●10●「初戦」



「さて、魔王戦争が始まったわけだが――さっそく殺し合いといくか?」


 月明りに照らされた夏樹ハイタワービルの屋上。白銀の鎧の悪魔、マモンがにやりと笑いながら、周りを見る。

 その右手の甲には五芒星の痕。同様の痕を持った悪魔達が、その言葉に応える。

 

「俺は御免だね。ここで五人での乱戦なんて何が起こるか分からない。俺は抜けさせてもらうぜ!」


 まずはカボチャ頭の悪魔・ジャックオーランタンがそう言い、ひらりと跳躍、ビルの屋上から飛び降りていく。

 

「――私もあのカボチャと同意見です。乱戦の混乱の中で決着をつけるのは美しくない――私もここは去ると致しましょう」


 白い狩衣姿の悪魔――ヤマタノオロチはそう告げ、ついと指を振る。瞬間、彼の姿は巨大な黒い大蛇となり、するするとビルの壁面を下って行った。

 

「ふむ、つまらん。二人も抜けてしまったか――それで? はどうするのだ?」


 そう言って、マモンが言葉を告げたのは――黒金の外骨格に包まれた、異形の巨大銃器を構える悪魔。阿久根・刹那であった。

 彼の右手の甲には、五芒星の痕がしっかりと刻まれている。

 

「大方人間の血を引くとかで悪魔狩人デビルハンターなんぞをやっているのであろうが――お前も魔王候補の選ばれたわけだ。ならば、貴様はどうする? この我と戦うか? それとも自害するか? 好きな方を選べ。我としては戦ってくれた方が楽しみが増えて良いのだがな」

「俺が――魔王候補……?」


 刹那が茫然と呟く。彼の胸中は混乱の嵐の只中にいた。

 ニアーラによる魔王戦争開始の儀式が始まり、動けなくなり――気づけば、自分の手の甲に五芒星の痕が刻まれていた。魔王戦争の五人目の悪魔に、選ばれていたのだ。

 魔王戦争を阻止するために動いていたのに、その参加者となってしまった。

 俺は、どうするべきだ? どうするのが"正しい"のだ? と刹那は疑問に答えることが出来ず、動けないままだった。

 

「――魔王候補は、殺す」


 そんな刹那の元に、明確な殺意を放ちながら近づく影が一人。褐色肌の半裸、角の生えた男――ホシグマドウジである。

 

「何だ、そんな小僧から殺すのか?」

「魔王候補は殺す。全て殺す。殺して、殺して、殺す」


 マモンの茶々もどこ吹く風、と言った様子でホシグマドウジは刹那へと歩み寄っていく。

 その様子に呆れた様子のマモンは、ガシャリと鎧を鳴らしながら背を向けた。

 

「残ったのが狂戦士と小僧では興が削がれた。我は帰って寝るとしよう。――狂戦士、あるいは小僧。生き残った方は我が殺してやる。精々派手に戦うといい」


 そう告げて、マモンもまたビルから飛び降りていった。

 後に残ったのは、刹那とホシグマドウジの二体の悪魔。そして――

 

「刹那が、魔王候補だと……?」

「そんな……」

「…………」


 急展開に固まる、三人の悪魔狩人デビルハンターだけだった。


 ●●●

 

「――鬼の悪魔、ホシグマドウジ。参る――」

「――くっ!?」


 鬼が叫び、一歩で刹那との距離をゼロに縮める。その勢いのまま、鬼が打撃を繰り出してくる。一撃、二撃、三撃――止まることのない打撃を、刹那は辛うじて巨大な異形銃器で受け止める。

 

シャッ! シャッ! シャァッ!」

「ぐ、が、ぎぃ――!!」


 打撃を受け止める度、刹那の足元の地面がひび割れていく。鬼のあまりの衝撃に、地面が耐えられないのだ。拳を受け止める異形の銃器も、ミシミシと嫌な音を立てている。

 

「――シャァァァァァァッ!!!」


 気合一閃、ホシグマドウジが渾身の右ストレートを叩き込む。それを受け止めれば、巨大銃器もろとも、刹那も砕け散るだろう。刹那は混乱しきった頭で、しかし明確な命の危機を感じ――咄嗟に避けようとする。しかし、間に合わない――

 

「"呪術・黒鴉之群クロカラスノムレ"!!」


 そこに、突如として鴉の群れが現れ、ホシグマドウジと刹那を包み込む。突然の事態に警戒した鬼は、攻撃を中断。背後にバク転し、刹那から距離を取る。

 

「叔父さん……」


 茫然と、刹那が呟き、背後を見る。そこには符を構えた青の衣冠いかん姿の少年――阿久根・神楽がいた。

 

「刹那君! 今は生き残ることを考えなさい!!」


 神楽は叫び、さらに符を前に放ち、剣印で九字を斬る。

 

「臨みて兵闘う者よ皆陣列べて前に在り――"結界・黒鴉之群クロカラスノムレ・捕縛陣"!!」


 神楽の言葉と共に、放たれた符が鴉の群れへと姿を変え――ホシグマドウジを包み込んでいく。

 鴉はそのまま黒い符となり、ホシグマドウジへと貼り付きながら包み込み――その動きを封じていく。

 

「刹那君! 今の内に――!?」


 止めを。そう告げようとした神楽の声が止まる。

 バキ。バキ。

 黒い符で動きを封じられた鬼が――しかし、べきべきと音を立てながら、固まった符を砕き、動き出そうとしているのだ。

 

「馬鹿な、どんな悪魔でも三日は封じる結界だぞ――!?」

「ガァァァァァァッッッ!!!」


 神楽の驚愕の声は、結界を無理やり打ち砕いたホシグマドウジの叫びによってかき消される。

 鬼はそのまま、神楽を敵と認めたのか――一直線に彼へと殴りかかってくる。

 神楽は咄嗟に符を取り出し、防御用の呪術を放とうとするが、到底間に合わない!

 

シャァァァッ!!」


 突撃の勢いそのままに繰り出される鬼の打撃。その拳が、神楽の頭を砕こうとした時――

 

「――ぅあぁぁぁぁぁぁっ!!」


 言葉にならない叫びと共に、刹那が割って入った。彼は異形の巨大銃器をそのまま鈍器として、鬼に殴りつける。

 ガァンッ! という大打撃音と共に、鬼の身体が吹き飛んだ。

 

「刹那君!?」


 はぁ、はぁ、と肩で息をつく赤黒の異形に、神楽が声をかける。刹那は動けるようになったのか、いやそれよりこの力はどういうことだ? 彼は悪魔銃器による魔法銃撃を得意としていて、鬼の様な身体能力に物を言わせたパワータイプを殴り飛ばせるような力は無いハズなのに――

 混乱する神楽の前で、刹那は茫然と右手を見る。右手の甲に刻まれた、五芒星の痕を。痕は、まるで何かに呼応するかのように光を放ち、鼓動のように明滅していた。

 五芒星の痕。魔王候補の証。そこから力が湧いてくる。そんな感覚を、刹那は覚えていた。

 

「ぐ、ガァァァァァァッ!!」


 吹き飛ばされ、ビルの屋上の崖際に叩きつけられたホシグマドウジが、震えながら起き上がる。刹那の巨大銃器による打撃によるダメージが、全身にヒビが入っていた。しゅうしゅうと煙を上げながら、傷を再生し、膝を立てて鬼は立ち上がろうとする。

 

「さ、せ、る、かァァァァァァッッッ!!」


 叫び、刹那が鬼へと巨大銃器を叩きつける。頑、頑、頑、頑と四打撃。鬼の背が砕け、腕はひしゃげ、脚も折れ曲がり、頭も砕け散る。

 それでも鬼は動く。悪魔はコアを破壊されない限り、死なないからだ。煙を発しながら、鬼は必死に再生を試みる。

 しかし――

 

「"焼滅魔弾バーンアウト・バレット"――発射ファイア!!!」


 もはや動く肉塊と化した鬼に、刹那は巨大銃器の銃口を叩きつけ――ゼロ距離射撃。

 対象を完全に焼き尽くす無限熱量が、肉塊へと叩きつけられる。

 

「GHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――!!!!!!」


 もはや口すら潰れた鬼が、ひび割れた言葉にならない悲鳴を上げながら燃え尽きていく。全身を焼き尽くされては、コアもくそもない。何もかもが破壊されてしまうからだ。

 

「AAA……AA……h……」


 悲鳴さえ消えた時。そこには塵も灰も残らなかった。

 黒金の異形の悪魔だけが、そこには立っていた。

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