●13●「天使化薬」
同じころ、夏樹市ハイタワービルの屋上にて。奏とクラリスが、言い争いをしていた。
議題は一つ。刹那を殺すか否か、である。
「殺すしかない」
奏の意志は固かった。
「魔王になる可能性がある以上――他の魔王候補の悪魔と同じく、刹那を殺すしかない。そうだろう、クラリス」
「それは、そうだけど――」
クラリスの歯切れは悪い。何故なら。
「奏。私には、彼が世界を滅ぼすなんてこと、するとは思えないの。だってこの一週間、見てきたでしょう? 彼は半分悪魔でも――私達と同じ
「魔王になったら関係ない」
クラリスの言葉を、奏は斬って捨てる。
「さっきの鬼を殺す所を見ただろう。魔王候補になった段階で、アイツには魔王の力が宿っている。何もかもを滅ぼそうとする破壊衝動の力が。――アイツが何を考えていたって、魔王になったら終わりなんだ。力に呑まれて、世界を滅ぼすことしか考えられない存在になってしまう。――そうなる前に、殺すしかないんだ」
これ以上の問答は無用、と奏は屋上から出口へと繋がる階段へと走る。早く刹那達を追わなければ。
と、そこに――
「カカカカカカ……い~い
ぬっと出口から異形の怪人が姿を現す。カボチャ頭にランタンを持った怪人。悪魔・ジャックオーランタンである。
「テメェ……この場から離脱したんじゃねぇのかよ」
「カカカカカカ……フェイクって奴だ。俺の狙いはお前達二人なんだよォ~」
ケタケタケタ、とカボチャの頭を震わせながら笑うジャックオーランタン。その不気味さに警戒し、奏が拳を構える。
「俺はよォ~魔王候補の中じゃ最弱でよォ~このままじゃ勝てねェんだよォ~」
ゆらゆらと震えながら、哀れっぽく語るカボチャ悪魔。しかし彼は、でもよォ~、と目をギラリと光らせて奏達を見やる。
「お前ら……神の加護だかをもらった聖女って奴だろォ~? 俺、知ってるんだぜェ~? 聖女を食えば、悪魔は強くなるってなァ~……」
ギラギラとした欲望に塗れた眼差しで、無遠慮に奏達をじろじろとねめつけるカボチャ悪魔。彼の言う通り、悪魔が聖女を喰らった時――人間を喰らうよりも、より多くの力を得ることが出来る、と言われている。
ゆえにこそ、直接戦闘が苦手なクラリスはこの一週間の悪魔狩り中、阿久根神社の祭殿に隠れていたのだ。悪魔に喰われる危険性を排除するために。
本日、魔王戦争の阻止のためには、出来るだけ多くの戦力が必要と言う事で外に出たが――基本的に、戦闘に向かない聖女は後方で待機するのが常である。
「だから、オレ達を食うってか? そうはさせねぇよ――"鉄・拳・聖・裁"!!」
ゆらゆらと人形のように揺れるカボチャ悪魔に対し、奏は即座に戦闘を開始する。両の手に神の加護を乗せ、輝く拳でカボチャ頭を殴り壊す。さらに拳を乱打し、カボチャ頭を完全に粉砕しようとするのだが――
「カカカ……カカカ!! 俺は魔王候補最弱だけどよォ~……
「何!? ――がはっ!!」
頭を砕かれながら――カボチャ頭が無造作に放った拳が、奏の腹に突き刺さる。聖法庁にて多くの防護術式を付与された戦闘服は、しかしあっさりと砕かれ――その衝撃が、奏に突き刺さり、彼女を屋上広場の中央へと吹き飛ばす。
「奏!!」
腹を真ん中にくの字の姿勢で倒れる奏に、クラリスが慌てて歩み寄る。様子を見ると、奏の口からは血が流がし、気を失っていた。腹への攻撃で、内臓を傷つけたのかもしれない。今すぐの治療が必要だ、とクラリスは判断した。
「聖なる光よ、悪しきを阻む壁を築け――"
クラリスの祈りと共に、法術が発動する。神の加護たる光の力が、奏とクラリスを覆い――半球状の結界を構成する。
「結界、かァ~?」
頑、頑とカボチャ頭が、光の結界を殴りつけるが――結界はその拳を完全に防いでいた。焦れたジャックオーランタンが「ぶっ壊してやるぜェ~!」と拳を連打するが――今の所、結界の内側は完全な安全領域と言えた。
「聖なる光よ、彼の子の傷を癒したまえ――"
結界がカボチャ頭の攻撃を防いでいる間に、クラリスは治癒の法術を起動し、奏の傷を癒していく。
光が奏の身体を覆い、アザが残るほどの打撃痕が消えていき――パチリと奏が目を覚ます。
「――ガハッゲホッゲホッ……ぁ、クラリス……?」
「奏、目が覚めましたね!」
奏の回復を喜ぶクラリス。しかし、そんな彼女の気持ちに水を差す様に――ビキリと嫌な音が響く。
音の方を見ると、結界にひび割れが生まれていた。カボチャ頭が何度も何度も結界を打撃したため、歪みが生じ――ヒビが入ったのだ。このままではいずれ結界そのものが破壊されてしまうだろう。
――どうしましょう!?
内心焦りながら、クラリスは策を考える。予知をするまでも無く、このままでは結界を破られ、カボチャ頭の前に奏とクラリスはさらけ出されるだろう。前衛での直接戦闘を得意とする奏でさえ気を失わせるパワーをカボチャ頭を持っている。ならば、どうすべきか――
「クラリス」
迷うクラリスに、奏が声をかける。彼女は黒い戦闘服の胸元から、黄金色の液体が入ったアンプルを取り出す。
「奏、それはいけません……!」
「他に手は無いだろ。魔王候補の悪魔を滅ぼす手段は――これしかないんだ。オレがこれを飲んだら――クラリス。結界を解いてくれ」
有無を言わさず、と言った様子で。奏はアンプルの先を折り、その中身を嚥下した――
●●●
「カカカカカカァ――! 後もう少しだァ~後もう少しで結界がブチ壊せるゥ~」
頑、頑と駄々をこねるように結界へと拳を打ち続けるカボチャ頭。そんな彼が、もう一撃、と拳を叩き込もうとした所で――突如として、結界が消えうせた。
「カカ、カカカカカカァ――――!?」
驚きの声を上げながら、倒れ伏すカボチャ悪魔。その眼前に、一人の女が立っていた。
先ほど殴り飛ばしてやった小娘。自分が食うべき
「――――」
そいつの姿を見た瞬間――ジャックオーランタンの本能が警告を発した。マズイ、と。今すぐ逃げろ、と。
彼が見た奏の姿。それは人間のようでいて――人間では無かった。
全身に光を纏い。頭上には光輪を光らせ。何よりその背には四枚の光の翼が伸びている。
――天使。そう呼ばれる存在が、そこにはあった。
何故ここに。カボチャ頭は、自身の本能警告を無視して、そんな疑問を抱く。抱いてしまった。
――故に、勝負は一瞬だった。
「"鉄拳聖裁"」
その言葉と共に、奏の右ストレートがカボチャ頭の胸――
「――――」
カボチャ頭は断末魔の悲鳴を上げることも叶わず――塵となって砕け散り、消えていった。
その様子を、天使と化した奏は無感情に見ていた――。
●●●
天使化薬。そのアンプルは、そう呼ばれていた。
服用すると、その名の通り――多くの光の加護を持ち、悪魔を滅ぼす存在――天使と化す。
悪魔に対しては絶大な力を持つ、まさに聖法庁の切り札だった。
――問題は。
「――がはっ、が――」
天使化が解けた奏が、血を吐きながら倒れ伏す。その目からは血涙が流れ、鼻からも血が流れていた。
人と天使は違う存在である。違う存在である人を、無理やり天使へと近づける。ゆえに、その身体的な代償は凄まじく――天使化薬を服用した人間は、著しい身体的な負傷を追うことになる。その負傷は身体の根深い所にまで及ぶため――通常の治癒の法術などでは癒せない。
「奏――」
クラリスが肩を貸し、何とか奏が立ち上がる。その手には、まだ二本の天使化薬のアンプルが残っていた。
「後二回は、まだ使える……!」
「そんな……これ以上使ったら、奏が……」
「オレはどうなったっていい。どんな手を使ってでも、魔王の誕生を阻止するんだ!」
真っ直ぐに目の前を見る奏の鋭い視線に、クラリスは何も言えなくなる。
――とりあえず、阿久根神社には戻れない。もしかしたら刹那や神楽が戻っているかもしれないからだ。いずれ戦うにしろ――今のこのボロボロの状況で戦うのはマズいだろう。
「――分かったわ、奏。とりあえずどこかのビジネスホテルに泊まりましょう。そこで身体を休めて――魔王候補を倒しに出ましょう」
クラリスの提案に、奏は分かったとだけ言い――そのまま二人は、ビルの屋上を降りるのだった。
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