずれマモンの軍団に飲み込まれ――二人とも殺されてしまうだろう。

 絶望的と言える状況下で、しかし刹那は表情を変えない。闘志を燃やしたまま、奏に告げる。

 

「――三秒後に、馬の時のアレをやる」

「――分かった」


 短いやりとり。二人には、それで十分だった。

 三、二、一――胸中で数えながら、刹那は異形銃器のチャンバーを回転させる。属性変更、魔法術式選択――

 

「"重力圧死グラビティ・プレッシャー"――発射ファイア!!」


 魔法起動。黒い魔力が発射された時、奏は既に空へと飛んでいた。

 一人地面に残った刹那目掛けて、白銀の軍団兵達が襲い掛かる。しかし、彼らの剣が、牙が、刹那を襲うよりも早く――黒の魔力弾が、炸裂する。

 

「これは――何だ!?」


 マモンが驚愕の声を上げる。黒の魔力が炸裂し、それに包まれた白銀の軍団兵が――皆地面へと叩きつけられる。否、叩きつけられる所ではない。ミシミシと音を立てながら、地面へと潰れていくのだ。

 

「ぐ、うぉぉぉぉぉぉ!?」


 それはマモンとて例外では無い。黒い魔力に包まれた全身が地面に引き付けられる。強化重力によって拘束される――なんてレベルでは無い。まるで対象を圧し潰すような――

 剣を杖に、何とか立った姿勢を維持するマモン。そこに、天空から光が舞い踊る。

 

「"天・拳・聖・裁"!!!」


 翼を広げた奏が、流星の勢いでマモンへと突撃し――その勢いのまま、マモンの胸板を――その奥にあるコアを打ち貫く。そのまま白銀の悪魔を、地面へと叩きつけた。

 

「馬鹿な……この我が……このマモンがァァァァァァ……!!!」


 コアを砕かれ、再生もままならぬ状態になった白銀の悪魔は――そのまま黒の重力に飲み込まれるように、自身の軍団と共に――重力の底へと潰れていったのだった。

 

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