●12●「刹那の決意」

「大丈夫かい、刹那君」

「うん……」


 夜の夏樹市・新都心。誰も通らないような裏路地を、二人の人影が走る。

 茶髪にフード付き黒コートという人間の姿に戻った刹那と、青の衣冠姿の神楽である。

 必死に走る二人だが、刹那の脚が不意に止まる。少し先で神楽がそれに気づき、脚を止めた。

 

「叔父さん。――俺は、生きていていいのかな」

「――――」


 こちらを振り向いた叔父に、刹那が無表情で問いかける。その顔は何の感情も乗せていない。無、虚ろ――そんな表情だった。

 

「奏の言う通りだ。俺は多分、このままだと――世界を滅ぼす魔王になる」

「君はそんなことしないよ! 君はそんな子じゃない!!」

「ありがとう、叔父さん。でも、この力が――俺にずっと語り掛けるんだ。人間も悪魔も、全部壊せって」


 言って、右手の甲を見せる刹那。そこには魔王候補の証である五芒星の痕が輝き、鼓動のように明滅していた。

 

「この魔王の力、さっきの鬼を倒した時からちょっと強くなってるんだ。多分、魔王候補が減る度に残りの五芒星の痕の力が増大する仕組みなんだと思う。――鬼を倒してから、声も、何かを壊したいって気持ちも、どんどん強くなってるんだ。このままじゃ、きっと――!」

「刹那君!」


 まるで泣くように、声を荒げる刹那の右手を、神楽の手が握りしめる。震えていた刹那の手を、まるでその震えを沈めるように――優しく。それでいて手放さないと言うように、しっかりと。

 神楽はそのまま、真っ直ぐに刹那の瞳を見つめる。どこか潤んで見える、金色の瞳を。

 

「刹那君。君はどうしたいんだい?」

「俺は――死ぬべきだ。世界を滅ぼしたくなんかない。だから、死ぬのがきっと正しい――」

「正しいとか正しくないとかじゃなくて! 君が、どうしたいのかって訊いているんだよ!!」


 目を逸らそうとしながら告げる刹那に、ぴしゃりと神楽が叱りつける。

 

「刹那君。君は、良い子だ。言われた事を守って、僕や世間の言う"正しい"事を為そうとしてくれる。だから、叱った事が無かったね」

「叔父さん……?」

「君はその、悪魔の血を引いていて。僕もどう接していいか分からなくて――踏み込めなかった所がある。それは、ごめん。そのせいで、君はきっと寂しい思いをしたと思う。――だから、言うよ。今、言う。君に、言わなきゃいけないことを」


 そう言って、神楽はぐっと刹那の顔に顔を近づける。額と額がくっつくほど密着して、告げる。

 

「"正しい"ことのために自分を押し殺すのは辞めなさい。そんなのはどんなに正しくても――間違ってる。君は、君なんだ。阿久根・刹那という一人の人間だ。その意志を、もっと大事にしなさい。でないと――それこそ、人の心が分からない、魔王になっちゃうよ!」

「叔父さん……」

「だからね、刹那君。もう一度訊くよ? 君は、どうしたい?」

「俺、は――」


 神楽の優しい問いに、刹那が口を開く。そこに――黒い影が、近づいてくる。

 

「お話の最中失礼ィ……申し訳ないが……死んでください!!」

「刹那君!!」

「!?」


 突然の叫びと共に、二人を巨大な黒い大蛇が襲う。人間二人を飲み込めそうなほどに巨大な顎が迫り、二人を喰らおうとする。しかし、咄嗟に神楽が刹那を押し倒し――大蛇の顎は、二人の頭上を噛み締め、するすると後ろへと戻っていく。

 大蛇が戻った先に、一人の男が立っていた。白の狩衣姿の、眼鏡をかけた薄い笑みを浮かべた悪魔。その右手の甲には、五芒星の痕が怪しく光っていた。

 

「お前は――ヤマタノオロチ……!」

「その通り。魔王候補・ヤマタノオロチ。魔王となるべく、そこの少年を殺しに参りました」


 慇懃無礼に刹那の殺害を宣言する悪魔。彼の背後から、巨大な黒い大蛇の影が二匹、するすると伸びてくる。

 

「我が顎で噛み砕いてあげましょう。大丈夫、痛みは――多分、そんなにないんじゃないですかねぇ?」


 きひひひひひ、と気味悪く笑うヤマタノオロチ。彼から刹那を護ろうと、符を取り出す神楽。しかし、そんな神楽を遮るように、刹那が前に出て、悪魔と対峙する。

 

「――叔父さん」


 瞳は悪魔の方を向きながら。刹那が、神楽に話しかける。

 

「俺は、生きたい。死にたくないよ」

「刹那君……」

「俺は、生きて――また、奏達とご飯を食べたいんだ」

「なぁにを、言っているのですかァァァァァァ――!!」


 叫びと共に、二匹の大蛇が刹那を襲う。その顎が、彼を喰らおうと牙を突き立てるが――

 

「"変身"」


 一瞬という速さを持って、刹那の姿が変わる。黒金の外骨格に包まれた、巨大な異形銃器を構えた悪魔の姿に。二匹の大蛇の噛みつきを、巨大銃器を盾に受け止める。

 

「だから――邪魔を、するなァッ!!」


 刹那が叫び、その勢いのまま銃器に噛みつく二匹の大蛇ごと、巨大銃器を振りかぶり――大蛇の頭を地面に叩きつける!

 ぐしゃり、という果実が砕けたような音と共に、二匹の大蛇は血まみれの肉塊と化す。血と肉塊を振り払うように銃器をブンと振るうと、刹那はそのままヤマタノオロチ目掛けて突撃する。

 

「馬鹿な、同じ魔王候補のはずだ――それにお前は半端な半分悪魔! この私の大蛇を倒すことなど、不可能なハズ――!?」

「俺は、死ねないんだよ!!」


 悲鳴じみた声をあげるヤマタノオロチに、決意と共に巨大銃器を叩きつける刹那。頑、頑、頑――と打撃は三度叩きつけられる。右手、左手、頭と叩き潰されたヤマタノオロチの胸に、巨大銃器の銃口を向ける。

 

「"焼滅魔弾バーンアウト・バレット"――発射ファイア!!!」

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――!!! AAA――Ah……h……」


 無限熱量の魔法がヤマタノオロチの肉塊へと叩き込まれ、火柱と化す。呑まれた悪魔は断末魔の叫びを上げ――塵も残らず、消え去った。

 

「――叔父さん」


 ヤマタノオロチの焼滅を見届けた刹那が振り返る。茶髪に黒コートの、人間の姿になって。

 

「俺、探してみるよ。魔王にならずに、生き残る方法を」


 ズキズキと疼き、破壊衝動を訴える右手の甲の痕を抑えながら、それでも刹那は神楽を真っ直ぐ見て、告げる。

 

「魔王にならず、世界を滅ぼさず――魔王を生ませず、世界も滅ぼさせない。そんな欲張りな道だけど――絶対に見つけてみせる」

「――うん。それが、刹那君のしたいことなら。僕は、何があっても君に協力するよ」


 刹那の決意に、神楽は涙ながらにそう答えるのだった。

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