●9●「魔王戦争の開幕」
そして翌日。時は深夜二十三時。刹那、奏に加え、普段はサポート要員として神社祭殿で待機している神楽とクラリスも現場に出ていた。現場――魔王戦争が開始されると予知されたのは、夏樹市新都心にそびえる、建設中の夏樹ハイタワービルの屋上だった。
完成間近でほぼ出来上がっており、資材があちこちに置かれている夏樹ハイタワービルの屋上の広場を、満月が照らす。
四人は、まとめて置かれていた資材の影に隠れていた。神楽の結界術によって気配と姿を隠し、隠形をしながら広場を見る。
そこには、五体の悪魔が立っていた。
白銀の鎧を身に纏った時代錯誤な騎士。
カボチャ頭にランタンを構えた怪人。
白い狩衣姿の眼鏡をかけた青年。
頭に角の生えた、褐色肌の半裸の男。
そして、居並ぶ四体の悪魔の前に立つ、水晶を手に持つ真っ白な装束に身を包んだ若者。
白の若者が四体の悪魔を前に、口を開く。
「ようこそいらっしゃいました、魔王候補達よ。私はニアーラ。此度の魔王戦争の進行役です」
「進行役――ということは魔王戦争の参加者ではない、ようだね」
「ええ。ということは残りの四体が魔王戦争の参加者ということになります。私の予知では五体のはずでしたから――一体減っているのは、私達の努力が結ばれた、ということでしょう」
五体の悪魔が何やら話しているのを、資材の影から覗き見る四人。
「しかし本当に悪魔が五体も集まるとはね。しかもどいつもこいつも一筋縄じゃ行かない奴らばかりだ――見なよ」
神楽が白銀の騎士を指さす。
「あの騎士型悪魔はマモン。財の悪魔だ。とてつもない魔力を持った、魔界でも一級の悪魔だ」
次に、カボチャ頭の怪人を指さす。
「カボチャ頭はジャックオーランタン。カボチャの悪魔」
白い狩衣姿の青年に指を向け、
「彼はヤマタノオロチ。言わずと知れた大蛇の悪魔だ。遥か昔、スサノオって神様に倒されたはずだけど――その残滓か、あるいは蘇った個体、と言った所だろうね」
最後に褐色肌の半裸男を指さし、
「アレはホシグマドウジ。鬼の悪魔だ。特殊な力は無いけど、鬼だけあって身体能力はあの中でも一番だろうね」
全員を説明した神楽は、さてどうしたものか、と思案顔になる。
「はっきり言ってどれもかなりヤバい相手だ。ニアーラって悪魔の事は分からないけど――五体の悪魔をまとめて倒す、なんてのは不可能だろう。なら、魔王戦争を止めるためには何をすべきか――」
「あのニアーラって奴を倒せばいいんじゃないか?」
刹那が口を挟む。
「魔王戦争の進行役とか言っていたし。奴を倒せば、魔王戦争って儀式自体なくなるんじゃないか?」
「その可能性は高いだろうね」
「私も同意見です。奏、分かったわね?」
「――分かったよ。あの白いのをまずは殺す、それでいいな?」
奏が了承し、四人は戦闘準備を整える。
刹那は悪魔の姿へと変身し、奏は鉄甲を構える。クラリスも水晶を構えて、法術の準備をし、神楽は符を構え、数体のカラス式神を呼び出した。
全員の戦闘準備が整ったのを見届けて、神楽が号令をかける。
「それじゃあ――行こう!!」
その言葉と同時に、四人は戦闘を開始する――
●●●
「"
――ボンッ!
物陰から発射された白い魔弾が炸裂し、夏樹ハイタワービル屋上を白煙が覆いつくす。
「――カカカッ!? 何だなんだァ!?」
「何事ですかァ!?」
突然の煙幕に包まれた悪魔達から、驚愕の声が上がる。
それらを聞き流しながら、刹那は右腕の異形銃器のチャンバーを回転。属性変更。魔法術式選択――
「"
火炎弾の掃射を四体の悪魔目掛けて発射する。倒せはしない。しかし、視界を奪われ、さらに魔法による攻撃を受ければ――如何に悪魔と言えど、その場に留まり防備を固めるしかない。その隙に――
――行け、奏!
「"鉄・拳・聖・裁"!!」
飛び出した奏が、真っ直ぐに白の若者――ニアーラ目掛けて突撃する。神の加護を得、光り輝く両の拳を握り、彼の顔面へと打撃を放つ。
しかし――
「これはこれは
ニアーラは余裕ぶった口調を変えず、さらりと奏の打撃を躱していく。二撃、三撃と奏は打撃を続けていくが、ひらりひらりとまるで闘牛士のマントのようにニアーラはその攻撃を軽やかに躱していく。
「聖なる光よ、悪しき存在を撃て――"
「臨みて兵闘う者よ皆陣列べて前に在り――"呪殺・
援護のため、後方からクラリスと神楽がそれぞれ攻撃を放つ。聖なる法術の光の群れと、死の呪いを宿したカラス式神の群れがニアーラを襲う。しかし、それらの攻撃さえもニアーラは踊るように躱していく。
奏の表情に焦りが浮かぶ。マズイ。このままでは、刹那が張った煙幕が消えてしまう。そうなれば五体の悪魔を相手にすることになる。それだけは避けなければならない――
「――揃ったようですね。それでは!」
そんな奏の焦りを嘲るように、ニアーラがパチリと指を鳴らす。何らかの魔法が発動したのか、辺りを包んでいた煙幕が突如として消え――夏樹ハイタワービルの屋上の様子が顕わになる。
ニアーラと、四体の悪魔。そして四人の
「ほう、
がちゃり、と剣を引き抜く白銀の鎧の悪魔――マモン。周りの三人の悪魔も、それに倣う様に戦闘態勢を取っていく。
まずい、どうするという焦りが四人の
は、と短く笑い、マモンが剣を振るい
「祝え! 星辰の位置が告げる。今宵、この場所に集いし
瞬間、ニアーラの足元を中心に、赤い光が描く五芒星の魔法陣が展開される。魔法陣は夏樹ハイタワービルの屋上を全域に広がり、溢れんばかりの光を放つ。
「おお!」
「これは……!?」
悪魔達の歓喜の声と、
さらにニアーラがパチリと指を鳴らすと、悪魔達の右手で炎が燃え盛った。炎は一瞬で消え、代わりに手の甲に五芒星の痕が残される。
「悪魔達よ! その手の甲の痕が魔王候補の証となる。この街で五芒星の痕を持つ悪魔が一人となった時――その悪魔こそが魔王となるのだ!」
ニアーラが感極まったように手を広げ、悪魔達に告げる。
「悪魔達よ、戦い、殺し合いたまえ! 闘争の果てにこそ、魔王の道は開かれる!!」
応ッ!! と四人の悪魔達がそれに同意する。
「悪魔ニアーラがここに、"魔王戦争"の開始を告げる!! 存分に――殺し合いたまえ!!」
ハハハハハハ……! とニアーラが高笑いを上げ――その場に広がっていた五芒星の魔法陣の光が爆裂する。
光の瀑布にその場の全員の眼がくらみ――光が消えた時には、ニアーラの姿は消えていた。
後に残ったのは、右手の甲に五芒星の痕をつけた悪魔と、
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